理を解け -よって、サイコパスは人間である-

蘇々

成長のきっかけは、危うい純粋さ

「自殺を止めてほしいと頼まれたから殺した」






サイコパスとは、"最も純粋な思考をする者"を言う。






これは、自殺志願者が他者に殺害されたという事件だ。


犯人である狂々は、自殺志願者と自殺阻止依頼者のどちらの思いも汲むことができたと言っている。


その発言はどう考えても間違っている。


死人が出ているからだ。


この事件後、狂々に考えを聞いたことを後悔する羽目になった。


「人は殺すと動けなくなる。自殺することもできなくなる。自殺したい人を殺すことは善だ。だから殺すことが最適解。俺は役に立てて嬉しかった。3人とも、Win-Win-Winだな」


まるで罪人ではないかのような口ぶりに、僕は咄嗟に後退りした。


同じ人間とは思えない思考回路だった。


確かに自殺という事象は阻止したことになるかもしれない。ただ、殺してしまっては意味がない。本当に死にたい人なんていないから。


狂々はそこに全く気付けていない。僕はその事実に恐怖した。


この事件のニュースにより、改めてサイコパスが危険な人種だと再認識された。


「サイコパスは人間を殺しても心を痛めない」

そんな噂が広がるなか、僕は脳が拒否したくなるような噂を耳にした。

それは、「人間はサイコパスを殺しても心を痛めない」という内容だった。


慌てて思考を止めたのは、即座に理解できそうになったことを否定しようとしたからだと思う。


それは、僕だけではなかった。


その噂が流れた後、

「サイコパスを殺しても心を痛めないのは、サイコパスが人間ではないからであり、よって人間はサイコパスではない」という人間にとって都合がよく、強引に丸め込まれた、矛盾じみた不気味な思想が生まれた。


それは、サイコパスを人間から外すと宣言していた。


狂々は、広まりつつあるこの思想を聞いて、一体どう思うのだろう。


自殺を他殺で防ぐような、狂った考えをするサイコパスの頭の中を予想することなんてできないと感じ、僕は一人で考えるのをすぐに止めた。


後日、狂々にこの思想をどう捉えるか聞いた。その時、新しい価値観を植え付けられた。


「俺がサイコパスで人間じゃないんなら、俺と人間の違いはなんだ? 俺は、言われた通りに動いただけだ。別に救えと言われたら救おうと動いた。俺には悪意がなかった。だが、お前らの差別には明らかな悪意がある。同じ人間だと思えないほど、冷たい悪意が」

狂々は笑った。


そして、最後の一言で、禁忌を感じさせた。

「俺は、お前らが本当のサイコパスだと思ってるよ」


僕の脳はショートしかけ、慌てて考え直した。


まずは……サイコパスは平気で殺人をする、"異常な思考"をする人。しかし狂々は、意図的に"悪意"を使う僕たちをサイコパスだと言った、ということで合ってるなら……捉え方次第では、僕たちはサイコパスなのかもしれない。


