第26話 決意

「これが……ボーイの肉ですって……?」


 僕がを持ってアジトに帰ると、ガールと博士の二人は驚きと絶望を隠せない様子で絶句している。ボスはまだ帰って来ていないみたいだ。


「ボーイ……こちらが情報を得る前に……何て事だ……」

「これが本当にれ……ボーイの肉だって言うのなら、僕は神明叡一を今すぐに殺したい。何が何でもあいつを見付け出して、ボーイの仇を取りたいんです」


 握りしめた拳の爪が手の平に食い込み、じわじわと血が滲み出るのが分かる。


「行政は……たった十五歳の男の子を犯罪者として食肉処理してしまうの?」


 凜々花が無垢な表情で僕に尋ねる。こんなに殺伐とした心境にあっても、凜々花を見ると少しほっこりとした気分になるのは何故だろうか。


「情報屋の紫雨さんは、僕らはいつだってこうなる覚悟がなくちゃいけない存在なんだって言ってた。でも……でもさ……捕まってすぐに缶詰にされなきゃいけないほど悪い事をしているのかな……」


 その場を静寂が包む。


 誰も口火を切らない。誰も動こうとしない。動き始めたのは、僕の目から溢れ出る涙だけだ。


「ピュア……辛いよね……」


 凜々花が棒立ちになっていた僕の目の涙を拭おうとつま先立ちをする。その指がそっと目に触れると、そこだけが熱を帯びたように熱くなった。


「ありがとう……ベイビー……」


 どうしてだ。泣くつもりなんてなかったのに。泣いたって仕方がないのに。


「それが本当にボーイの肉かどうか真偽のほどは定かではないですが──」


 博士はデジタルアイを開いてそれを壁に投影させた。


「今日の神明叡一の演説によると、ボーイが本当に食肉処理されてしまった可能性は捨てきれません。政府は人肉食を推進したくてたまらない集団ですからね。アウトローは食ってしまえ、この世界には選ばれた人民のみを、というのが政府の主張ですから。しかし、希望的観測を言えばボーイは生きているかもしれませんよ。政治家という生き物ははったりで生きている生き物ですからね。神明の演説に嘘があってもおかしくはないんですよ」

「ボーイが……生きているかもしれない……」


 僕のどこまでも沈んだ心に一縷の光が差す。そうだ。もしかしたら蓮はどこかの留置所で生かされているかもしれないんだ。


「神明って男はどこまでも狡猾な男よ。あいつの言葉を鵜吞みにしてはいけないわ。誰よりも嘘が上手い男だから……」


 ガールは神明の何かを知っているのだろうか。やたらと確信を持ってそう主張するけれど。


 ──バァァン‼


 アジトの扉が猛烈な勢いで開けられた。基本的にはAIで開くのんびりとした動きの扉をこんな風に激しく開けるのは一人しかいない。


「──ボス!」


 ボスだった。僕は思わずボスに駆け寄る。


「それで!? 缶詰を置いて行った男は見付かったんですか!?」

「……ちくしょう、逃げられた……」


 ボスは大汗をかき、顔を真っ赤にして息切れしながら肩を上下させている。


「こんな事になるなら今日もターボシューズを履いて行けば良かったぜ」

「だからいつも履いていた方が良いってボクは言いましたよ?」

「男には時としてスタイリッシュなスニーカーを履きてぇ時もあるんだよ」

「ボスのくせにおしゃれ心を出しますか」

「やぁね博士、ボスはいつだってクールな男よ?」


 ガールがボスにタオルを差し出す。地下世界はいつだって快適な気温に調節されているけれど、走ったり身体を激しく動かしたりすればやはり汗はかくものだ。


「ボス! 神明を倒しに行きましょう! 今すぐに‼」

「おいおい、無茶言うなよピュア……俺だってそうしてぇけどさ」

「無茶が何だ! 紫雨さんに今まで以上に大金を積んで下さい! あの人、きっと神明の居場所を知ってますよ!」


 ボスは僕の勢いに少し引いているようだけど、「あいつ、知ってて知らないふりしてるのか……?」とぽつりと漏らす。


「今日、紫雨さんに突き放されました。僕達はただの客だって。そういうビジネスライクな態度を取られるんだったら、僕らだって持てる力を総動員して紫雨さんの口を割らせたらどうですか!?」

「落ち着け、ピュア」


 ボスは僕を宥めようとしているのか、とても優しい口調で僕を諫める。


「今日、缶詰を持った男がBar 歌舞伎町に来たって事は、俺らの行きつけがあそこだってバレてるって事だ。紫雨から情報を買っている事も掴んでいるんだろう。あそこに行くのは危険だ。いつここアジトがバレるか分かったもんじゃねぇ」

