第3話  小さな国

クロードとラミリスが初めて出会う日まで時は遡る。

― それは、彼らが家族になる、遥か昔の物語。

ラミリスは、巨大な国家ラージャ王国の第二王女だった。彼女は、隣国ランクス王国との交流を深めるために派遣されたが、その道中、魔物に襲われてしまう。護衛の奮闘もむなしく、馬車は危険な魔物が住み着くクロリアの森へと走り込んだ。この森は当時、まだ魔族領ではなく、未開の地だった。

逃げるうちに護衛たちは次々と倒れ、ラミリスはたった一人で森をさまよった。木々の間から差し込む光は心細く、聞こえるのは自身の心臓の音だけだった。そんな絶望的な状況で、彼女は一人の魔族と出会う。

「そこにいるのは人間か?」と剣を構えながらクロードが問う。ラミリスは、彼の鬼のような角を見て怯えながらも「はい」と答えた。彼女の怯えに気づいたクロードは、静かに剣を鞘に納め、まっすぐ彼女の目を見つめ、「怪我はないか」と優しく尋ねた。

当時、クロードは魔族の第二王子として、人間との衝突を避けるための未開の地の調査を単独で行っていた。人間側が、魔族に対抗する力を得るために、この地の魔物を兵器にしようとしているという噂があったからだ。

クロードは、絶望的な状況にあるラミリスを放っておけず、調査で使っている隠れ家へ連れて帰った。

隠れ家で、クロードは彼女に話しかけた。「俺の名前はクロード。君は?」この問いかけに、ラミリスは緊張から声を震わせて「ラミリスです」と答える。クロードは「いい名前だ」と微笑んだ。彼と過ごすうちに、ラミリスは魔族への恐怖心だけでなく、王女としての気丈な振る舞いまで忘れていった。初めて弱さを見せられる場所を与えてくれたクロードの優しさに、張り詰めていた心が少しずつ解き放たれていくのを感じた。

「俺は魔族だ。人間の住む場所には送っていけない」とクロードが静かに言うと、ラミリスは「私も魔族の領域には行けないわ」と答えた。そして、互いに国に戻れない理由から、二人はクロリアの森で共に過ごすという選択をした。

二人の共同生活が始まった。クロードは魔族として狩りへ出かけ、ラミリスは王宮のメイドから教わった料理の腕を活かして、クロードが獲ってきた動物を料理した。ある雨の日、ラミリスは料理をしながら、ふとクロードに問いかける。

「クロード様は、なぜこの森にいらっしゃるのですか?」

「……俺は、人間と魔族の対立をなくしたいと思っている。そのために、まずは互いを知ることから始めなければならないと考えて、調査をしているんだ」

クロードの言葉に、ラミリスは静かに心を揺さぶられた。彼女自身も、ランクス王国へ派遣された経験から、両国の交流を深めることの難しさと重要性を痛感していたからだ。互いの安全を確保するために共に過ごすうち、二人の間には、同じ価値観を共有する仲間意識と、互いを深く慈しむ感情が芽生えていった。特に、クロードが獲物を仕留めた後、必ず静かに祈りを捧げる姿を見たとき、ラミリスは彼の内に秘められた優しさを確信した。

そして、クロードと過ごしているうちに、ラミリスも魔族と人間の対立を無くしたいと思うようになった。


さらに月日が経ち、二人は互いに好意を持つようになる。人間と魔族という立場の違いを超え、同じ価値観を共有し共に生活することで、互いの良いところがどんどん見えてくる。それは、もはや必然的な心の変化だった。


ある夜、クロードは、ラミリスの安全を第一に考え、「人間の国に送るよ」と告げた。愛する彼女を危険に晒すわけにはいかなかったからだ。しかし、ラミリスはクロードの言葉を遮るように、彼の手を握りしめた。

「いいえ、私はここに残るわ。あなたと、あなたの夢と共に生きていきたい」

彼女の涙ぐんだ、しかし強い眼差しに、クロードは心を揺さぶられた。

愛する彼女を危険に晒すかもしれないという恐怖と、彼女の決意に応えたいという願望。その二つの気持ちで葛藤しながら、彼は彼女の手を握り返した。

しばらくの静寂の後、クロードは深呼吸をし、絞り出すように言った。

「二人で、この森に小さな国を創ろう。人間も魔族も関係なく、愛し合える家族が暮らす、小さな国を」


それは、人間と魔族の間の対立に終止符を打つ、遥か遠い道のりの最初の一歩だった。こうして二人は、下界との繋がりを断ち、クロリアの森で家族として生きていくことを決意した。王女が行方不明となり、王子が消息を絶ったことは、両国に大きな影響を与えることになるが、二人はその事実を知る由もなかった。

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