養分

ゆうき弥生

養分

 幼い頃はもっぱらひとりで外に遊びに出ていた。近くの公園や、少し離れたところにある家の畑へと遊びに行く。中でも一番遊びに行ったのは幼稚園の集団登園の集合場所となっていた御旅所だ。


 玉垣に囲まれたその場所は入口は大きく、真正面に大きな蔵が2つ並んで鎮座している。左手にも小さな建物があり、反対側にも桜の木や社号標の石柱や石灯籠を隔てて小さな建物があった。その中にはあざの神輿が仕舞われていて、春の祭りでは大人も子どももその神輿を担いで本宮と各御旅所へと渡り歩いていた。


 御旅所には小さな社の神社しかない。もちろん神主なんていない。ほとんど神輿の収納所としての役割しかなかったと思う。だから普段は閑散としていて、それでいて全ての神輿を並べて置けるくらいのスペースはある、そんな絶好の遊び場だったのだ。


 春は桜で遊び、ツツジが咲くと蜜を吸った。梅雨の時は傘を差してかたつむりを見つけに行き、夏になると桜の木に止まるセミを捕まえ、秋にはどんぐりを拾い、冬には雪だるまを作った。


 季節はよく分からない。恐らく春か夏だろう。青々とした草木と桜の葉を覚えている。私はいつものように御旅所へと遊びに来ていた。相変わらず誰もいないのでひとりで遊び始める。入口右側に高く聳える石柱とその隣には薄っぺらい岩があって、その裏は砂利がなく剥き出しの茶色い土が顔を出していた。私はその裏に行きたくて、剥き出しの土から生え伸びる猫じゃらしが欲しくて、通りにくい石柱とその岩の境を無理に越えた。


そこに――いた。


 砂利のない剥き出しの土に混じって、顔を出している。それは柔らかな顔だった。剥き出しの地面と同化してしまいそうなほど、気にしなかったら踏んづけるんじゃないかと思うほど地面と同じ高さに埋まる赤ん坊のだった。手も足も身体さえも地表には出てない。空を眺めるようにただ顔だけが出ていた。しん、と世界の音が無くなった気がした。もしかしたらずっと音なんてなかったのかもしれない。早々に手に入れた猫じゃらしを持ちながらその顔を見つめる。その顔は目をこれでもかと見開き、口も泣き叫ぶように大きく開いた姿だった。その目が、口が、赤黒くぐるぐると渦巻いていた。

 出口の見えないブラックホールのようにぐるぐるぐるぐるぐるぐると渦巻くそれをただじっと見つめる。吸い込まれそうになる感覚にハッと屈んでいた身体を起こした。

 

 いけない、見てはいけないものを見てしまった。慌ててその場から逃げ出して家に帰る。死というものを理解しきれていないあの頃の私でもあれは到底生きている人間には思えなかった。


 あれが現実なのか、夢なのか未だに曖昧だ。ただもし現実ならば大騒ぎになっていただろう。死体が埋まっているのだから。腐乱もしていない。もちろん臭いなんてなかった。だからきっとこれは夢なのだ。


 ただあの場所は本当に猫じゃらしがよく繁っていた。本当に、よく繁っていた。

 

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養分 ゆうき弥生 @yuki_yayoi10

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