悪人の告白

伽墨

善悪の境界線

大きな窓。


蠱惑的な夜景を背に、男はアルマーニのオーダーメイドスーツに身を包み、手首にはパテックフィリップを巻いていた。その姿は、一国一城の主のようでもあった。


男はゆっくりとタバコの煙を吐き出す。


「ニコチン、やめらんねーな。クソったれ」


男は苦笑いを浮かべ、独りごつ。


「十六だったかな。地元の悪い先輩に渡されたのが、最初の一本。どこにでもいるだろ、そういう悪い先輩ってのは。──それ以来、ずっとだ」


「あの先輩も、もう飛んじまった。悪さをやるにもアタマが足りなかったんだろうな。悪さってのは結局、段取りだ。シマの地図を描いて、逃げ道を確保して、余計な火種は先に消す」


二本目のタバコに火をつける。


「最初は小遣い稼ぎでよかった。ちょっと信用を得て、ちょっと裏切る。それで終わりだと思っていた。だが欲ってのはキリがなくてな。隙間を見つけりゃ広げたくなる。もっとだ、もっとだ、ってな」


グラスを揺らし、芳醇な香りを湛える琥珀色の液体を舌の上でゆるやかに転がし、静かにほどける余韻を待つ。


「でかいシノギを回すには、人が要る。潜り込むヤツ、仕切るヤツ、数字を回すヤツ。抗争には鉄砲玉がいる。組織を動かすには頭の切れるヤツがいる」


視線は夜景に向けられたまま。


「どんな立場のヤツだろうが、扱い方の基本原則は一緒だ。忠実には褒美を、裏切りには罰を、って具合にな。人ってのは我儘なもんで、平等に、公平に扱わないとついてこなくなっちまう」


男は、重厚な革張りのソファに身を預けた。


「そのうち俺の計画は、途方もなくデカくなっちまった。政治家や官僚まで抱き込むようになり、手下は世界中にいる。先進国のどこにでも、24時間体制で俺の命令を待つスペシャリストが揃っているのさ」


煙を吐き、薄く笑う。


「相手の動きを読む。仕入れと捌き先を確保する。必要なら他所とも手を組む。そうしていくうちに、俺がやっているのは“犯行計画”なのか“事業計画”なのか、だんだんわからなくなった」


火のついた煙草をねじ消し、彼は呟いた。


「力ずくで奪うのは三流だ。本物のワルは血を流さない。──仕組みを動かすんだ。法の外じゃなく、内側でな。縄張り争いも今はテーブルで決着をつける。こっちに非があろうとも、配当って名の落とし前をばら撒けば、大体はそれで片がつく」


男は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「結局、俺がやってきたのは──略奪なのか、経営なのか」


──窓の外、摩天楼の向こうで朝が白み始めていた。


男の名刺には、巨大金融機関のCEOとだけあった。

それで充分だった。

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悪人の告白 伽墨 @omoitsukiwokakuyo

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