第4話  引き裂かれた運命

この後、彼らの幸せは続いていた。しかし、その平和はジンが16歳になった年、突如として終わりを告げる。


王国軍に見つかったラミリスは、隊長から「こんなところにおられたのですね。王女が行方不明になったという情報が入ってから、ラージャ王国は大騒ぎでしたよ」と告げられた。ラミリスは覚悟を決める。見つかってしまった以上、ラージャ王国に戻ることになる。その時、マリアも一緒に連れて行けるように、一人にしないように。

「この子はマリアと言って私の娘です。この後、ラージャに戻ることになると思いますが、この子も同行させてください」と王女らしく威厳のある声で言った。初めて見る母の知らない顔に、マリアは驚きを隠せない。

「ラージャに行く前に少し時間を頂戴」とラミリスは言い、マリアを連れてクロードの部屋へ向かった。そして、クロードとジンのために置き手紙を残す。


『私とマリアは無事です。私たちは王国軍に見つかり、大きな人間の国ラージャに向かうことになりました。

私は人間の国の内部から、魔族への差別をなくせるように尽力します。クロード、ジン。また必ずみんなで笑い合いましょう。魔族と人間の対立がない世界で』


「また必ずみんなで笑い合いましょう」…そう書きながらも、ラミリスの心は本当にそんな日が来るのだろうかという不安に苛まれていた。愛する夫と息子を置いていく罪悪感、そして未知の未来へと向かう恐怖。それでも娘を守り、いつか家族が再会できる日を信じて、彼女はペンを強く握りしめた。

ラミリスが残した手紙には、涙で文字が滲んだ跡があった。マリアは状況が分からず、ラミリスの変貌ぶりに戸惑いつつも、涙するラミリスに抱きつく。

「ママ、どこかに行っちゃうの?」とか細い声で尋ねるマリア。その声を聞いたラミリスはさらに涙を堪えきれず、マリアを強く抱きしめ返した。

この置き手紙を、王国軍に見つからないようにクロードの机の引き出しに入れた。

ラミリスとマリアは、二人が愛し、そして愛された小さな国を後にする。振り返ると、そこにはジンとクロードの狩りの成果である動物の毛皮などがあった。温かい記憶の全てを胸に、二人はラージャへと向かった。


ラミリスがランクス王国の隊長と真剣に話している間、マリアは王国軍の兵士の一人に話しかけた。

「まだあの森の奥にパパとお兄ちゃんがいるんだけど、連れて行っちゃダメなの?」

すると、その兵士は驚いた顔をした後、重々しい表情で答えた。

「お嬢ちゃん、酷なことを言うが、あの森の奥にはたくさんの凶暴な魔族がいたんだ。だからそこへ向かった二人はもう...無事ではないだろう」

マリアはその話に耳を塞ぎたくなった。

「そんなはずない...」

マリアはそれを否定しようとした。愛する家族がもうこの世にいないなんて信じたくなかった。だが様子を見に外に行った二人が向かった方向から確かに聞こえたのだ。人間を侮辱する魔族の笑い声、剣を交える音、そして森の中に響く魔族の勝利の雄叫び。

ジンとクロードが魔族に殺されてしまったということを否定したい。

けれど、耳のいい彼女はそれを聞いてしまった。

大好きだったクロードとジン。

マリアはその二人が魔族によって殺されてしまったと思い、彼女は深い悲しみを覚えた。突如、彼女はジンとクロードとの思い出がフラッシュバックするように頭をかけていく。

「聞いたぞ。ママに料理を習い始めたそうじゃないか、今日のご飯楽しみにしてるね。」と優しい笑顔で言ったクロード。

「マリアにお守りを作ったんだ、あげる」

とニコニコとした顔で言って手作りの木彫り人形をくれたジンの優しい声が、鮮明に蘇る。その人形を今も大切に持っていることに気づくと、マリアの目から、自然と涙が溢れた。

そしてマリアの頭の中には様々な思い出が駆け巡った。心臓がドクドクと不規則に脈打ち、手のひらを握りしめると爪が食い込む。その痛みは、胸の奥で渦巻く悲しみを、少しずつ怒りへと変えていった。そして魔族への復讐を決意する。涙を拭い、マリアは誰にも聞こえないような小さな声で、木彫りの人形を握りしめながらいった。

「魔族は絶対に許さない」


一方、クロードは魔族軍の隊長と話していた。

「城に行く前に少し時間をくれないか」

というクロードの言葉に、隊長は「監視を二人つけるならいいですよ」と答えた。そして、クロードとジンは家へと向かった。家の外で待つよう監視の二人に告げ、二人は家の中へ入る。


○クロード視点

家の中は静寂に包まれていた。ジンと互いに顔を見合わせ、無言でラミリスとマリアを探す。台所、寝室、マリアがいつも遊んでいる場所……。しかし、どこにも二人の姿はない。

焦りがクロードの胸を締めつける。彼は最後にいたであろう机の前に立ち、何か手がかりはないかと引き出しを開けた。

そこには一枚の紙切れがあった。見慣れたラミリスの丸い文字で書かれた手紙。クロードは手紙を手に取り、ゆっくりと読み始めた。読み進めるごとに、クロードの表情は硬く、悲しみに満ちていった。

「ラミリス…」

手紙を読み終えたクロードは机に手をつき、俯いた。彼の心は、愛する妻の強い決意と、家族が離れ離れになってしまった現実の間で引き裂かれていた。そして、いつか再会できる日が来ると信じる思いが、彼の心を大きく揺さぶる。

「パパ…どういうこと?」

ジンが震える声で尋ねた。その声に、クロードは顔を上げ、彼の目にはかつての優しい父親の面影と、決して諦めない王子の決意が同居していた。彼は震える手でジンに手紙を渡すと、静かに、だが力強く言った。

「ママとマリアは、人間側の国へ行った。だが、これで終わりじゃない。俺たちが再び家族として笑い合える日を、必ず迎える」


○ジン視点

家の中は不自然なほど静かだった。ジンは、いつも賑やかな妹の姿がないことに胸騒ぎを覚えた。台所、自分たちの部屋、どこを探しても二人はいない。不安にかられ、クロードと一緒に家の中を駆け回った。

「ママ!マリア!」

ジンの叫び声は、誰もいない家に虚しく響く。その時、クロードが机の引き出しから一枚の手紙を見つけ出した。手紙を読むごとに、クロードの顔が青ざめていく。ジンはただじっとその様子を見つめることしかできなかった。

手紙を読み終えたクロードが、ぼんやりと手紙を差し出してきた。

『私とマリアは無事です。私たちは大きな人間の国ラージャに向かうことになりました』

ジンは信じられなかった。つい昨日まで一緒にいた家族が、父とは真逆の方向へ行ってしまったのだ。

手紙の最後の言葉が、彼の胸に突き刺さる。

『また必ずみんなで笑い合いましょう。魔族と人間の対立がない世界で』

手紙には、涙で文字が滲んだ跡があった。その跡を見て、ジンは初めて理解した。これは、ママが苦しみながらも、僕たちのために、そして家族のために下した決断なのだと。彼の心は、悲しみと、ラミリスの強さに対する尊敬、そしてこのままではいけないという強い決意で満たされていった。ジンは静かに手紙を握りしめ、顔を上げた。

「パパ、僕たちも行こう。いつかママとマリアに再会するために、僕たちもできることを探そう」


こうして、魔族と人間の間に生まれた少年ジンは、魔族と人間が対立しない世界を創るために。そして、同じく魔族と人間の間に生まれた少女マリアは、魔族に復讐するために、それぞれの道を歩み始める物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人魔戦争  さわら @sawara_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画