第4話 発見
『健太、ごめん。僕が秘密基地の鍵を取ったから、君は死んじゃった。僕が君を殺した。』
私の手が震えた。
何かの創作だと思おうとした。
昇が書いた物語。
空想。
でも、読み進めるうちに、それが創作ではないことが分かってきた。
健太くんの事故の日付。
時間。
場所。
すべてが一致している。
『鍵を抜いた瞬間、天井が崩れてきた。僕は健太を引っ張ったけど、間に合わなかった。鉄の板が健太をつぶした。健太の顔は赤紫色になって、目が開いてて、口からは血の泡がぶくぶくしてた。』
私はノートを置いた。
手が震えて、文字が読めない。
創作であってほしい。
あの子がそんなことをするはずがない。
優しくて、慎重で、人を傷つけることなんて考えもしない昇が……
でも、ノートの内容はあまりにも具体的で、生々しくて。
『僕は鍵を家に持ち帰った。捨てようと思ったけど、できなかった。これは僕と健太の秘密基地の鍵だから。でも、健太を殺しちゃった道具でもある。僕は一生、この鍵を持ち続けなければならない。』
私は立ち上がった。
足がふらつく。
昇の部屋に向かった。
あの日から何も変えていない部屋。
健太くんと一緒に読んでいた本。
一緒に作っていたプラモデル。
私は部屋を見回した。
もし昇のノートが本当なら、どこかに隠されているはず。
その『鍵』が。
でも見つけたくなかった。
見つけてしまったら、昇は……
私は恐るおそる昇の机の引き出しを開けた。
鉛筆、消しゴム、定規。
何もない。
次にクローゼットを開けた。
服、おもちゃ、本。
何もない。
最後に、ベッドの下を見た。
何もない。
私は安心した。
やっぱり昇のノートは創作だったんだ。
あの子が人を殺すなんて──
でも。
ふと、布団に目が向いた。
昇がいつも寝ていた布団。
まさか、そんなところに。
いや、そんなはずはない。
でも、もし──
もしも──
私の足は、昇のベッドに向かっていた。
私は昇の布団に手を伸ばした。
ふかふかの布団。
昇の体温の残っているような気がした。
布団を持ち上げようとして、手が止まった。
もし本当に何かあったら
でも、きっと何もない
何もないはず
私は深呼吸をして、そっと布団を持ち上げた。
何も感じなかった。
シーツの端の方に手を滑らせた時──
硬い。
小さくて、硬い、何かが。
私の指が、それに触れた瞬間、全身に電流が走った。
違う、きっと昇のおもちゃ
プラスチックの部品か何か
金属じゃない、金属じゃない、金属じゃない
指で確かめると、それは明らかに金属だった。
L字型の、小さな金属。
私の手が震えた。
取り出したくない。
見たくない。
でも、確認しなければ。
私はそっと、それを取り出した。
手のひらの上に現れたのは──
小さなL字型の金属製のピン。
セーフティピン。
建設現場で使われる、安全装置。
見つけてしまった……
私はそれを手に取った。
冷たくて、重い。
こんなに小さいのに、こんなに重い。
これが……
これが健太くんを……
私の口から、悲鳴とも慟哭ともつかない声が出た。
膝から崩れ落ちる。
床に倒れ込んで、私は嗚咽しながら泣いた。
インターホンが鳴った。
誰かが急いで走ってくる足音。
玄関のドアが開いて、階段を駆け上がってくる音。
「美雪さん!美雪さん、どうしたの?」
裕美さんの声だった。
裕美さんが部屋に飛び込んできた。
「美雪さん、何があったの?」
私は床に倒れたまま、セーフティピンを握りしめていた。
裕美さんが私の肩に手を置く。
私は裕美さんを見上げた。
子供を失った、優しい母親。
私を慰めてくれた、心の優しい人。
その人の息子を、私の息子が殺したのだ──
ごめんなさい……
私の口から、かすれた声が出た。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
私は繰り返した。
裕美さんの目が困惑に揺れる。
「美雪さん、何を謝って……」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
私はただ、それしか言えなかった。
セーフティピンを握りしめて、床に倒れたまま。
裕美さんは何も言わなかった。
ただ黙って、私の謝罪を聞いていた。
部屋には私の嗚咽だけが響いていた。
「ごめんなさい……」
夕日が部屋を染める中、私はずっと謝り続けた。
ひびく shiso_ @shiso_
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