エピローグ

「ほら、見えてきた」

 肩に乗ったティファが声を掛けてくる。それと同時にアイリスも竜の庭の石室に気づいていた。


「アイリス」

 後ろから何か言いたげに声を掛けてくるのは大公だ。

「本当に自分で見に行くのか?」

 アイリスを気遣うような声が聞こえた。


「はい。だって……私たちじゃなきゃ、入れないんでしょう?」

 その言葉に、厳しい表情のまま、侯爵代理は頷く。

「ええ、印章をもった一族の人間しか石室は開けられません」


 そして今、赤竜侯爵一族で行われた話し合いの結果、次期当主であるアイリスの手には、父が最後に母に預けたという印章があった。


「しかし、中には……もしかしたらシルヴィアの……」

 心配そうに声を上げるのは、大公夫人クリスティーヌだ。アイリスは二人の心配を払うように、きゅっと唇を噛むと、わざと口角を上げた。


「お母さまの亡骸がそのままであるのなら、なおのこと、早く迎えに行って差し上げないと」

 命がけでアイリスを産んでくれたのだ。感謝こそすれ、その姿を見てみっともないことは絶対にしない、と心に誓う。


 アイリスの言葉に、クリスティーヌは大きく息を吸う。

「そうね。それはそうだと思うわ……モーリアスの話を信じるなら、そういうことになるわよね」

 クリスティーヌの声は震え、まだ信じたくないと言いたげに、ひどく悲し気に聞こえた。だからアイリスは余計に明るい声で振り向いて、クリスティーナに笑いかけた。


「だから早く迎えに行きたいの……」

 あの裁判の後には、モーリアスには厳しい尋問が行われたと聞いた。アイリスたちはその話を大公から聞かせてもらった。


***


「シルヴィアは兄が死んだ直後、兄の竜ルークに連れられて侯爵邸に戻ってきた。だがそれと前後して、王宮から遣わされた騎士たちが屋敷にやってきて、兄を殺害した疑いで、シルヴィアを差し出せと言ってきた」

 モーリアスはそう証言したそうだ。


 その時点ではシルヴィアはアルフォルト侯爵夫人だ。屋敷の者たちは身重の夫人をかばうため、石室に彼女とルークを隠した。石室はその昔、領地戦で攻め込まれたときに領主一族がしばらく姿を隠して生活できるように用意されたものだという。


「そこでシルヴィアはそこで子供を産むまで過ごすことにした。子を産んでから裁判して無実を証明すると言って……」

 そこで当主代理となったモーリアスは、石室で生活するシルヴィアを屋敷から手助けしたという。ルークは主人の最後の言葉に忠実に従い、彼女の元に留まった。


「そしてそれから数か月後、ルークがシルヴィアの手紙と共に、生まれたばかりのアイリスとティファを連れてきた」

 シルヴィアの手紙を読んで、シルヴィアを救おうと、医者を呼んで石室に向かわせた。


「だが……石室はまるで隔壁が張られたように中に入るどころか、手を触れることすらできなくなっていた……」

 その後、何度石室に行っても、中に入ることはできなかった。


 そしてそれから数年が経つと、今度は侯爵夫人を見殺しにしたと言われるのではないか。または兄を殺した犯人を匿ったと王宮にバレれば、自分の今の立場もなくなると不安になり、逆に外側からも魔導士に頼んで結界を張るように依頼をしたのだという。


***


【石室で私を待っているのはお母様とルークの亡骸かもしれない】

 アイリスがそうティファにだけ聞こえるように心話を飛ばすと、ティファはアイリスの頬に自らの頬を寄せた。

【そうとも限らないよ】

 ティファはアイリスの言葉を否定する。


【きっとアイリスを待っているよ。だってずっと……気配を感じるもの】

 ずっと何かが呼びかけているような気がしていた。だからアイリスもその可能性を少しだけ期待している。


「ねぇ、ティファ。ついにあの中に何があるかわかるね」

 アイリスがわざと明るい声で、周りの人たちの心配を吹き飛ばすように、傍らにいる愛竜に向かって声をかける。


ティファはアイリスが何をしようとしているのか理解して、同じように明るい声を返した。


「そうだね、アイリス。あそこにはアイリスにとって大切なものがあるんだ。きっと……ボクにとってもね」


 空は青く、空気は透き通っている。緑は目に染みるほど深い。土の匂いも、花の香りもアイリスの魂の奥底であの辛かった過去の記憶と深く結びついている。


(だけど私は、両親に愛されない可哀想な子供としてここに来たわけじゃない)

「じゃあ、私、行ってきます!」


 決意を込めて振り返ると、彼女のことを心配しながらも、目を細め彼女の成長を見守るように温かい微笑みを浮かべる大公夫妻がいた。


その後ろから、親指を立ててグイっと振るグラードがいる。ニッと笑っていて、アイリスは自然と彼の顔を見て笑顔になった。


【何があっても大丈夫。だってアイリスの隣には……いつだってボクが、いるから】

 そう、どんなことがあっても大丈夫。愛竜ティファがいる限り。


 アイリスは軽やかに歩き、石室の前にたどり着いた。そっと扉に手を当てると、この間のように彼女を弾き飛ばすような感覚がすることもなく、まるで主人を待っていたかのように軽い力で開いた。


