第14話 エピローグ 形から入るのだとしても
応接室の机には、カラー印刷されたA4の紙が広げられている。川端さんが、婚約の証として購入した方がいいと進言したペアウォッチのリストだ。様々なブランドページから引っ張ってきたリストは、値段の部分がすべて丁寧にマスキングされていた。
好きなものを選んでいいと言われたが、選択肢がありすぎる。
「卯一郎」
「はい、直ちに。……舞鶴様、紅茶と日本茶でしたらどちらがお好みですか?」
一秒だけ考えて、奥底から見つけたささやかな希望をつかみ取る。
「どちらも好きですが、紅茶のほうが好みです」
「承知しました」
柿本さんはすっと去っていった。
「なんでもいいんだぞ、舞鶴」
そうは言っても、下手に『これが欲しい』なんて言えない。
きっとどれを選んでも、用意はしてくれる。
ただ、明らかに、一生ご縁がないような高級品が混ざっている。
「時計には、疎くて……。この中から、十代が身に着けても浮かない価格帯と、デザインをピックアップしてもらえませんか?」
「ああ……身に着けてくれるなら、確かに高すぎないほうがいいな。デザインは、俺の好みが少し入ってしまうが……」
なかなか選べない私を見かね、婚約者はブランド名を一瞥し、ひょいひょいと絞り込んでくれた。
「――お待たせいたしました」
柿本さんがお盆を持ってやってきたのは、場の切り替えに最高のタイミングだった。
「失礼いたします」
白地に大きな青い花が描かれたティーカップがサーブされる。
条件外の束とは別に、絞り込んだリストをひとまとめにして、机の端に避ける。
シュガーポットと、新しいミルクポットを中央に置き、柿本さんのお盆に何もなくなったタイミングだった。
「どれがいい?」
一番上のリストを目にして、ああ、これだ、と直感した。こういうのは、きっと理屈じゃない。
「これにしたいです」
指さしたのは、ユニセックスなデザインのアナログ時計だった。
「舞鶴が本当に欲しいと思っているか?俺の好みを優先して選んでいないか?」
黒いベルトのシンプルな時計は、和装にも合いそうだった。
ただ、男性向けのデザインをそのまま女性用に落とし込んだような、一目でペアだと分かるような、そんな時計が欲しかった。
「私はこれがいいんです」
本心を偽っていないのか。観察するように婚約者は私を見て、不意にふっと笑った。
「分かった。これにしよう」
様子を見守っていた柿本さんが、口を開く。
「お二人に、よくお似合いです」
応接室のステンドガラスが、日の光を受けてきらきらと輝いていた。
消去法からの契約婚 香枝ゆき @yukan-yuki
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