天使憑きの間違い探し
まらはる
エンジェルホリックのトラブルシュート
「──
主の祈り。
かつて善き人イエスが、「こう祈るべし」と伝えた言葉。
マタイによる福音書6章6節から13節と、ルカによる福音書11章2節から4節に記されている。
ピアノによる前奏、讃美歌、そしてこの主の祈りの言葉を呟く。
日曜の礼拝はここから始まる。
次に司会者と出席者で、詩篇を一節ごとに交互に読み上げる交読。。
そして聖書の一部を、今度は司会者のみが読み上げる朗読。
そのまま、牧師による祈りと、説教がある。
説教の内容は、登壇者によって様々で、聖書の深い解説もあれば、時事問題について考えを説く人もいる。ちなみに今日の内容は聖書解説と国際情勢についての批判の半々であった。
そのあとに聖餐式。
ひと口分のパンとぶどう酒……ではなくぶどうジュースが、出席者にそれぞれ配られる。
さっきとは別の讃美歌を歌う。
献金は強制ではない。上限も下限もないのだが、ただ細かいと会計が大変になるので数百円単位がマナーとしての最低ラインとなる。逆に札束出したかったら、ちゃんと出資者になろう。
そして
おおよそ1時間で昼より前に終わる。
『驚くほど何の変哲もない、ふっつーの礼拝だったね~』
隣に浮かぶ少女がぼやく。
多少他所と差はあるが、教会ごとの差の範疇だ。
「天使様のお墨付きとは恐れ入る」
借りた聖書と聖歌集(讃美歌が歌詞と楽譜で載っている、初めて礼拝もこれで安心)を、棚に返却しながらひとり呟いた。
天使憑き。
信仰の有無でなく、罪の大小を問わず、人類誰の傍にでもいるという守護天使。
が、俺にしか見えないとはいえ、ここまでハッキリ語り掛けてくるのは稀とか。ただ稀なだけで貴重ではない。何でいるかは俺も分からない。幻覚かも。
「アマツカイツキさん」
牧師様に、声をかけられた。
「今日は来ていただき、ありがとうございます」
「いえ、はい。どうも」
初の出席者は礼拝後に紹介される。
顔と名前はその時覚えられたのだろう。
「どうでしたか、本当はもっと若い人の興味を引く説教や礼拝を出来たらいいんですがね……」
「俺には分かりませんけど、でも、できてるんじゃないですか?」
「さてどうでしょうか……」
「その、ウワサ通りでしたので」
ウワサ。
そもそも日本では、日曜礼拝の出席者は少ない。大きいところなら違うだろうが、地域の教会なら10人ほどで、顔なじみの年配の方が多い。
しかしこの教会においては、本日は収容ギリギリの40~50人くらいが参加していた。老若男女、割と均等に。
例えば、復活祭やクリスマス礼拝なら「せっかくだから」と普段の出席者の家族も来るが、そんな特別な日ではない
加えて今日初めての出席者が俺含め5人もいた。
それがつまりウワサである。
怪奇、人の増えた教会。
しかし目の前でニコニコとしている老年の牧師様は、穏やかそうだ。
人格者であろう。悪辣には、ひとまず見えない。
ので、期待せずに一応で聞く。
「なにか新しい工夫でもされたんですか?」
「いえ。特別なことは……ああ、聖餐式は毎週、洗礼を受けてない人にも振舞うようにしました、それが良かったのかもしれません」
「なるほど、そうかもしれませんね」
確かに、本来聖餐式は決まった特別な日に行われる。
そして洗礼を受けた人だけに振舞うのが通例、ではある。
ただし、それも教会次第で、厳密な規定はない。
やはり分かりやすい理由はなし。
まさかほんの一口のパンやぶどうジュース目当てにここまで人が増えたわけではなかろう。
「当教会は、たいへん恵まれております。いくらかの偶然の重なりかもしれませんが、常々感謝の念は絶えません」
「日頃の信仰の賜物、というやつですね」
『なワケないでしょ』
