第2話:終わらない歌を

 翌朝、聖地は異様な光景に変わっていた。白い煙の効果は確かに我々を弱らせ、多くが枝から落ち、歌を失った。だが、聖地に新たな脅威が現れた。


ギャアギャア!


 漆黒の大群が青い夏空を覆い隠す。…カラスだ!


 奴等はあっという間にアパートの屋根を埋め尽くし、聖地の枝に群がる無数のカラスが、我々の仲間を片っ端から啄み、貪り食う。あるカラスは蝉を咥えて屋根に飛び、仲間と奪い合う。別のカラスは地面に落ちた翅を弄び、キラキラ輝く残骸を紙吹雪のように散らす。スプレーの甘ったるい毒の香りがまだ漂い、カラス共を狂わせる。我々の聖地が、食物連鎖の残酷な宴会場に変わったのだ!



――その日、我々は思い出した。ヤツらに支配されていた恐怖を… 虫籠の中に囚われていた屈辱を……。



 カラスの進撃は、我々にとって予想外だった。タカシの放った究極奥義『蝉・ファイナル』は、我々を直接殺すのではなく、天敵を引き寄せる毒だったのだ。ギャアギャアというざらついた不快な不協和音が聖地を支配し、我々のジジジジ、ミーンミンミン、ツクピーヨはかき消される。


 生き残った我々は弱々しく枝にしがみつき、聖地を守ろうと小さく歌う。中にはまだ、性の悦びを知らぬ者もいるのだ。彼らは生きるために、そして種の繁栄のため、必死に足掻いている。


「ジジ…ミンミ…ツクピ…」


 だが、カラスの鋭い嘴が近づくたび、いとも簡単に捕食され、仲間が次々と消えていく。タカシは窓の前で唖然と立ち尽くし、「え、ちょ、待てよ!スプレーの効果って…これ?」と叫ぶ。


 彼が手に持つ缶には、小さな文字で≪警告:強力な誘鳥成分が含まれるため、カラスが集まる可能性があります≫と書かれていたらしい。


 ジジジジ!タカシよ、お前の「究極奥義」は、我々の聖地を新たな侵略者に明け渡しただけだ!愚か者め!



* * * * *



 カラスのギャアギャアが聖地を支配する中、我々残された蝉は思う。タカシの戦いは、我々の聖地を脅かしたが、我々の命は短く、来年また新しい世代がこの老木に集うだろう。


 地下で育つ幼虫たちは、樹液を吸い、次の夏に声高らかに歌う準備を進めている。タカシが「来年こそは…俺の平和を取り戻す!」と新たな闘志を燃やすように、我々も聖地の歌を守る闘志を燃やす。


 聖地はカラスに汚され、タカシの睡眠時間は2時間に減ったらしい。ジジジジ!タカシよ、お前の『聖域サンクチュアリ』と我々の『聖地』は、共にノイズに支配される運命なのかもしれない。


 だが、我々は歌い続ける。短い夏を、愛を、命を。



…ジジジジ!ミーンミンミン!ツクピーヨ!





―END―


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蝉・ファイナル~聖地の守護者たち~ 川北 詩歩 @24pureemotion

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