第48話 竜の庭の真実

「正直、この場でこのような大切な手紙を読むことが正しいのか、判断が難しくはありますが……」


 先ほどとは違って、どこか沈鬱な表情を浮かべ、大公は手紙を取り出す。シンと静まり返った議場に、カサリと手紙を開く音が聞こえる。


「あいまいにしておくことは、今後のアイリスのためにならないと考えております」

 そう言うと彼は一瞬目を閉じて息を整えた。


「原文のまま、読み上げます。『モーリアス・アルフォルト様。娘アイリスを、レオナルドの竜ルークに託しました。私は産後の出血がひどく、このままでは生まれたばかりのアイリスを私が育てることはかなわないと判断いたしました』」

 そこまで読み上げた途端、貴族たちはざわりと声にならない声を上げた。


(お母様の……手紙?)

 自分の手でアイリスを育てられない、という一文がグサリと心臓に突き刺さる。まるで今際の際に書かれた手紙みたいだ……。


(いや、きっと……そうだったんだ……)

 母にはもう会えない。わかっていたのにその事実が胸をぎゅうと締め付ける。


 アイリスの背中に触れていたクリスティーヌの手に一瞬力が入り、かすかに「シルヴィア」と彼女の母の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「『最後に夫レオナルドが私に託した遺言と、アルフォルト赤竜侯爵家の印章を同封しました。遺言書の通り、娘のことをくれぐれもよろしくお願いいたします。

シルヴィア・アルフォルト』」


 大公がそこまで言うと、赤竜侯爵モーリアス・アルフォルトは力尽きたように椅子にへたり込んだ。アイリスは母の手紙の内容が抜けないとげのように胸に突き刺さっている。


「レオナルドの遺言書も同封されていた。内容は……『レオナルド・アルフォルトは赤竜侯爵家の当主代理としてシルヴィアを指名する。そして現当主レオナルド・アルフォルトとシルヴィア・アルフォルトの第一子の成人後は、その子に当主の座を引き継がせる』という内容だ」


「つまりアイリス嬢が正統な後継者なのか……」

 遺言の内容に人々はどよめく。だが厳しい顔をしている大公の顔を見た途端、その圧力に耐えきれなくなったように、きゅっと唇を固く閉じた。


「モーリアス・アルフォルトは、兄の遺言を握りつぶし、託されたアルフォルト家の印章を我が物とした。そして兄嫁から託された跡継ぎの子アイリスをないがしろにした」


 大公は冷たく突き刺すような視線をモーリアスに向けた。侯爵はヒッと息が漏れる音を発すると、蒼白な表情に唇をカタカタと震わせて下を向く。


 大公の答えに、ゆっくりと国王が立ち上がる。審問官ではなく国王自らの裁定が下ると気づき、貴族たちは全員立ち上がり、背筋を正し国王の方を見た。さすがのアルフォルト侯爵も、がくがくと震える足を手で支えて立ち上がる。


 アイリスは母を亡くしたショックと、国王が何を言うかによって自分の行き先が決まってしまいそうな感じがして、胸の中がざわざわとしている。ティファですらこの状況の変化に気持ちが追い付かないらしく、心話すら届かない。


「アルフォルト侯爵の当主に関しては、まずはシルヴィアの現在の状況を確認せねばなるまい」

 シルヴィアが既に亡くなっているとしても、それを確認しなければ先に進まない。そう言う意味なのだろうとアイリスは状況を理解する。


「もしもシルヴィアが亡くなっているのならば、次代の正式な当主は【アイリス・アルフォルト】だ。だがまだ未成年の為、赤竜侯爵家にて誰を当主『代理』とするか、定めないとならないだろう」

 国王はじっとアイリスの顔を見つめ小さく頷くと、視線を聴衆に向けた。


「もちろん、五竜家不干渉の誓約があるため、他の竜家は関与できない。黒竜大公家も、我が金竜王家も含めてだ」

 その言葉に懲りないモーリアスが顔をハッとあげる。その様子を見て、国王は唇を歪めた。


「確か、モーリアスはアイリスを虐待した夫人とは離縁すると言っていたな。ではミランダと結婚するといい。……似合いの夫婦となるだろう」


「は?」

 唐突な言葉に、モーリアスが意味が分からないと言った顔をした。アイリスも国王が言うことの意味が分からなくて、目を瞬かせた。


「赤竜侯爵家での決定が決まれば、夫婦まとめて処分しやすいし、監視もしやすい。まあミランダ夫人には持参金はない上に、金遣いが荒くて借金はたっぷりあるが……愛し合っているのなら気にはしないだろう?」