「深読みをすれば……」


 博士が眼鏡をくいっと上げる。


「もうここがバレていてもおかしくはないって事です。ボスやピュアを尾行すればここの場所は特定できますからね。何故僕らと紫雨さんとの繋がりがバレたかは分かりませんが、行政、政府側はある程度僕らの情報を掴んでいるのかもしれません」

「なら……何で僕らを捕まえに来ないんですか!?」

「それは分かりません。でも、考えられる可能性の一つとして、ボクらを泳がしておいて何か良い事があるとすれば、選挙対策です。一年後にはワールドの総裁選挙が行われます。これは成人の人間の総投票で決まります。神明は選挙活動を行うタイミングでレジスタンスを一掃し、自らの功績をPRするパフォーマンスをしたいのかもしれません」

「僕達はあいつのただの駒って事ですか!?」

「それくらいしなければ厳しいワールド総裁選は戦えません。歴代総裁全てが、とは言いませんが、とにかく目立った功績を上げないと世界選挙は戦えませんからね」

「神明はまだ一期目だからな。あいつはでかいヘマはやらかしてねぇが、同時にでかい功績も挙げてねぇ」

「そこです。神明としてはここで大きな功績を挙げて二期目を確実なものにしたいんです」

「汚らしいあいつが使いそうな手ね……」


 ガールは爪を噛んで苦々しい表情をしている。本当に、この人神明叡一に何か個人的な恨みでもあるのかな?


「でもよ、あいつが俺らを利用するって言うのなら、その裏をかいてこちらもそれを利用してやれば良いんじゃねぇか?」

「と、言うと?」

「俺らの動きが分かってるって言うなら、もう破れかぶれで強行突破よ。ワールド中のレジスタンスの総力を挙げて、神明の居場所を特定する!」

「今まで神明の動きを察知できなかった我々レジスタンスに、今更その居場所の特定が出来るとお思いですか?」

「まだ俺らは全力を出してねぇだけだ。衛星を持っているレジスタンスだっているんだ。あいつらには俺が頭でも何でも下げてやるよ」

「頼もしいですね」


 ここまでのやり取りを聞いていた凜々花は、ただただきょとんとしている。無理もない。まだここに来て全然時間が経っていないのにいきなりこんな展開だ。


「ベイビー、大丈夫……?」

「あ、ありがとうピュア。ただ、うん。本当にここって聞いていた通りレジスタンスなんだなって」

「おい、ベイビー。お前、人を殺れるか?」

「わたし……人を殺した事はないけど……ママを殺したいって思った事ならあるわ」

「思った事があるだけで上等だよ。一般的な奴らは殺意すら感じないで生きてきた奴らばっかりだからな」

「ふんっ。犯罪を犯したら食肉処理されるこの世の中で、あえて犯罪を犯そうだなんて考えるバカはボク達みたいなバカだけですよ」

「バカバカ言うなよ博士。本当に俺らがバカになったみたく感じるだろう?」

「ボクの『バカ』には愛が込められてますからね」

「博士も愛に目覚めたんですか!?」

「ピュア……ボクに理解できない概念はありません」


 その場に一瞬だけ笑いが起きる。今度はいよいよ神明叡一を殺しに行くんだ!


「わたし……ピュアのためにやれる事があったら何でもしたい」

「はいはい。ね」


 ガールは僕を見て何やらニヤニヤとしている。


「何だか暑くないですか、ボス」

「あぁ、暑いな」


 ボスは凜々花の頭にそのごつごつとした手を乗せると、凜々花の目線に自分の目線を合わせてこう言った。


「お前には悪いが、すぐに戦闘訓練を受けてもらう。お前も俺らの仲間だ。ノンエデュリスの一員だ。二、三日で使い物になれとは言わねぇ。神明を倒すには周到な用意が必要だ。だから、な。ピュアのためでも何でも良いから、身も心も強くなれ」

「はい、ボス」


 凜々花ははっきりとボスの言葉に頷く。


 凜々花の無垢な手も血に染まるのか……。凜々花にはいつまでも真っ白な手のままでいて欲しかった。それは僕のエゴだって分かっているけれど。


 凜々花をここに連れてきたのは僕だし、僕にも責任の一端はある。それも分かっている。だからこそ余計に心が締め付けられるかのようだ。


 それからしばらくの間、僕と凜々花は戦闘訓練に明け暮れる事になった。

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