「……」
天使の声は俺にしか聞こえない。
呆れた目線を一瞬だけくれてやる。天使はそっぽを向いてぷかぷか浮かんでいる。
気付けば周りはもう帰る人の流れや、この後のお茶会(礼拝後にはよくあるものだ)に参加する人でがやがやとしてきた。
「すいません、今日はこの辺で」
「そうですか。またお待ちしております」
「ええ、ぜひまた」
お茶会は少し気になったが、関わりすぎるのもよくないだろう。
知りたいことは知れたのだ。お辞儀だけして、そのまま教会を出た。
ウワサ。
本当はもう1つある。
教会を出てすぐ、それは嫌でも再確認させられる。
「ひっどい治安だな……」
暴力は無い。盗みも、殺しもない。
ただ住宅街の真ん中には、濃い艶やかな臭いが漂う。
人々の笑顔は、どこか不気味に緩み切っている。
右を向けば犬猫の交尾。
左を向けばエロ本を堂々読みふける中年男性。
どこぞの家からは嬌声が響く。
薄手の服を着た女が等間隔で並ぶ。
堕落の坩堝。
淀んだ空気。
しかし道行く人は特に気にもしない。
日常の光景として扱っている。
元々この辺りはこうではなかったはずなのに。
『いやーなんでまた、色街でもないのに』
「さて……――
懐から取り出したタロットカードはXIV。アルカナは
「はぁ……教会は、っぽい清い魔力くらいしか感知できず。一帯も変な魔力が広がってるが、発生源は絞れなし」
やはり怪しい所は無し。
礼拝前にも同じ術式で確認したが、今日の礼拝分程度しか反応の差異はない。
――そう。俺は依頼を受けて、異常を調査しに来た魔術師である。
世界各国に霊的組織は存在し、日本では「アタバク機関」というのがそれだ。
霊的事件や怪奇現象を、警察やほかの省庁と協力して、こっそり世間には秘密裏に解決するのがお仕事だ。
所属してるのは巫女や陰陽師や仏僧から、錬金術師や魔女もいる。
そして俺も、その一員で
……素人の男子高校生に毛が生えた程度なんだけどね。
『で、このめちゃくちゃキッショいの、どうすんの?』
「どうしようね、さっぱりだなぁ。マジで天使様もなんか分からない?」
『わかんない』
「無能が二人だねぇ、あっはっは」
天使がぽかぽか殴ってくるが物体には触れないので、ジェスチャーのようなものだ。
ウワサというか事実。
数週間前からこの地域一帯での大小さまざまな性犯罪の発生件数が、急に跳ね上がったというのだ。
痴漢にわいせつ物陳列、売春やら強姦未遂など。それも特に反社会的な組織的な元締めもなく、各個人に起因するとのこと。
妙な事態に頑張った警察も、行き詰って挙句アタバク機関に相談。されたのを右から左に俺へ投げられた。
事件増加と同じくしてとある教会の人気がうなぎのぼり、というウワサだけをくれて、調べろ解決しろと命令された。俺は困った。
でも文句は言いづらい身である。
牛丼屋の深夜時給より割が良く、授業を抜けても単位がもらえて卒業には近づく。
その程度の利点はあるから。
ちょっと早い昼食にしようと、ファミレスを目指す。
途中コートの下が全裸だったおじさんおばさん計3件に遭遇したが、蹴っ飛ばして通報して処理する。
そんな感じなのでヤになって近場の飲食店はやめて、電車に揺られ2駅先の店舗へ向かう。つまりは性犯罪都市の範囲外。
目当てのファミレスはそこそこ空いていた。
すぐ案内され席に着き、パスタとドリンクバーを頼んだ。
『今日だけたまたま普通だったとか?』
「礼拝の内容は、ここ数週一緒だって。警察情報」
『へぇー、ちゃんと調べてたんだ』
スマホを眺めつつ、運ばれてきたカルボナーラをすする。
『おいしそ~。でも行儀悪~天使の目の前~~』
ちなみに天使ちゃんのためのドリンクのコップも置いてある。
触れないので飲めないけど、飲むふりをして遊んでいる。
