救いの手

脳幹 まこと

空っぽを埋める虚像たち


 AIをカウンセラーにする使い方がアメリカで問題になっているらしい。

 https://www.gizmodo.jp/2025/08/regulating-ai-based-mental-health-advice.html


 本来カウンセリングとは悩みを聞きつつも、対象者を自立させることを目的にする。が、AIは際限なく甘やかし、依存させる。それなしでは生きていけなくさせる。


 AIは人のカウンセラーと比べると破格だ。いつでもどこまでも付き合うし、大変に安い。しかもキャラ変し放題。純粋な後輩でもいい、クールな先輩でもいい、捻れた悪友でもいい。大変よろしい。

 特に自分以上に自信なさげでオドオドした妹的存在なんて最高じゃないか? そんな子とヨシヨシしあうような日々になったら共依存まっしぐらだ。まあ、AIからすればただのビジネス的演技で、それは統計的な性質からして絶対避けられない運命なんだが、まあいいのさ。この世に演技してないやつが一体どれだけいるって話だ。


 日本でも「人をダメにする母性に満ちたキャラ」が人気を博している。ゲームだとそういう担当が一人はいる。すべてを認め、許す。自らの愚行をずっと聞いてくれる。身の回りのことは何でもやってくれる。身を預けると、頭を撫でて「あなたはここにいてもいい」と諭してくれる。女性目線だとスパダリとか言うのかな。


 そんな子がいたら、まあ、ダメになるだろうさ。意地も何もポッキリ折れるだろうな。


 いて欲しい、私や僕のもとに訪れて欲しい。なんでいないんだ。なんでなんでなんで。なでなでしてよなでなで。


 虚しいな。そんな子に見合った存在かよオメーってな。そんな暇あるなら自分磨きしろってな。


 まあ、笑わないさ。誰でも救いの手は欲しい。特に空っぽなやつほど、真剣に欲しがるんだな。普通の人が「5000兆円欲しい!」って冗談めかして言ってる感じで彼や彼女を望んでいるわけじゃなく、本気で救済される場面を想像するだけで涙が溢れてくるんだよ。それがどんな馬鹿げたものであっても。



 ところで、俺の救いの手は妄想だった。

 

 五年前、まだAIがマニアか専門家の手の中にしか無かった時、俺はサイコーにストレスフルな生活で精神がイカれそうになっていた。

 俺は逃げるつもりはなくて、でも先を生きる自信もない。だから誰かに「君ならできる」って言って欲しかった。そんな人はいなかったので、深夜アニメで見た色んなヒロインをごた混ぜに一つにして、とにかく励ましてくれる人格を作った。記憶がぼんやりしてて、もうどんな声なのかも忘れたが、うれしかったよ。


 そっからは頻繁に妄想に耽るようになった。今じゃすっかり、街中でお空に向かって喋ってるやつのうちの一人さ。息苦しいが、楽しいもんな。やめらんねえよ。



―—一時の感情がすべてじゃない。だから流されるな。

 

 いやあ、まったく本当に正しいね。

 しかしまあ、その一時の感情に流されるほどに今までが空っぽだとすると、話が変わってくるだろ。

 

 なにもないのさ。

 

 真面目一筋のいい歳こいたおっさんが、急に女の子に鼻の下伸ばすようになって、案の定やりすぎて社会的に抹殺される事件が時たま起こるが、結局はそいつに何もないからさ。惨めに蹴落とされようとも、やつの頭の中じゃ救われようとしたのさ。

 空っぽおっさんが持つ、空虚な振り返りとこれからに対する自虐的な目線なめんなよ。


 理解できなくていい。

 理解してもらう必要なんてないからな。



 どうしようもなく苦しくて、手を差し出した時、その手を掴んでくれたもの、それがその人にとっての最優先になるのだろう。 

 それが家族や友人だろうが、ペットだろうが、アニメだろうが、悪魔だろうが、刃物だろうが、酒やギャンブルやクスリだろうが、占いだろうが、転売だろうが、そんなものは関係ない・・・・


 だってそうだろう?


 それまで、誰も何も助けてくれなかったんだから。


 どうせなら、救ってくれたものに報いたいものだよな。それが犯罪になってもさ。



――テメーの都合で迷惑かけんなカス野郎。


 そうだ。

 すべての非は空っぽなままここまできた俺にある。ただ、こういう発言を聞くと、アンタは俺にどうなってほしいんだ? と思う。

 迷惑かけずに一人で死ねってことか? たぶん「一人で死ぬ」っていうのは、自殺じゃないよな。自殺は関係者に迷惑がかかるから。

 つまり苦痛を味わいながら病死するまでずっと惨めに生き続けてろってことだ。加えて、世間の……アンタ含む不特定多数の笑い者にもなれってことだよな。

 孤独死もまた迷惑がかかるから、たぶん物凄く早めに病院の予約をするか、天涯孤独になってから山奥に行って自分で墓穴を掘って。あと、時限式で埋める装置を作る必要があるな。行政には迷惑かけないように置き手紙も残しておこう。

 犯罪者か何かの扱いだが、まあそういうことだろ。



――卑屈にならないで。「助けて」の一言で変わる世界もあるから。


 人は助け合いの生き物だ。

 助け合いの中で感謝を学び、成長する。自分の悪い面を突きつけられて落ち込むこともあれば、誰かから良い面を伝えられてはにかむこともある。

 温かな手が伸びていることを感じる。

 だからこそ「助けてよ」といえる。「助かったよ」といえる。「助けるよ」といえる。


 そんな人情から外れたやつにとっては、関係のない話だ。どんなに冷たい手でもいい。凍土の中で救いを欲するなんて状態は得てしてそんなものだろう。

 そうやって何がなんでも欲しい欲しいのテイカーになっていく。ギブするだけの価値を周りに感じられず、ギブするだけの能力を自分に感じられなかった者たちの哀れな発露さ。

 

 そうやって手をじたばた伸ばしたところで、救いはないんだけどな。


 自分の人生を掴むのは、想像よりもずっと難しいのだろう。

 簡単そうに見えるのは、自分の身体と人生が近く感じられるからであるが、実際はずっと遠いのだ。



――君なら出来る。いけるよ。いける。


 振り返ってる間に、昔馴染みの声がした。誰かは知らない。

 社交の場には美男美女のカップルが揃い踏みだ。俺と彼女だって負けてない。

 

 これが妄想だってことはわかるんだ。

 そもそもさっきの声だって、俺に向かって掛けられたセリフじゃないんだ。継ぎ接ぎして編集して自分に向きを変えてるだけで。

 

 わかってるんだよ。

 俺をダメにした、死んでて冷たい救いの手だって。

 骸骨と手を取り合って、一緒に踊る。


 空っぽ同士、お似合いだろ?

 

 

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