掌編・「お盆」
夢美瑠瑠
第1話
掌編小説・『お盆』
逝く夏。
…夏だけに『逝く』という表現を使う。 いかにも”生命力”を感じさせる派手な季節だから? その掉尾が、いのちの終焉を連想させるのだろうか。
夫の初盆の明けた日の夕暮れに、お盆飾りを片づけながら琴は考えていた。
琴は、お盆の様々な風習、死者を迎えに行ったり、野辺送りをしたり、綺麗なお菓子を飾ったり…が、子供のころから好きだった。
回り灯篭みたいな、蒼くて、涼しげで繊細な意匠の照明器具も好きだった。
そうしてお盆は静謐で、人の集まる行事なのにしめやかな淡々とした雰囲気なのも、おとなしい琴の性質に合っていた。
見合いで嫁いだ夫も、物静かで、決して声を荒げたり手を上げたりしない男だった。 余計なことは一切喋らないが、阿吽の呼吸で、あるいは洞察力が鋭敏で? こちらの考えていることも、いろいろな世事百般、物事の成り行き、その理由、あらゆることを先験的に弁えている…そういうタイプだった。
「慧さんの遺品を整理していたらね、どっさりと何か書いた原稿が出てきたって、会社の事務員の女の人が言っていたってね」
「ええ、閑職で、最近は時間を持て余していたんでしょうね。 いかにも実直そうなあの筆跡でね、読んだ本の感想やら社会情勢についての分析? それからいろんな俳句やら短歌とか、…小説まで書いていたってね。 見かけによらないよね」
「なんだかもったいないね。 ああいう寡黙な人やったやろ? これといった趣味もなくて仕事一筋で、内心のもやもやの発散とかが、そういう手だてでしかできなかったんやろね。 可哀そうに」
琴と親戚一同が慧の”遺稿”を丁寧に閲読して、整理して、さる出版社に依頼して、一冊の本にまとめた。 自費出版である。
巻頭に置いた掌編のタイトルを取って「風の盆歌」と名付けられたその遺稿集は、なぜか慧眼な読者たちから不思議な支持を受けて、じわじわと売れて、やがて都心の一流書店にまで平積みされたりした。
そうして、ほどなくして発表された例の「本屋大賞」を受賞したのだ…琴は思わぬ成り行きに驚き、しかし素直に、夫の人柄や才能が評価されたことが嬉しく、天にも昇る心地だった。 琴という女房についても慧はさまざまな表現やエピソードをもちろん書き遺していて、夫がこんなにも深く自分を理解して愛してくれていたのか、と、瞠目する思いだった。
「風の盆歌」は、琴との出逢いが夏の終わりのお見合いだったことに材をとった、琴への”恋文”だった。
その結びは、「”平家物語”は世の無常がテーマで、”風の前の塵に同じ”と栄耀栄華をもむなしいことという。 が、私と琴の出逢い、不可思議な赤い糸、そうして歩んできた日々の喜び、そういうものが”塵”とは私には思えない。 寧ろそれは黄金の耀きに見える。 過ぎてしまっているからこそ、いやます永遠不滅の耀きを、二人の歴程は放っているのだ。…」
と、なっているのだった。
そうして夫唱婦随、琴瑟相和す、琴も全く同じ想いだった。
<了>
掌編・「お盆」 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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