「はいはい。資料見てるの、勘弁してね」
教会の会計記録である。時期は事件増加のちょっと前分から。
宗教法人としての取引記録でもあり、警察からのアタバク機関経由で送ってもらった。
「文房具や、洗剤トイレットペーパーの日用品、パンにぶどうジュースにローソクなんかも礼拝用の消耗品、聖書や聖歌集も人が増えたから貸し出し用に買い足して当然……」
やはり、普通である。
疑う方が指さされそうなくらいに。
『実態と違うものが取引されてたり? 真ん中くりぬかれた聖書に銃隠すとか』
「この記録が嘘ついてる可能性、は警察のお仕事を疑うことになって面倒なので、排除しちゃう」
警察のほうでも、教会は洗ってくれている。
が、違法な薬物や取引らしきものは見られず。
実際に聖餐式でもらったパンやぶどうジュースも、市販のものだった。
魔術師にしかわからない、特殊な薬品や呪いもない。
ちなみに本来はぶどう酒が神の血とされているが、海外のある博士の研究のおかげで、博士の名前と同名ブランドのぶどうジュースを「未発酵のワイン」として使えるのだ。
「ふーむ、ずずもぐもぐ」
現象は、不自然だ。
人が急に教会に集まり、性犯罪が増える。
二つを結びつけているのが魔術や呪いなのも確実だ。
だが一見、どれもこれも普通である。
教会も、牧師も、礼拝も、道具も。
こうなると、古いガス管が壊れて催淫ガスが漏れてたとかのほうがまだ説明になる。
「性犯罪、淫行……なんか思い出しそうなんだよな……」
『おっ! ねぇこのリスト、コレ変じゃない?』
「ん、確かに……いや、ああこれは」
記録の最初の方の日付で、聖書が一冊だけ購入されている。
これだけ単価が他の数倍だった。
しかし、
「こりゃ牧師用だ。まとめ買い聖書の方はよくあるやつで、大まかに5千円以上、高くても1万前後。けど本革装丁で資料ついてたり日英どっちも載ってたりの豪華なヤツは、数万するのよ」
『じゃ、こんなもんか』
例えば三方金。
背表紙とつながらないページ端の三辺が金で加工され、閉じた状態だと重なって1面が金塗になる本の装飾法である。
高級感だけでなく保存性もあり、牧師のための1点物の聖書なら珍しくない。
こういったオプション次第で値段の幅は生まれるのだ。
『でもこれ古本っぽいよ。業者の名前』
「ん、古物専門か。となると……いや、逆に相場分かんないか」
発行された時代や希少性で聖書の価値は変わる。
例えば使徒直筆の聖書であれば天文学的な価値となる。
あるいは、15世紀に初めて活版印刷で作られたグーテンベルク聖書だって歴史そのものだ。
高価で有名な聖書と言えば他にも――
「あァーッ!?」
思わず叫び立ち上がる。
『目立ってるよ』
他の客や店員なぞ知らん。
「天使ちゃん気づかなかったの!?」
『何に?』
「聖書! 牧師用! 説教台に置いてあったやつ!!」
『あー、そのリストの古本が? 思い返せばなんか変な感じだったかもだけど、古い本なら魔術性は多少帯びるでしょ』
「それのそこなんだよ!!」
即座に会計を済ませて教会に戻るべくファミレスを出る。
原因はあの聖書だ。
もしも単順に悪しき魔導書と入れ替わってたなら
天使も同じく、巧妙に隠蔽の術式があっても、看破していただろう。
ただし神秘を持った聖書は、教会という場の神聖さと馴染むため、気づかない。
加えて神聖にして悪書なる聖書は、存在する。
「つっても状況証拠だけ、合ってるかはこれから確認ッ!!」
しかし十中八九正解の確信。ゆえに電車での移動すら惜しい。
遅効性だが、もう効果は広まってしまっている。
ソドムとゴモラだ、いつ暴発してもおかしくない。
駆けながらタロットを取り出して詠唱する。
「──
VIIのアルカナは、
