魔導断章『イシュトの影契』より

或火譚/アルカタン

     

初めに、闇があった。

闇は光を産み、光は闇を呑んだ。

世界は、闇と光の狭間に震えた。


神々は神々を殺し、

天は天を裂き、

大地は大地を呑んだ。

海は海を燃やし、

火は火を凍らせた。


命の声は沈黙であり、

沈黙は叫びであり、

叫びは空であり、

空は血であり、

血は空であった。


見よ、七つの屍の塔が立ち、

その影に千の骸が膝を折る。

塔は灰を滴らせ、

灰は灰を覆い尽くし、

灰は灰に灰を積む。


そして声があった。

声は天より墜ち、

天は声に裂け、

声は声の声となった。


魔法使いは名を失い、

名は魔法使いを失い、

無名の者は祭壇に立ち、

祭壇は無名を讃えた。


黒き竜が胎より這い出し、

竜は光を呑み、

竜は闇を産み、

竜は竜を裂いた。

竜は竜であった。


ただ、竜。


六つの道は七つに割れ、

七つの門は八つに砕け、

八つの影は九つに重なり、

九つの虚は十の虚へと拡がった。


虚は虚を産み、

虚は虚を呑み、

虚は虚であった。


ここに書き記されたものは、

真理であり虚妄であり、

始まりであり終わりであり、

存在であり無であり、

光であり闇であり、

そして光でも闇でもなかった。


魔法使いは見た。

見たものは見えず、

見えぬものは映り、

映るものは砕け、

砕けたものは祈りとなった。


祈りは血であり、

血は火であり、

火は水であり、

水は塵であり、

塵は星であり、

星は沈黙であり、

沈黙は祈りであった。


その祈りの果てに、

ただ一つの名が残った。

しかしその名もまた名でなく、

名は名を喪った。

名は、舌から落ちた。


闇に記されし書は、

読む者を呑み、

書は書を裂き、

書は書を焼き、

書は書であった。


冷聲レイセイが滴る。

滴声は耳を穿ち、

耳は耳を裂き、

残響は影を啼く。


告脈コクミャクが脈打つ。

脈は地を噛み、

地は舌を焦がし、

焦土は鼓動を喰らう。


幻痕ゲンコンは皮を剥ぎ、

皮は皮を覗き、

覗きは骨を濡らし、

骨は夢を擦る。


屍鐘シショウは鳴らぬ。

鳴かぬ音は胸を裂き、

胸は闇を吐き、

吐きは黒を孕む。


血燭ケッショクは嗤う。

嗤う火は冷たく、

冷たき炎は凍り、

凍炎は目を灼く。


沈教ジンキョウは捻じれる。

捻じれは視界を裂き、

視界は紙片を吐き、

紙片は口を塞ぐ。


火塩カエンは匂う。

匂いは喉を蝕み、

喉は声を孕み、

声は声を凍らせる。


指の裂け目は祈らぬ。

掌の罅は揺れぬ。

祈りも揺れも砕けぬ。

砕けぬものはただ砕ける。


そして——


烙声断章/ラクセイダンショウ。

滅書幻華/メッショゲンゲ。

虚鳴流弾/キョメイルダン。

暗冥七刻/アンメイシチゴク。


笑う骸。

踊る血。

砕けた天。

眠る方舟。


黒檀に滴る血。

血の滴りは影。

影は屍。

屍は祈り。

祈りは祈りを焼く祈り。


逆さに廻せ。

地獄は天。

天は地獄。

人は餓鬼。

餓鬼は修羅。

修羅は畜生。

畜生は人。

鯨契を壊す鹿印。


魔法使いは祭壇に立つ。


光なき眼差しは、

最後の頁を焼き尽くす。

頁は頁を失い、

文字は文字を忘れ、

忘れられた文字は沈黙に沈む。


沈黙はもはや沈黙ならず。

ただ、沈黙すらも黒く腐り、

その腐蝕の匂いが、

読む者の血に滲む。


——終。

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