第16話 供物

次の鐘まで、皆でじっと黙祷を捧げた。


ごぅー……ん


弱い鐘が1つ鳴り、ふっとその場の空気が和らいだ。


「あの、カーティさんは黙祷しないんですか、お仕事中……?」


訊ねるレイアに、ミアたちは驚いたように顔を見合わせた。


「そっか、レイアは知らないわよね」

ノーアは肩を竦めて言う。


「あの子が一番、真摯に黙祷してるわ……いらっしゃい、レイア」


ミアはレイアをどこへ案内しようというのか、控室を出て歩き出す。

他の皆も、ぞろぞろとついて行く。


受付の事務室の裏手を通ると、他の若い夜間員や職員が喪章をつけたレイアたちを見て、不思議そうな顔をする。

中には、

「さっきの鐘、それだったんすか?」

などと聞いてくる者もいる。


……年配の職員たちのほとんどは、軽く敬礼してくれるのに。



「6年前となると、こんなもんかぁ……」

ミアが少し遠い目をして呟く。


「去年までは、ちゃんと夜間員全員で追悼式典やってたのにねぇ……5周忌で一区切りとはね」

ノーアも複雑な面持ちで、おそらくは一般職の若手職員を見ている。


「……まぁ俺らも直接は知らねぇけどな」

ストーが軽く伸びをして続け


「僕もまだ、……中央病院で薬師をしていたよ。……でも、もした」

リフも小さくため息をついて言った。




あの白い森が民間冒険者の立ち入り禁止区域になったのは、6年前の悲劇がきっかけだと言われている。


そもそもレイアが冒険者になる前に起きた出来事で、悲劇の詳細は、公には秘されたままだ。

だから、レイアの世代にとっては、悲劇といっても正直ぴんとこないのだ。


伝わっている事故のあらましも、ごく一部の民間冒険者による無謀な夜間滞留が発端、という程度だ。

夜間員に犠牲者が出たらしい、ということは知っていても、その死者の数もレイアは覚えていなかった。

この悲劇以前には、こんな大きな事故はなかったから、彼らが不運だっただけ。

むしろ、

“夜間員が命を賭して民間冒険者たちを守った美談”として伝わっている節すらある。


「ほら、カーティならあそこにいるわ」


カーティは古城の裏手、林の一角にひっそりと建つ、碑の前に独りで坐っていた。

じっと瞑目している。


その傍らの地面に、金属製の水筒が置かれている。

碑の前には小さな器が供えられている。


「……献杯」

その器をミアがそっと貰って、中身を一口飲んだ。


カーティは微動だにせず、黙祷を続けている。


班の皆で器を回し飲み、

「レイアも、ひとくちどうぞ」

ノーアはレイアに器を差し出した。


中身は、澄んだ色をしたスープだった。

塩味と香草ハーブをきかせた、魚の出汁だ。少しとろみのついた温かいスープがじんわりと胃の腑に染み渡る。


「おいしぃ……」

思わず声に出てしまったレイアに、ノーアがくすっと笑った。

「泥ヘビのスープよ、これ」

「え、うそ!?」

あのヌルヌルして身も生臭い魚の出汁とは思えない。

「……カーティが作る泥ヘビのスープはね、特別なのよ」

ノーアは言って、座ったままのカーティへ視線をやる。

カーティの左手の小指に、小さな赤い水晶をあしらった指輪が嵌められている。

輪自体が小さいのだろう、小指の中ほどまでしか入っていない。

女性の薬指にならちょうど良さそうだ。


「あら、またその指輪見てたの?」


ノーアの呼びかけに、ようやくカーティがこちらを見た。

「……なんだ、もいたのか」


ア・ラーモを、と呼ぶのは、カーティだけだ。

苗字の一字を名の前につける呼び方は、同じ場に同姓もしくは同名の者がいる時の呼び分けの通例だ。

だが、呼び分ける必要がない時にこの通称呼びをするのは、少々礼儀に欠ける行為とされる。


最初の頃はレイアも気にしていたのだが、ミア達からカーティに注意しても

「レイアは、別に居る。だから彼奴はだ」

としかカーティが言わないので、もう皆で諦めている。


もしかしたらカーティの想い人がレイアって名前なのかも。

などと皆で邪推しているのは、カーティには秘密だ。


「カーティ、昨日泥ヘビを気持ち悪がってたレイアが、スープ美味しいってさ」


ノーアがカーティに伝えると、カーティは、ふっと表情を曇らせた。


「……が泥ヘビのスープを好もうが、どうでもいい」


どこか怒ったように言いながら、慰霊碑の下部に並んでいる名前の一つを、小指に引っ掛けた指輪の石で、優しく撫でる。


「今年もスープ作ってやったぞ、……シュート」


目を細めてその名を見つめて柔らかな声音で呟くと、カーティは、すっと立ち上がった。


「昼の仕込みに行ってくる」

スープの入った水筒と空になった器を持って、彼はすたすたと歩き去った。


慰霊碑に刻まれた、犠牲者たちの氏名と死亡時の年齢。


その一番最後には、


レイア・シュート  享年19歳


と刻まれていた。

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