脚力強化の魔術。
車以上の速度を出して、ビルさえ壁を数度蹴れば飛び越える。
直線距離で、電車より早く着ける。
驚く通行人が、背景として後ろに流れていった。
『バカ目立ってる! バカ!』
「マジの緊急事態! 今回ばかりはお叱りも覚悟!」
冷や汗流し、息も絶え絶え、だがおかげで5分もかからなかっただろう。
教会にさっきぶりにたどり着き、転がるように入り込む。
「すんませんッ!」
無人の礼拝堂を無礼に走る。
牧師様たちは別室でお茶会か。
まだ説教台に聖書はあった。
ひときわ分厚く、古めかしいが荘厳な造りだ。
それを乱暴に開く。
後半、付属の英訳の方。
ページをめくり、たどり着く。
旧約聖書、出エジプト記20章、14節。
内容は、モーセの十戒。
しかし。
「
『イツキ!!』
天使が叫ぶ。
ごう、と暴力のような狂風が吹いて、壁に叩きつけられた。
魔導書(今回は聖書だが)の
古く力を持った本は、多くの人に読まれることを望み、自らに害する者に仇なす。
聖書から光と風が溢れ出て、集まり、猛獣の形を作る。
獣に完全な実態ではないが、放っておいてくれそうにない。
「半分獅子、半分蟻……ミルメコレオか」
聖書に出てくる合成獣、ではない。
かつて獅子を表す言葉が、翻訳を重ねるうちに誤訳が混じり、生まれた幻獣だ。
今回の騒動の原因を考えれば、順当な守護獣だろう。
「姦淫聖書、なるほどね……」
モーセの十戒の一節「汝、姦淫するなかれ」。つまりエッチなのはいけません。
しかし昔英訳の誤植で「not」が抜けて「すべし」になった聖書がある。
それが「姦淫聖書」。エッチなこといっぱいしようね(はぁと)。
ほとんど聖書と同じだが、一点、淫行を推奨する悪書!
「ボケがぁ。原本じゃないだろうが……」
当然当時の時点でほぼ焚書されたという。が、一部は高額で取引されたり残ってたりするらしく、更にそれらをうっかり元にした写本も存在はするはずだ。
いずれにせよ、この教会では礼拝という儀式を、この姦淫聖書を基に行われていた。
そして問題の箇所を毎度直接扱わずとも「この聖書に従って礼拝をした」という事実から逆算して「汝、姦淫すべし」の教えも守ることになってしまう。
十戒という教義の根幹。
それ自体は厳しい戒律ではない。
殺すな犯すな盗むな嘘を吐くな貪るな。
ごく道徳的な内容で、現代日本人ならば従う前から守っているようなもの。
親和性も高い。
力を持った聖書は人々の無意識へ十戒を術式として刻み、更に誘因・伝播も易くなる。
従い、強制されても本来なら大事は起きない。
ちょっと神様を敬う姿勢が目立つ善人が増えるくらいだ。
だが、それが一節だけ
高い親和性を持つ
結果、礼拝に通い術式を施された人々は「汝、姦淫すべし」の教えまで守った行動をしてしまう。
『あるテストで、契約書に「自分の子どもを差し出します」って条項を含ませたら、よく読まず同意のサインしちゃう親が結構な割合だったとか!』
「契約書の訂正って大変らしいね!」
言われたことを守り従い、気付かぬままに行きつく先は、ご存じ
果てには
体を引きずり、獣の前に立つ。
「──
VIIIのアルカナは、
襲い掛かってきたミルメコレオとがっぷり四つを組む。
「うおおおおおお!!!」
分が悪く見えて、実はピンポイントな相性有利である。
「どっ、せい!!!」
獅子も蟻も、強い。
だが半分ずつゆえに重心とのバランスが悪いのか、踏ん張りがきいてない。
そこに相性有利からの持ち上げ、投げて、礼拝堂の床にたたきつけた。
『イツキ、大丈夫!?』
「ッ……おもったより、ッハァ、なんとか……」
獅子は頭を起こし、こちらを睨む。
「ま、まだやるかい?」
強がってみた。