 国王が冷笑をすると、貴族たちも追従するように笑い声をあげた。


 こそりとクリスティーヌが耳元で囁く。

「赤竜侯爵家の中でも、モーリアスの処遇は相当もめるでしょうね……。引きずりおろされるか、それとも誰かの傀儡にされるかのどちらかで、権力は完全に失墜するわ」


 クリスティーヌはぎゅっと目を細めて呟く。

「まあ……あいつらがどうなったって、アイリスに行ったことの贖罪にもならないけれど」

 アイリスはその言葉に小さく頷いた。失った時間はもう帰ってこない。だけど……。


「でも、私には本当の、素敵な家族ができたから」

 アイリスが振り向いて、クリスティーヌの手を取ると、クリスティーヌはぎゅっと彼女を抱きしめた。


「ええ、これからは、私たち家族が貴女を死ぬほど幸せにするわ」

 次の瞬間、大きな体がさらに二人を包み込む。


「ああ、アイリスは俺たちの大切な娘だ。……名実ともに」

 その言葉に顔を上げると、大公が顔いっぱいに笑む。口を大きく開けて屈託なく笑うその表情に、アイリスは本当にこの人が自分の父親になってくれるのだと確信する。


 ついに自分を娘として、慈しんでくれる家族を手に入れられたのだと全身がじんわりと熱くなっていく。

 最後に肩に乗ったティファが痛いほどぎゅうううっとアイリスの頬に自らの頬を摺り寄せた。


「アイリス、ボクたち、本当にがんばったよ。……そして完璧に勝ったんだ!」

 ティファの声が明るく弾んでいて、その声にじわんと涙が浮かんできた。


 ふとこちらを見ているリシャールと目が合うと、まるで自分のことのように嬉しそうに彼は笑う。


 アイリスは涙が溢れるその顔で、彼に向かって泣き笑いの表情で大きく頷いた。


***


 それから一週間後。アイリスはティファと共に空を飛んでいた。同行しているのは、黒竜大公オーランドと、妻クリスティーヌ、そしてその三男のグラード。新しいアイリスの家族だ。


「ほら、もう見えてきた……」

 眼下に姿を現したのは、あれから一週間ぶりのアルフォルト家だ。


 正面玄関前で降りて、竜を肩に載せてアイリスが立つと、レオナルドとモーリアスの従弟だと言う男性が、彼女たちを迎えてくれた。


「アイリス次期当主様、おかえりなさいませ」

 入り口には赤竜騎士と、その竜たちがずらっと並んでいる。その末席にモーリアスとその竜リーナスもいたが、アイリスはそちらには一瞥もせず通り過ぎる。


「……ただいま、屋敷を後にするものがいるため、バタバタしていて申し訳ありません」


 当主代理の言葉の通り、馬車に荷物が運ばれ、積み込まれていく。その傍らにいるのは、アイリスを虐待するよう指示を出していた、侯爵の離縁された元妻エリーゼだ。


「……」

 じろりとアイリスを睨んでいるのは義理の妹だったマーガレットだけだ。だが今まであれだけアイリスに向かってひどいことを言っていたのに、この状況では何も言えないらしい。


 ただその唇は色が白くなるほどぎゅっと噛みしめられていた。


「マーガレット、行くわよ……」

 アイリスがついその声にそちらに視線を送ると、目が合った瞬間、エリーゼは視線を下げた。


 会釈だか、視線をそらしているのかわからないが、消え入りそうな声で娘を呼ぶと、無理やり馬車に載せた。


「……結局、侯爵のお屋敷から追い出されたんだね。まあ、次期当主のアイリスをさんざん虐めたから当然か~」


 意地悪く笑うのは、ティファだ。だがそんな彼女たちの行く末すら、アイリスは気にならなかった。


「さて……竜の庭に案内してもらおうか」

 アイリスの様子をじっと見ていた大公がそう声をかけると、当主代理は頷く。屋敷の中を抜けると、竜の庭に向かう。


 アイリスは大きく息を吸ってティファに心話で呼びかけた。

【ついに、竜の庭まで来たね】


 そこにどんな真実が待ち構えているのか。胸がざわざわとずっと騒がしい。見てみたいけれど、見てしまった瞬間、大事なものを喪失することになるのだろう。


(お母様……一目だけでも、お会いしたかった……)

 ぎゅっと胸の前で手を握り締める。するとティファからやさしい声の心話が届く。


【大丈夫。少なくとも知らなくてよかった、なんてものは絶対にないって、ボクが何度でもアイリスに言ってあげる】


 頼もしい相棒の言葉で揺れていた瞳は光を宿し、アイリスはまっすぐ前を向く。


「そうだね。ティファと一緒なら、何があっても怖くない」


 石室の方から、誰かがささやきかけているような気配を感じながら、アイリスはティファの言葉に頷いて、それから竜の庭へ一歩ずつ歩いて行った。


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