第6話 喧嘩の赤
感情の色には、温かいものもあれば、冷たいものもある。そして、中には触れただけで火傷しそうなほど、危険な色も存在した。
「怒り」の色を初めて間近で見たのは、六年生の冬、雪がちらつく日の放課後だった。掃除当番をさぼったとか、そんな些細なことがきっかけで、クラスの男子二人が言い争いを始めた。最初はただの口喧嘩だった。けれど、言葉がだんだんと棘を帯びていくにつれて、二人の周りの空気が、目に見えて変化し始めたのだ。
ちり、と小さな火花が散った。
一人の男子の肩のあたりから、小さな赤い粒子が、まるで静電気のように迸ったのだ。それはすぐに消えてしまったけれど、一度見えてしまったそれは、私の注意を強く引きつけた。
「お前のせいだろ!」「ちげーよ、お前がやったんじゃん!」
言葉が凶器となって飛び交うたびに、赤い粒子の数は増えていく。それはもう火花ではなく、燃え盛る焚き火の粉だった。二人の体から噴き出す赤いピクセルは、互いにぶつかり合って激しく弾け、空間を焦がすような熱気を放っている。その熱気と共に、鼻をつく焦げたような匂いがした。
見ているだけで、息が詰まる。視界が、その赤い光のせいでぐにゃりと歪み、音が遠くなっていくような感覚に陥った。あの藍色の悲しみは重く沈み込むような苦しさだったけれど、この赤色は、もっと直接的で、暴力的な力を持っていた。鼓膜の奥で低い金属音が響くような、攻撃的なエネルギー。
喧嘩は、ついに掴み合いにまで発展した。一人が相手の胸ぐらを掴んだ瞬間、彼の全身から、マグマのような深紅の光が、ごぼりと音を立てて溢れ出した。それはもう粒子ではなく、粘り気のある炎そのものだった。空間に飛び散った赤いピクセルは、床や壁に当たると、じゅっと音を立てて消えていく。もちろん、それは私の脳が見せている幻の音だ。けれど、その場に満ちる焦げ付くような匂いは、あまりにも生々しかった。
頭が、割れるように痛い。吐き気がこみ上げてくる。
私は、その場にいることができなかった。ほうきを放り出し、踵を返して教室から逃げ出した。廊下を走りながら、後ろで誰かが叫ぶ声が聞こえたけれど、振り返ることはできなかった。
冷たい廊下の空気が、火照った頬に心地よかった。ぜえぜえと肩で息をしながら、窓の外に舞う雪を見る。あの赤い光は、人の心を支配し、周りのすべてを破壊してしまう危険な色なのだ。感情の色は、人を繋げるどころか、こんなにも簡単にお互いを傷つけ、引き裂いてしまう。
金色の喜びを知った高揚感は、この日、どす黒い赤色によって、冷たい恐怖へと塗り替えられてしまった。私は、人の中に燃え盛る、あのどう猛な炎が、ただただ怖かった。
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