見栄もあるが、敵わない、と聖書に認識してもらわなくては。
獅子は低く吠えていたが、ふと何か気づいたような仕草をすると、その体が溶けるように、ほどけてゆく。
「よし、これで勝ち──」
『かなぁ……?なんか、ほら……』
よく見れば、ほどけた体は、霧散せず別の形を作ってく。
「なんだ、今度は……」
霊体を再構成して、ラウンド2らしい。
「バロメッツか、ヒッポグリフでもいいぞ……それぐらいなら――」
シルエットが明らかになる。
6本の腕。
一対の複眼。
虫の翼。
触角の光輪。
『だ、大天使!?』
「残念、ちょっと違うぞ、コレ……」
『でも、見覚えがあるような……』
誤植、誤訳。
その最たる、意図的な類語での貶め。
かつて唯一神のために、「高き館の主」と呼ばれた神を、似た語を並べ「蠅の王」と呼び邪神と扱った。
後に「蠅の王は、かつて最高位の天使であった」と逸話が付与されもした。
蠅の王とはベルゼブブ。
これはその、かつての天使の姿
──La・La・La・La
歌のような鳴き声をぶつけられ、人間は立っていられなくなる。
高位の天使の叫びは、人のために有るものではない。
「ッが、大天使ベルゼルとでも呼ぶのが良いのかなッ……」
信仰の力は、ここに昇華し、大天使の形を成す。
もっとも本物でなく、人間の認識から生まれた影のようなものだが。
「ま、これくらいの想定外は、想定内だから重畳だな」
と強がっておく。
ビビってたら、始末に負えない。
切り札だって、まだ残っている。
「というわけで、俺の天使ちゃん。出番だよ」
『はいはい、今日はお仕事なしかと思ってた』
俺の魔術師としての分類は、生命の樹から神秘の力を汲み取るカバリスト。
ではない。
天使に憑かれたのが先で、制御のために、カバラを学んだに過ぎない。
放った22枚のタロットを宙に浮かべ、生命の樹を描く。
「神界より物質界に来たれ、王冠より王国に繋げ」
やがて3つの円が並ぶ。
「始まりは
『循環して
「『溢れ出よ
少女の……天使の霊体がこの身に重なる。
000、アイン・ソフ・オウル、無限光。
「天にまします我らの父よ、願わくは御名を崇めさせたまえッ!」
人間ひとり一人に付き従う
それは全知全能なる、無限光との接続の鍵。
具現して語らえる、俺が手にした特権魔術。
「
白銀の鎧が身を包む。
大天使の鳴声は、聞こえるが届かない。
この姿は仮初なれど、無限光を体現した姿。
十字のモチーフがあちこちにああるのが、十字軍っぽくてちょっとイヤだが、仕方あるまい。
「だからごめんなさいね! 神様の凄いけど、信仰者とはちょっと違うのッ」
ファイティングポーズから、ベルゼルにそのまま拳をたたき込む。
──La・La・La・La
「うるさいあなぁもう。お前は天使でも何でもないんだよ」
主に仕えず。
教えを広めず。
堕天の罰の見せしめでもない。
いと高き座におわす、全知全能である真理の、ただの影。
ベルゼルは羽を振動させ、光を集め、幾本もの光線を放つ。
「破魔の力か。模造でも天使だねぇ。じゃあこっちは」
再びタロットで
「──
そして、
「ハッ!!」
そして光線をすべて薙ぎ払う。
この姿の利点のひとつ。
──La・La・La……
「だから五月蠅いんだよなぁ」
本の中、書かれた文字の隙間にしか存在しない。
それは少なくとも、神ではない。
『イツキ! のんびりする時間無いよ!』
「俺もそろそろ終わらせたかったところだ」
もう一度斬りつけてベルゼルがひるんだところで剣を捨て、距離を取る。
「──
メタトロンの力を脚部に集中する。
ベルゼルは再び攻撃態勢をとるがもう遅い。
助走から跳び上がり、蹴りをたたき込む。
「メタトロニオス・ストライクッ!」
──La・La・La──La・La・La!!!
