孤高の魔法使い #2
「トレジャーハンターは、何をするお仕事なんですか?」
クロムは、興味深げにヴィルに尋ねた。
その言葉を待っていましたとばかりに、ヴィルはブラブラさせていた魔法の杖をキュッと握りしめて、クロムを見た。
「そうだねえ、それについては大いに語りたいところなんだけど……」
ヴィルはもったいぶった言い方をすると、休憩所の隣に繋がれている馬車の方に目をやった。
「そろそろ、君たちの乗ってきた馬車が、出発する頃なのではないかな?」
ハッとクロムとアンバーが振り向くと、ラーセンやオリーブを含む数人の客が、馬車に乗り込むところだった。
「大変、私たちも行かないと」
「は、はい」
慌てて馬車の方に駆け出そうとする二人を、ヴィルは手を広げて制する。
そして、にこりと笑うとくるりと馬車の方に振り向き、ゆっくりと歩き始める。
「急ぐ必要はない。僕もあの馬車の乗客だ」
「えっ?」
「二人の目的地は、次の砂漠都市だろう。僕もそこにいくところなんだ。乗客がいないのに出発してしまうことはないはずさ」
「でもヴィルさん、私たちの馬車には乗ってませんでしたよね?」
ヴィルの後をついていくクロムが、当然の疑問を口にする。
ヴィルは振り向かないまま、声を上げて笑い出し、そして説明し始める。
「あまりにいい天気なだったので、うとうとしていたら、いつの間にか僕の乗った馬車はいなくなっていたんだよ」
「……!」
馬車は乗客を置いていかない、と説明したすぐ次に、馬車に置いていかれたと語るヴィルに、二人は絶句する。
そしてその後、たまりかねず笑い始めた。
「く、苦しいです」
「ヴィルさん、馬車は乗客を置いていかないって言ったばっかりなのに、置いていかれちゃったんですか?! 面白すぎます」
ヴィルの冗談なのか本当なのかわからない話で、すっかりヴィルと打ち解けた二人は、一緒に馬車に乗ると、トレジャーハンターの仕事について続きを聞くことにした。
ヴィルは、クロムとアンバーと向かい合うように座ると、トレジャーハンターについて語り始めた。
「トレジャーハンターは、隠された財宝を手に入れるために旅をする仕事なんだ」
「宝物って、どんなものがあるんですか?」
普段はなかなか他人と話すのが苦手なアンバーだが、ヴィルには気軽に質問する。
「そうだねえ。大体は、かつて栄えていた王国とかが蓄えて、そして隠していた貨幣や宝石などが多いねえ」
「宝石!」
「そう。貨幣なんかは今では単なる骨董品としての価値しかないけど、宝石は古今東西価値が変わらない。だから、発見できると嬉しいよねえ」
アンバーが、色とりどりの宝石を思い浮かべてうっとりしている横で、クロムは魔法に関する質問をする。
「ところでヴィルさん、手に持っているのは近代魔法の杖ですよね」
「ああ、そうだよ。君や隣のお兄さんのと同じだ」
「トレジャーハンターは、魔法が必要なお仕事なんですか?」
その質問に対して、ヴィルは手に持った魔法の杖を軽く振って答える。
「隠された宝物は、もちろん街中などには存在していない。かつて繁栄していた都市の遺跡に埋もれていたり、山奥にある洞窟の中などに隠されていたりすることが多い」
「はい」
「そういう人里離れた場所は、危険がいっぱいだ。魔獣に襲われることだってあるかもしれない」
「確かに、そうですね」
「だから、普通のトレジャーハンターは、護衛として魔法使いを雇うことが多い」
そういうと、ヴィルは手に持った魔法の杖をわざとらしく格好をつけて構え直す。
「でも考えてもごらん。そんな都合よく、トレジャーハンターに同行してくれる魔法使いが見つかるとは限らない。宝物が見つからなくても、同行した魔法使いには報酬を払わなければならない。そうなったら大赤字だ」
「はあ」
「そして、幸運にも宝物が見つかった場合。これはこれで困ったことが起きる。なんだと思う?」
まだ人を疑うことの少ないクロムとアンバーでは、たどり着けない答えに気づいたオリーブが、代わりに答える。
「その時は、その魔法使いに横取りされちゃうわねえ」
