第50話 補修の終わり
四谷さんが来たことにより、一条の話し相手から解放された俺は、黙々と補修を続けた。
それにより、たまっていた課題をすべて終わらせるという束縛からの解放を手に入れることが出来た。
そんな喜びに浸りつつも、この補修で出会ったあの二人の事が気になっていた。
妙な縁で関わりを持つ事になったのだが、あれだけの事があった以上、そう簡単に立ち直れることは難しいはずだ。
それこそ、四谷さんに至っては精神病棟に入っていた経験もあることから、相当なトラウマを植え付けられているに違いない。
まぁ、だからと言って俺に出来る事はほとんどないのだが、それでも気になって仕方がない俺は気休めにでも言葉を交わすことにした。
「あの」
そう口にした途端、一条と四谷さんは俺の事を見つめてきた。
「え、どうしたの山藤君」
「いや、俺もう補修終わったからさ、お先に失礼しようかと思って」
「えぇっ、もう終わったの?」
「あぁ」
「っていうか帰るの?」
「まぁ、やることないし」
「じゃあ待っててよ」
「え?」
「せっかくだから、補修終わったらみんなで喫茶店行こうよ」
一条の口から次々と飛び出してくる言葉の数々に圧倒していると、隣にいる四谷さんが俺の事をじっと見つめてきていた。
「あ、あの山藤君」
始めた話しかけられたことに緊張した。
「な、なんですか四谷さん」
「あの、ありがとうございました」
「え、何が?」
「いや、色々お世話になったのでちゃんとお礼をしておこうと思いまして」
「あぁ、別に俺はなにもしてない、一条とか一条の親御さんの方がもっといろいろやってましたよ」
「でも、山藤君にもご迷惑をかけたので」
「いやぁ」
「だから、良かったらこの後喫茶店でお礼を」
結局喫茶店なのか、そう思いながら一条の表情を見ると、彼女はなぜワクワクした様子で笑っていた。
「ほら四谷さんはこう言ってるし、一緒に喫茶店行こうよ」
「いや、二人で行けばいいだろ、俺は別に」
「だめだよ、だって山藤君にはまだまだ聞きたいことがたくさんあるんだもん」
「いや・・・・・・」
「それとも何か用事があるの?」
「・・・・・・」
一条の疑問に明確な返答をすることが出来なかった。こういう時、瞬発的にいい訳が出来るぐらいに器用になりたいものだ。
「無いんじゃん」
「無いけど」
「私も喫茶店で何かおごるからさ、ね、行こ?」
よもや、女子二人から喫茶店に誘われ、おごりまで確定するとなると、断わる理由はないが、どこか男としての矜持というかなんとかいうか・・・・・・いや、誘いを断る方が男としてどうかしている。
そう思い、俺は二人が補修の課題を終えるまで教室で待つことしばらく、ようやくひと段落着いた様子での二人と共に俺は依然一条といった喫茶店へと向かった。
店内は相変わらず快適な温度をしており、その涼しい環境に癒されていると、席に着いた一条と四谷さんは楽しそうにメニューを眺めていた。
そして、一通りの注文を終え、やがて届いた品々を口にしながら一条が俺に話しかけてきた。
「それでね山藤君、このお食事会の建前は山藤君へのお礼なんだけど」
「なんだけどなんだ、俺には一条に話すことはないぞ」
「そんなことないよ、だって、今回の事件で不思議なことがまだ残ってるんだもん」
「ないだろ」
「あるよ、それは山藤君が夜釣りをしてる理由」
「・・・・・・」
一条の質問に俺はどう返答すればいいか困った。なぜなら俺が夜釣りをしている理由は釣りが目的だからである。
つまり、一条は自分が言っていることが分かっていないおかしな奴であり、それを察した様子の四谷さんが口を開いた。
「ねぇ、夜釣りの理由は釣りなんじゃないの?」
核心をつく四谷さんの言葉に、思わず頷いてしまうほどに感心していると、一条は「そうじゃないっ!!」と言わんばかりに首を横に振った。
「違うよ、私が言いたいのはそこじゃないの」
「違わない、夜釣りの理由は釣り意外に無いだろ」
「でも、山藤君は絶対今日も夜釣りに行くはず」
「・・・・・・なんだよ、今日も行っちゃ悪いのか」
「ほら行くんだ、絶対おかしいよ」
「何がおかしいんだ」
「毎日夜釣りに行くなんておかしいっていってるの、普通は連日釣りなんてしないはず」
「それは」
「どう桃花ちゃん、毎日夜釣りなんておかしいと思わない?」
「それは、そうかもしれないけど」
「でしょう、ほら山藤君白状しなさい」
一条はそう言いながら、サンドイッチに手を伸ばしてモグモグとほおばった。食欲と探求欲が同時にやってきているかのような彼女の様子に呆れた。
「白状も何も俺は夜釣りをしてるだけ、本当にそれだけだ」
「じゃあ、山藤君は釣りが好きだから毎日夜釣りをしてるの?」
「・・・・・・そうだ」
「はい、おかしい」
一条は思い切り俺の事を指さしながらそう言ってきた。なんなんだこいつは。
「は?」
「本当に釣りが好きなら朝でも昼でもやるべきでしょ、それなのに山藤君はどうして夜釣りばかりするの?」
完全に、俺を問い詰める気の一条は次々に質問を投げかけてきた。いったい何が知りたいのかはわからないが、妙に突っかかってくる一条にひとまず質問を返すことにした。
「なぁ、お前は何が気になるんだよ」
「山藤君の行動」
「それだけならほっといてくれ、俺のプライベートだ。介入するなよ」
「でも、おかしい」
どうやら、一条はどうしても俺の行動が気になるらしい。確かに、はたから見れば俺の行動は異様だろう。
「どうしても聞きたいのか?」
「うん、教えてくれないなら今日も付いていくから」
真剣なまなざし、これは簡単には逃がしてくれないだろう。それなら、あたりさわりのない返答をしておかないと、一条の事だからまた俺についてくるなんていう事になりかねない・・・・・・ん、今日も?