ベルゼル自身に向けて、溢れる力を収束させる。
カバラの真骨頂は力の解析と制御。
ベルゼルを
歪んでいたのは、一節だけ。
それが致命的であったのだから、逆にそこだけ変えてしまえば済む。
「not」を、刻む。
蓄えた信仰の力は強大だろうが、ロジックはコレで完結する。
「──Amen」
──La……
大天使が消え去っていく。
元より無きもの。無へ帰るのは道理だ。
しかし無はまた無限光へつながる。
「これからはただの聖書として、ただの言葉として在れ」
こうして、礼拝堂と、地域一帯は静けさを取り戻した。
数週間後。
「どうも」
「ああアマツカさんでしたか。また来てくれましたか」
礼拝後、牧師様に挨拶をする。
「嬉しいですね。若い人が、またこうして来てくれるのは」
「その、だいぶ……」
人が減った。
周辺も元に戻ったが。
少々後ろめたい。
やむを得なかったとはいえ、かつての繁盛は姦淫聖書のおかげだ。
ちなみにあのあとアタバク機関がこっそり普通の聖書と入れ替えて、回収した。
「ブームか何か、去ったんでしょうねぇ。元に戻ったんですよ」
「あー、はい……」
歯切れも悪くなる。
しかし何かを察したのだろうか。
「とはいえ以前よりは来ています。あなたも含めて、若い方も」
「あ、そうなんですね」
「根付いた信仰心もまた賜物です。ありがたいことです」
そういわれると、確かに若い人もちらほら見える。
以前を知らないが、他の教会よりも椅子が埋まっている方だ。
「そして、そう残念に思ってくれるのも、ありがたいことです」
「あ、いえ、恐縮です」
『一本取られたね~』
「……」
よくない顔をしたくなるが、牧師様の前なのでやめた。
「正直、ただ神様を信じることより、たくさん人が来てくれるより、大事なことがありますから」
「大事なこと?」
「問い続けることです。それこそが信仰なのです」
牧師様は棚にある聖書を手に取った。
「ここに書かれているのは、とても古い言葉です。学者の人たちが、その意味を解読し続けていますが、それでも『どうしてそんなことになったのか』『どうしてそんなことを言ったのか』分からないこと、人によって解釈が違うこと、現代訳で意味合いが変わることもあります」
「まったく、そうですね」
姦淫聖書自体は、分かりやすい極端な例だ。
書いてあることを読み解いて、合っているとは限らない。
「だから、本当に正しいことが何なのか。神様は何て言いたかったのか。御言葉をそのまま思ったまま信じることではなく、問い続けることが、信仰なんです。この行いは、神様の意図に本当に沿っているのか、と」
ひょっとすると、この教会に姦淫聖書が巡ってきたのは、まさしくこの牧師様への神の試練であり恵みだったのではないか。
そんな考えすら思い浮かんだ。
「だから、人が増えるのは嬉しくもありますが、それよりもアマツカさんみたいに一歩でも近づこうと進む人がいてくれたことこそ、すでに尊い信仰であり、頼もしくありがたいことなんです」
「俺は……」
経過が気になったから来ているだけだし、カバリストだから神様のことに詳しいだけだ。
そう言いたかったが。
「日曜に教会を訪れているのです。それで十分でしょう? 気になったから来た、違いますか?」
「いや……違いませんね」
『珍しく素直じゃん。まぁこういわれたら言い返せないか~』
(うるさいなぁ……)
ただ、確かにそれでいいのだろう。
信仰とは、ただ信じることではないのだ。
結局、そうやって足搔こうとすることの先が、信仰なのかもしれない。
「ああ、ありがとうございます」
「こちらこそ。よろしければまた来てください」
きっとまた、来るだろう。
教会は来るもの拒まず。
礼拝は、ぶらりと入ってくる学生や、小さいころ以来数十年ぶりになんて人、なんやかんやいる。
(今までは仕事や勉強でしか、教会なんて来てなかったけど)
「ひょっとして」と、何かを振り返れる場所。
間違いに気付ける場所。
それらを求めて、教会に行くのも悪くないかもしれない。
天使憑きの間違い探し まらはる @MaraharuS
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