妙に納得してしまった自分の感覚に、とても不安を感じた。


その後、僕たち警察により、狂々の事件についての情報が世間に公開されていった。


最初に驚いたのは、その事件は家族間だけで起きた事件だということ。狂々の家庭は母子家庭で、母親と弟と一緒に暮らしていたそうだ。


衝撃。狂々によって殺害された自殺志願者は弟で、「自殺を止めてほしい」と狂々に頼んだ自殺阻止依頼者は母親だった。


狂々は実の弟を殺していたのにも関わらず、平然と僕と会話していたと思うと、恐怖が倍増し、体が震えた。


この時点で考えられるのは、弟の自殺願望を生んだのは、おそらく兄である狂々が原因だということ。


家族はわかっていたはず。狂々は自分たちとは違い、異常で、サイコパスだと。


家族は、ずっと恐怖を感じていたのかもしれない。


自殺を考えてしまうのも無理はないと思ってしまった。


調査が進み、計画性のある事件だったとわかった。


少しばかり狂々の性格を知った僕は、この情報に違和感を持った。狂々は巻き込まれる形で、加害者になったと思っていたからだ。


その違和感は正解だった。


一番の被害者と思われる母親の自白により、計画性があったのは狂々ではないことがわかった。






母親は、自ら警察を訪れた。


そして、真剣な表情を床に向けながら話し始めた。


「次男の直々と同じように、当時の私は本当に限界を迎えていました。狂々から離れることさえできればと、本気でそう思っていました。

怖いんです。理解すればするほど恐怖が増していく。


何度危うい場面があったか知れない……」




「良かったら、具体的に聞かせてもらえませんか?」

沈黙を割るように僕が言いかけた時、話し始めが被ってしまった。しかし、そんなことは全く気にせず、母親は再び話し始めた。




「本当は、直々は自殺なんて考えていなかった……


直々は見ていて誇らしかったです。永遠と苦しんでいた私とは違って、ちゃんと人生を楽しんでいました。私にはできない生き方でした。


でも、だからこそ、私はそれが辛くなったんです。私だけが苦しんでいることが許せなくなっていったんです。

いつからか直々に嫉妬や憎しみを抱くようになって……


それからの私は、自分のことをコントロールすることが

できなくなっていたと、今では思います。気付けば、今の生活を終わらせる方法を考えるようになって……」


どこまで話すか迷っている様子の母親に、僕は詰めるように聞いた。


「思い付いたんですね。……その方法を」

恐ろしい返答を予感し、僕はごくりと唾を飲んだ。


「はい。昔の狂々の言葉を思い出しました。一度、『殺せば自殺はできなくなる』と言ったことがありました。それで私は、『直々の自殺を止めてほしい』と狂々に言うだけで全てが変わると気付いたんです。


私はその一言を忘れられず、あの日、狂々に言ったんです。そしたら……完璧でした。 やっぱり狂々は――」




勢いが落ちた最後の一文からは、悔しさのようなものが感じられた。


母親が狂々を操り、狂々に直々を殺させた、という部分だけを見ると、明らかにサイコパスだと言える。


だが、この恐ろしい事実に恐怖は感じなかった。あまりに脆く、人間味が滲み出た感情を見せられたから。


まだ話したいことがあるようだったが、心が限界に達したかように、母親の涙が溢れて止まらなくなっていた。


話の続きを聞くには、少し時間が必要だった。






後日母親は、狂々が直々を殺すことなんてできないと、心の奥底で決めつけていた部分があったと言った。だから、直々の命を利用できてしまったとも。


これは僕の憶測だが、母親は、限界状態の自分を救えるのは、"希望を感じる狂々の行動"だと、無意識のうちに思っていたのだと思う。


それは、「直々を殺せない」という、狂々にとって第一歩目の"感情の気付き"だったと思う。


残念なことに、狂々は希望を感じるような行動はとらなかった。そして、一度も考えられていなかったであろう最悪な結末で幕を閉じた。


この事件の捉え方に、正解なんてないように思う。


ただ、この事件に意味を見出だせるとしたら、未来の成長した狂々と母親だけだろう。






あの事件から数年後ーー


狂々はいつもの場所にいた。今日も砂浜に立ち、水平線を眺めていた。


「君は、誰かに生きてほしいと言われて生きてるのか? 君が生きたいから、生きてるんだろ」狂々は、記憶をたどるようにゆっくり呟いた。


それはあの事件の後、僕が狂々にかけた言葉だ。


「この言葉、信じていいんですか?」

狂々は目線を変えず、僕に言った。


「もし、間違っていると思うなら、君の答えを教えてほしい」否定できなかった僕は、本音で答えた。


今の狂々は、意味を考える人間に成長した。その質問は、もしかしたらもう誰かのために生きているのかもしれないと思わされた。


狂々の成長は、僕自身がまだ理を解けていないことを教えてくる。


「狂々。これからは、答え合わせの時間だ」


過去はあるだけでは意味を持たない。

あの事件とは、向き合っていかなければならない。

それはきっと、より成長するきっかけになる。


僕も答えを探している。

あの事件を担当した刑事として。


だから、一緒に答え合わせをしていこう。


人間は、答え合わせが必要な生き物だから。​

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