「おい一条、今日もってなんだ」
「・・・・・・あ」
一条はどこか気まずそうに目線を逸らし始めた。
「まさか、お前俺の後をつけてないよな」
「え、し、知らなーい」
「深夜に女子高生が一人で出歩くなんて、マジであり得ないからな」
「一人じゃないから、山藤君がいるからっ」
「おい、やっぱりついてきてんだろっ」
「あっ」
「言っておくけどな一条、はっきり言ってお前とはもうこれっきりにしたいんだよ」
「えっ、どうしてそんな冷たい事をこと言うの山藤君っ!?」
「そもそも、お前親から深夜徘徊するなって言われてたんだろ」
「それはそうだけど」
「一条が俺の後をついてきてたって知られたら、まるで俺がたぶらかしたみたいになるだろ」
「それは・・・・・・山藤君が悪い」
「俺は悪くない、いいからもう俺に付きまとうのはやめろ」
せっかくのお食事会だというのに食べるのも飲むのも忘れるほどにヒートアップした俺たちを止めてきたのは四谷さんだった。
「お、落ち着いて二人ともっ」
四谷さんの声によって俺は冷静になり、いつの間にか立ち上がるほどに白熱した言い合いになっていることに気づいた。
恥と、周囲に迷惑をかけたことに反省しつつ、落ち着いて席に腰を下ろすと、四谷さんがクスクスと笑っているのに気づいた。
「ちょっと、なんで笑ってるの桃花ちゃん」
「え、だって、二人ともすごく仲が良いなって思って」
「いや、別に仲がいい訳じゃないんだが」
俺は四谷さん言葉を否定すると、一条がものすごい顔を俺を見つめてきた。
「な、なんだよその顔は」
「なんかさ、山藤君って私に冷たいよね」
「何言ってんだ、むしろ温かい気持ちで接してるつもりなんだが」
「どの辺が」
「深夜徘徊するなって忠告するし、いざとなったら暴漢から身を挺して守ってやれるんだが」
一条で出会ってから今まで起きた出来事を思い返しながら、そんな事を言って見せると、一条はぽかんとした様子で俺を見つめてきた。
だが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「そ、それはそれ」
「話しを逸らすな、お前と出会ってからどれだけ苦労してきたことか、これまでの平穏は全て一条のせいでぶっ壊れたんだぞ」
「そんな言い方ないでしょっ」
「とにかくお前はしばらく大人しくしてた方がいい」
「でもっ」
「大体、俺にかまっている暇があったら、四谷さんの側にいて支えたやった方がいいだろ」
「それは、そうだけど」
「あと、お前の親御さんをあまり心配させるな」
「それもわかってるけど」
「・・・・・・」
一条はしょんぼりとした様子でうなだれると、隣の四谷さんが一条の頭をなでていた。まるで俺が虐めているかのような状況だが、俺は間違っている事を言っているつもりはない。
そう思っていると、一条は涙目になりながら話しかけてきた。
「じゃあさ、もう山藤君とは遊べないって事?」
「あ、遊ぶ?」
「うん、ここ最近ずっと楽しかったし、それが終わるのはなんか嫌だなって思って・・・・・・」
一条は、まるで今後も深夜徘徊する気満々といった様子でそんな事を言った。個人的には許容できない発言だったが、たまになら一条と夜釣りに出かけてもいいかと思った俺は、少しだけ彼女を慰めることにした。
「・・・・・・まぁ、せっかくの夏休みだから、たまになら深夜徘徊でもするか?」
そう言うと一条は嬉しそうに笑い、笑顔で「絶対だよ」と言った。
箱入り娘のご令嬢は、夜釣り青年と肝を冷やしたい 酒向ジロー @sakou_jiro
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