第17話 学ぶ
慰霊碑を離れ、控室に皆で戻る道すがら、
「レイア、あんたが大剣使いの冒険者として実力があるのは、認める。ランクも、夜間員になる基準に達してる。」
少しきつい声でノーアがレイアに言った。
「でも今年の新人のうち夜間員になったのは、ほかの新人よりあんたのランクが特別よかったとかじゃないの。それ以前に……冒険者ランク持ちがそもそもあんたしか居なかっただけ。あたし達からしたら、あんたぐらいの冒険者なんて、いくらでも居るのよ、その辺に。」
ギルド職員たちの中に、冒険者になったことすらない者が居るなんて、驚きだ。
そして、自分のランク上げに要した努力を思うと悔しさが込み上げたが、レイアは言葉を飲み込んだ。
「あんた、A1班に配属されて舞い上がってたけど、あんたが特別優れてるとかじゃないからね。うちらだって、最初は新人なんて受け入れたくなかった。
回復師は、夜間員の中にはリフしか居ないし、夜に魔晶石取りに行けるのもカーティだけ。
あんたみたいな弱いくせに頭でっかちな冒険者を庇って貴重な人材を失うなんてごめんだからね。
でも、ほかの班はもっと、実力や冒険者としての職種がバラバラで、新人育成する余裕なんてないから、仕方なくうちらが引き受けただけ」
回復師を見下していることも、自分の戦闘力の過信も、ノーアは厳しく指摘しレイアを叱責する。
すっかり萎縮するレイアをさすがに憐れんだのか、
言い続けるノーアの肩をストーがとんとんと叩いて、黙らせる。
ミアが、
「……レイアが無茶をしても、死者が出なかったのは、リフとストー、カーティのおかげ。他の班だったら、誰か死んでたでしょうね」
とだけ続けて、皆は黙ってギルドへもどった。
「でもまぁ、レイアの夜間員としての育成を怠っていたのは僕らなわけで。ギルド職員に冒険者がいない理由から話そうか」
年長者であるリフとストーによる講義が始まった。
「白い森の悲劇が、ギルド職員が夜間員兼務を避ける起因になったんだ。夜間員にされないために、そもそも冒険者ランクをあげなくなった」
「
大きな石板を壁に吊るして、白墨で冒険者ランクをDからSSまでざっくりとリフが三角形のグラフの図を描く。
その横にストーが
【ランク】
夜間員(各班5名前後、総勢39名)
冒険者総合ランク……B0↑,
ソロ討伐実績ランク…B+↑
ゲート監視員(総勢53名)
冒険者総合ランク……不問
ソロ討伐実績ランク…A+↑
と、ギルド冒険者職の選定基準と在籍者数を記していく。
案外に、ストーの字が楷書体で1文字1文字くっきりと丁寧に書かれ、リフの字はかなり崩した筆記体で、少し読みにくかった。
レイアはそれを、普段の性格と真逆だなぁなどと少し面白く思いながら、石板を見つめる。
ゲート監視員は、公務員冒険者の花形部署はソロ討伐実績が1回でもA+を討っていれば就けるため、かつて冒険者だったが今は前線を退いて公務員になった中高年が多い。
結局、彼らの実力で巡回できるのは、ざわめきの森までだと、ストーは解説する。
「そして、既に夜間員の基準を満たす若手の冒険者は入庁を躊躇うようになった。
レイアみたいな新人職員は非常に貴重だ。だからこそ新人夜間員の生命を守り、確実に育成するために。
2年目以降でないと次のエリアに帯同させない暗黙のルールができた」
レイアは、はっとしてストーとリフ、そして、石板の横に椅子を置いて聞いているミアとノーアを順繰りに見た。
「でも規則として明文化して定められているわけでもないからね……。クラーモさん、あなたの焦りを分かってはいるんだよ、僕たちも」
リフは言った。
そして彼は、悲劇のあらましを語ってくれた。
「国内最大手の幻獣素材屋【ヒノトリ】の専属冒険者,【紅蓮党】のメンバーが、白い森で遭難したのが発端だ」
そもそも冒険者たちはギルドの依頼だけで生計を立てているわけではない。
ギルドからの公的依頼をこなして実績承認を受けながらクエスト外のハンティングもして、その素材を素材屋に売って稼ぐのだ。
素材屋は冒険者から直で素材を買い取って各地の商人や職人に卸すのが一般的だった。
「要は冒険者がギルド依頼をこなすのは納税みたいなもの。見返りにいくばくかの謝礼が貰え、冒険者としての実績もあがる。
この実績が高いと、民間の商人や領主、素材屋からの信任があがり、素材の取引で有利になる。
だから充分に実績を積んだらギルドのクエストから離れていくし、素材屋は高ランクの冒険者を囲い込む」
素材屋は、欲しい素材を取ってこさせるために、
冒険者としてギルドのクエストを毎日地道にこなしたって得られぬような、
そしてギルド職員になるよりも高額の収入をちらつかせて、高ランク冒険者に雇用契約を結ばせた。
つまり高ランク冒険者は民間の素材屋と公的ギルドの間で取り合いになる人材だったのだ。
銀色の硬い鉱物である“輝灰鋼”や、非常に鋭い“黒闇狼の牙”などは特に、武器の材料として需要も高い。それがとれるのは【常闇の森】の奥地だ。
そこへ果敢に狩りに行き、生還できるような実力のある【紅蓮党】は民間冒険者のなかでも、自信に満ち溢れていたであろう。
「白い森は、本来は出没魔獣がほぼ居ない、危険度で言えばCランクだ。方向感覚を失いやすいから要注意、というだけで」
レイアはリフの言葉に頷く。
「日暮れも迫り、常闇の森から帰還しようとした【紅蓮党】の連中は白い森で遭難した。……魔晶石が枯渇して、灯りの要らない白い森を、意図的に帰路に選んだと聞いている」
ギルドの業務にも魔法師たちの働きにも欠かせない魔晶石が、それほどまでに希少だったのか。
「……あなたは、確かに大剣使いとしては腕利きなのは僕たちも承知している。
でも……その過信と焦りは、第二の悲劇を招きかねない。……昨日のような命令無視は、今後は絶対にするなよ」
悲劇の時にはこのギルドからも程近い大病院,アルクス市中央病院で勤務していたリフは、
「……僕はもうあんな惨い遺体を、……それも仲間のものなんて、絶対に、診たくない」
ふっと遠い目をして呟くように言った。
高難度依頼、受け付けます〜我々はただのギルド職員ですけどね〜 日戸 暁 @nichi10akira
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