「正解だ。どうだい、トレジャーハンターに同行する仕事は、割りが良くって夢があるだろう?」
「私は、バットが飛び回る暗い洞窟とか、怪しげなトレントが生えているジメジメした沼地とかは嫌いだから、頼まれてもお断りよ」
「なんだか、妙にリアリティのある状況だけど、確かにそうとも言えるか」
ヴィルはオリーブを一瞥すると、またクロムとアンバーの方を向いて話し始める。
「だからね、考えたんだよ。自分が魔法を使えるようになれば、そういう困ったことは、一人で全部解決できるんじゃないかってね」
「そんな理由で、近代魔法を覚えたんですか」
「そうだよ。でも、魔法はやっぱり難しいね。一通り魔法は習得したけれども、魔法使いには転職せずトレジャーハンターを続けることにしたんだよ」
こともなげに話すヴィルだが、一通りの近代魔法を身につけるには、かなりの時間とセンスが必要だ。
他の魔法使いの助けを借りなくても良いレベルの魔法を身につけているヴィルは、実はかなりすごいのではないかとクロムは感心していた。
そんなふうに素直に感心するクロムを横目に見ながら、オリーブはヴィルにちくりと嫌味を入れてみる。
「でも、今でもトレジャーハンターを続けてるってことは、そのお宝とやらには巡り会えていないのかしら」
しかしヴィルは、そんなセリフは何百回も聞いたよ、という雰囲気でオリーブを見つめて答える。
「確かにそういう見方もあるね」
「図星?」
「世の中には二種類のトレジャーハンターがいる。宝が好きなフリーのトレジャーハンターと、宝探しが好きで依頼を受けて活動するトレジャーハンターだ」
「同じじゃないの?」
「似ているようでちょっと違う。前者のタイプは、一攫千金を狙っているわけだ。宝物を見つけたらそれを売り払い、そして悠々自適な暮らしをすることが多いね」
「あなたは違うと?」
「ああ。僕は隠された宝を見つけることが楽しいのであって、宝そのものには興味がない。だから、見つけた宝を依頼主に渡すと、次の宝探しに向かうんだ」
「それは、忙しいこと」
言い返すことがなくなったオリーブは、興味がなくなったように視線を馬車の進む先に向けた。
ヴィルは、もう一度クロムとアンバーに語りかけるように話を続ける。
「そういうわけで、今回僕は、砂漠都市を治める領主様の依頼で、都市から少し離れた遺跡にあると言われている宝物を探すために、やってきたんだ」
「そうしたら、私たちと似たような目的ですね、師匠」
「ほう、あなたたちも宝探しですか」
クロムの向けた視線の先にいるラーセンに、ヴィルは話しかけた。
ラーセンは、俺に話を振るなという表情を一瞬浮かべた後に、ボソリと答えた。
「ああ。ただ、探し物は宝物ではなく、昔の魔法の情報だがな」
「そうなんですね。同じ探し物をする者同士、見つかることを祈ってますよ」
「ありがとう」
そんな会話を続けていたところで、御者が目的地である砂漠都市が見えてきたことを伝える。
クロムとアンバーが前を見ると、変わった形の屋根をした建物が見えてきた。
いつでも降りられるよう、身の回りの荷物の整理を始める。
ラーセンは、そんなクロムたちに、一着ずつ服を渡す。
それは、フードがついた羽織もので、服の内側についた紐で前が閉じられるようになっていた。
「この辺りは昼は非常に日差しがきつく、肌を出しているとかえって体がほてってしまう。それを防ぐために、この街にいるときはこの服を着ておくと良い」
クロムは、渡された服を試しに着てみる。
深めにフードを被った姿は、まるで巡礼者のようにも見えた。
そんなことをしているうちに、馬車は砂漠都市の馬付き場に到着した。
ヴィルは、御者が降りる準備をする前に、ひらりと馬車から飛び降りた。
「ありがとう。非常に楽しいひと時だったよ。縁があったらまた会おう」
そういうと、ヴィルは街の中心にある建物の方に歩いていった。
「なんか不思議な感じの人でしたね」
「そうね。魔法を使うというのに、全く魔法使いらしくない感じ」
「一人で宝探しをしているんですね」
「孤高、って感じね」