「行くよ」

 ティファに声をかけて足を一歩踏み出す。


 埃っぽいけれど思ったよりずっと綺麗だ。石造りの壁には誰が飾ったのだろうか、花が生けられていた。もちろんすでに枯れていて、触れたら崩れてしまったけれど。


「この奥に入っていったらいいのかな……」

 廊下はまっすぐに続いていて、アイリスもティファも何かに導かれるように一番奥の部屋に向かっていた。


「きっと、ここだね……」

 アイリスが呟くと、ティファが頷く。

「うん、ここで間違いないね」


 大きく息を吸う。心がざわざわとする。けれど何があったとしても、逃げるのではなくて、自分の目できちんと見届けたいのだ。


「アイリス、行こう。アイリスのお母様が、待っているよ」

 ティファにそう言われた途端、胸がグッと熱くなった。涙が出ないようにぐっと奥歯を噛みしめると、ゆっくりと扉を開けた。


 扉が開いた途端、アイリスは目を見開いた。


 そこは仄かな青い光で明るかった。奥にあるのは大きなベッドだ。そのベッドが青い光で包まれていた。


「──っ」

 そしてその光の下には、美しい女性がまるで眠るように横たわっている様子が見えた。


「お母様!」

 胸がぎゅっと痛くなった。今すぐ母の元に駆け寄りたい。そう思ってアイリスが一歩踏み込んだ途端、そのベッドを守るように、一匹の赤竜が横たわっていることに気づいた。


(ずっと……お母様を守ってくれていたんだ……)

 それはきっと、アイリスの父の竜ルークだろう。竜の愛情の深さは身に染みてよくわかっている。健気なその姿に、思わずじわっと涙が浮かびそうになった。


「ルーク……会いに来たよ」

 ティファの口から掠れた声が漏れる。


 だがその瞬間。ゆっくりと竜はその首を持ち上げた。

「え?」


「ヒッ」

 寝ていた状態から竜が体を起こした瞬間、ティファは飛び上がり、警戒態勢を取る。

「ルーク、ほんとに、い、生きてる?」


「随分と来るのが遅かったな。お前は……レオナルドの娘か?」

 知性を感じさせる赤い目がひたとアイリスとティファを見つめる。低く深い声が竜の口から洩れた。


「ルーク、冬眠してたの?」

 アイリスは驚きながらもティファが言っていたように、ルークは眠っていただけだったのだと理解した。


「会えてうれしいよ……亡くなった後も、お母様をずっと守ってくれていたんだね」

 きっとルークは冬眠してまで母の元にいて守ってくれていたのだろう。竜の優しさに胸がジーンと熱くなる、感謝の言葉を伝えようとした瞬間。


「……シルヴィアは生きているぞ」

 その言葉にアイリスは動転する。思わず竜の元に駆け寄っていた。近くでみると、目を閉じているその人の顔色は確かに生きている人のそれだった。


「ええ、アイリスのお母さん、生きているの?」

 素っ頓狂な声を上げるティファにルークは頷く。


「ああ、シルヴィアは王族の指輪だかなんだかのおかげで、眠ったまま、まだ生きている。……急いで医者に診せた方がいい」

 竜の言葉を理解した刹那、アイリスはティファと一緒に走り出す。

「わ、わ、わかった。今みんなを呼んでくる!」


 心臓がドキドキする。亡くなっていると思っていた母シルヴィアが生きているかもしれない、と思った途端、脚が縺れそうになる。


「大公、たいへんたいへんたいへん!」

ティファが高らかに叫びながら、アイリスを置いてどんどん外に向かって飛んでいく。アイリスはその白い背中を追いかけながら、同じように声を上げた。


「大公……」

 言いかけて顔を左右に振る。くっと足を踏ん張り軽やかに足を踏み出す。

「お父様、たいへん。私のお母様が……生きてるかもしれないって!」


 叫ぶアイリスたちの元に、大公夫妻とグラードがすごい勢いで走り寄ってきて、大公はアイリスを抱き上げる。


「グラード、医者を呼ぶようにアルフォルト当主代理に言ってこい」

「シルヴィア!」

 クリスティーヌが一歩先に部屋に飛び込んでいく。


「アイリス、絶対にシルヴィアを助けるからな!」

 大公はアイリスを抱きかかえたまま、もう一度シルヴィアが眠る部屋に走っていったのだった。


      《 第一部 完 》


**************************************



ここから下は、第一部のあとがきです。

ご興味のない方はスルーでお願いいたします。



15万文字を越える、長いお話にここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


こちらで、第一部終了です。


最初は、家族に愛されず虐げられていたアイリスと、出来損ないと言われていたティファが、自分たちのひたむきな努力とお互いへの信頼をもとに、一つずつ道を切り開いていき、


そしてついに、偽物の家族たちに一矢報い、そして本当の家族と仲間を手に入れることができました。


とはいえ、父の竜ルークとの再会や、まさかのシルヴィア生存確認という、先が気になる展開で終わっていますし、


ジョッシュの竜バルトに盛られた毒や、アイリスの父レオナルドの死についてなどなど、まだまだ謎も伏線回収できていないこともたくさんありますので、


その話は第二部以降に書いていけたらなと思っています。


まずは第一部完結まで楽しんでいただけたらいいなあと心から願いつつ。

ここまで読んで面白かった、と思っていただけたら最後まで進んでいただいて、評価☆や、感想などを入れていただけたら本当に嬉しいです。(現在カクヨムコン参加中なので、☆とっても重要!)


それではまた近いうちに(できたら、来週金曜日に?)、第二部スタートにて、皆様とお会いできたら嬉しいです。


このたびは第一部最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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出来損ないの私が、実は最強竜の娘でした!〜偽りの家族を捨てたら本当の私の居場所が見つかりました〜 当麻 咲来 @sa9ru

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