そのあと

 壁という壁にき詰められた本の量に、わたしはびっくりして声が出なかった。

 天井まで届くほどの本棚って、時々ネットで「読書家の部屋」とか「読書好きの隠れ屋的部屋づくり」みたいな単語で画像検索すると時々出てくるけど、あれ以上。まさしく「圧巻あっかん」っていう言葉がぴったりだと思う。

 でも、なんていうの?個人的こじんてきな部屋じゃなくて、本屋さんの本棚がこうなってるのって、ナントカ管理的かんりてきな何かに引っかかったりしないのかな。法律ほうりつとか全然わかんないけど。

 ほら、日本って地震が多いから、なんとなくそういうのにきびしいイメージがある。引っかからないとしても、ちょっと揺れただけで一気に本がなだれのようにくずれちゃいそうな本棚の間を歩くのはけっこう勇気がいる。

 自分の命も大事だし、崩れた本が破れちゃったりしてもかわいそうでかなりショックだし。もちろん弁償べんしょうとかを考えたら怖くなるのもあるけど、そういうのじゃなくて……


「いらっしゃいませー」


 出入り口近くで突っ立っていたわたしに、中から小さな声がした。

 よく見ると、出入り口のすぐ近く──お店でいうとかどっこの内側に、背の高い男の人が立っている。前髪が長くて目があんまり見えないけど、たぶん若そう。おじさんというよりお兄さん。大学生……もしくはフリーター?みたいなやつかな。

 髪型と、ひょろっと細い体型と、ファッションと、話し方からの想像だけど。

 なかなか中に入ろうとしないわたしたちを怪訝けげんそうに見てきていることに気づいたわたしは、焦りながらちょっと頭を下げた。


「すみません、お邪魔します」


 そして、列の先頭に立っていたわたしは、お店の中へと踏み入れた。

 首が痛くなるくらいに見上げながら見回すと、どこもかしこも本当にギッチリ本が詰まっている。どこに何の本が置いてあるのかは、手書きと思われる小さめの看板かんばん?みたいなやつが本棚に貼られていることに気づいた。

 ゆっくりと、1歩ずつ、慎重しんちょうに進んでいく。本屋さんなんだからガラスとかの割れ物なんてひとつもないはずなのに、歩いているのは本棚と本棚の間のはずなのに、普通の本屋さんみたいにスタスタ目的を探して早歩きなんてとても出来そうにない。

 だって、散々さんざん言ってるけど、


「……本の量がやばい」

「だろ」

「どうしよ、あたし全然わっかんない」

「本のにおいか?これ。すげぇな」

 

 これでしかない。

 ちなみにしゃべった順番は、わたし、駆くん、ひなきちゃん、そして古賀くん。

 わたしたち4人は、仲元書店にいた。

 店主のおばあちゃんの調子が悪いらしいこのお店が今日から毎日開くって教えてくれたのは、なんと古賀くんだった。

 昼休みに教えてくれたんだよね。『ウチのばあちゃん、あそこのばあちゃんと仲良いんだよ。入院長引きそうだから、孫だかが代わりに開けるらしい』って。

 放課後に来てみたら、ほかにお客さんはいなかった。

 大丈夫なのかな、つぶれない?

 初めて入った仲元書店は、独特どくとくのにおいがした。うちの屋根裏、おじいちゃんの本がたくさん積んであるあそこと似てる。

 ひなきちゃんは、本当は本が好きと打ち明けたわたしに言ってくれた。


『つむぎちゃんが本当は本が好きってこと、話してくれてすごく嬉しい』

『もっともっと仲良くなれた気がする』

『あたしも好きなこと、たっくさんつむぎちゃんに話すね!』


 って。

 わたしも今すごく楽しくて、すごく嬉しい。

 本が好きって言えることも、わかってくれる友達がいることも、こんなに嬉しいことだなんて知らなかった。もしかしたらこの先、あの時みたいに何かマイナスなこと言われることがあるかもしれないけど、そんなの気にしないって胸を張って言えそう。

 今度お父さんと本屋さんに行ったら、欲しい本をおねだりしてみようかな。実はずっとチェックしてた文庫本がある。児童文庫じゃなくてちょっとだけ大人向けな気がするから、そのへんはちょっと心配だけど。

 だけどきっと、お父さんは喜んでくれる。もしかしたらお母さんに連絡とかするかもしれない。わたし、知ってるんだ。わたしのちょっとしたことをお母さんと電話で話してること。本の話を全然しなくなったころから「心配だ」って相談してること。お母さんも、通話するたびにそれとなく気づかってくれてたこと。

 わたしがわたしのままで居られる場所は、ずっとあったから。

 なーんて照れくさいことを考えていると、自然とほっぺがゆるゆるになってくる。今はみんなといるんだし、見られたら恥ずかしい。意識してきゅっとくちびるを噛んでみた。

 

ゆずりは


 その時、声をはずませた駆くんがわたしに駆け寄ってくる。

 さすがひとりで来ていたお客さんなだけあって、この狭さや、圧迫あっぱくされそうな質量しつりょうに慣れてるみたい。


「すごいだろ」

「うん、すごいね」

「興味ある本とかあった?」

「いちおうね。おじいちゃんに色々おすすめ聞いてみたの」

「え!ほんと?」

 

 ほんとなんだな、これが。

 あの日どっかで見てたのかもしれないけど(あえて確かめないのは、恥ずかしすぎるから)、あれからおじいちゃんは、ニコニコしながら自分が持ってる本の説明をしてくれる。

 わたしはネットを使って、教えてもらった文豪の名前を調べたり、作品や感想を検索けんさくしてみるんだけど。

 

(本は、まず読む!合う合わないは好みだから、人の感想はアテにならんぞ?)

 

 そう言っておじいちゃんはきかない。

 まぁそれもそうかもって思って、駆くんに仲元書店が開いてる時ってある? って聞いたのが、今に至ったそもそものはじまりなわけで。

 

「このあと楪の家行ってもいい?悟さんのおススメききたい」

「いいけど……わたしが通訳するんだよね?」

「……だめかな」

「いいけど、そもそもおじいちゃんいつまでいるかわかんないし……」

「あ」

 

 考えないようにしてたけどさ。

 いつか消えちゃうかもしれないじゃん。オバケだし。

 死んじゃってから初めて話せたおじいちゃんと、もっともっと話したいなってちょっとだけ思えるようになってきたけど。わかんないじゃん。

 めずらしく何を言ったらいいかわかんないって顔をした駆くんに、わたしは笑って言う。

 

「でも、今はいるんだから、色々話してみるのもいいよね」

「……そうだな」

 

 いつかはお別れの時がくるかもしれないけど、こうやってみんなともっと仲良くなれたのはおじいちゃんのおかげもあるから。

 今日はどの本買っていこうかな。おじいちゃん、どんな顔するだろう。








了.

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閉じた本を開くとき 逢坂美穂 @3ho_ohska

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