クロムとアンバーがヴィルが去っていった方を見ていると、オリーブが二人をせかした。
「さあさあ、早く宿を探しましょう。いつまでもこんな暑いところにいたら、干あがっちゃうわ」
「はーい」
そういうと、先をいくラーセンとオリーブのあとを、クロムとアンバーもついていった。
夏なのでまだ明るいが、少しずつ日が沈み始めていた。
道中あれほど辛かった暑さも少し和らぎ、気持ちの良い風が吹いていた。
都市の真ん中に続く道を歩いているうちに、中心部に辿り着いた。
そこには、地下から湧き出す泉があり、そこから放射状に水路が伸びていた。
「三百年前に、日記を書いた魔法使いが訪ねた時にも、この泉はあったようだ」
ラーセンがそういうと、クロムが感心するように辺りを見渡す。
「それからずっと、枯れることなく、ここに住む人たちを潤してきたんだすね」
「ああ。ただ当時は、これほど大きな都市ではなく、良くて村くらいの大きさだったようだがな」
そういうとラーセンは、小さな建物がいくつも並んでいる地区に向かって、歩き始めた。
クロムたちも、後をついていく。
どうやらここは砂地のため、大きな建物が建てづらいようだった。
宿泊施設も、数部屋がまとまったコテージのような建物が大半だった。
その中から、二部屋とキッチンなどの共用部からなる、手頃なサイズの建物を借りることにした。
男女それぞれの部屋で荷物をおろすと、全員でリビングに集まった。
ラーセンは、真ん中のテーブルに魔法使いが書いた日記の写本を置くと、明日からの予定について説明を始める。
「長旅、ご苦労だった」
「んー。ほんと、疲れたわ。今日はぐっすり寝られそう」
オリーブが大きく伸びをすると、ラーセンは説明を続ける。
「明日はまず、この都市にある博物館を訪ねようと思う。そこには、我々が探している魔法陣に関する情報があるらしい」
「博物館?」
クロムが尋ねると、ラーセンはうなずいた。
「そうだ。馬車の中でヴィルが話していたような気もするが、この都市から少し離れたところに、かつて栄えた都市があったらしい。何があったのかはわからないが、この三百年の間に廃れてしまい、今は遺跡となっているそうだ」
「その遺跡に、魔法陣に関するヒントがあるんですか?」
「日記を読む限り、その可能性があるのではないかと思っている」
「それじゃあ明日は博物館巡りですね、師匠」
「ああ。ただ、そこに魔法陣があれば、そういう話が世に広まっているはずだ。つまり、その博物館には、少なくとも完全な状態の魔法陣はないと思う」
「確かに」
「だからおそらくは、その博物館に寄贈された出土品を出している遺跡に行って、手がかりを探す必要があるだろう」
そういうと、ラーセンは日記を閉じた。
「というわけで、今日はゆっくり体を休めてほしい。そして万全の状態で、明日から調査を始めよう」
「はいっ!」
クロムが元気よく返事をすると、アンバーはそれに合わせて小さく頷き、オリーブは手をひらひらと振って応える。
ラーセンはこれはおまけという感じで、クロムとアンバーに大切なことを伝える。
「そういえば、二人が期待していると思ったので、風呂がついている建物を借りておいたぞ」
「本当ですか! さすが師匠」
「あいにくホテルの公衆浴場のような広い風呂ではなく、二人で入ったらいっぱいになるような小さなもののようだが」
「十分です。アンバーちゃん、一緒に入ろう!」
「はい!」
そういうと、二人はあたふたと部屋に戻っていった。
残ったオリーブが、しみじみと語る。
「本当に、二人は風呂好きねえ」
「まあ、二人ともまだ子供だしな。体力はあるだろうが、心は疲れているかもしれんな」
「確かに」
そういうと、二人も自分たちの部屋へと戻っていった。
昼間とは全く異なる、砂漠特有の冷たい夜風が吹いていたが、お風呂で温まっていたクロムとアンバーは、気づいていなかった。
クロムと不恰好な魔法の杖 @nakaken0629
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