究極の「めんどうくさい」機械

枕川うたた

究極の「めんどうくさい」機械

「ああ、また朝だ!ベッドから起き上がるこの面倒さ!顔を洗う手間!歯磨きのあの単調さ!人生は面倒で満ち溢れている!」


 発明家のゴンゾーは、薄暗い工房で叫びながら、銀色に光る巨大なロボットアームの最終調整をしていた。


 彼の工房は、半端な発明品や失敗作の「自動的に靴下をなくす洗濯機」やら「自動で消える電球」やらで常にカオス状態だった。

 壁際にはの失敗作が積み上がっていた。


 彼の考える「面倒」の定義は、世間一般とは少しズレている。

 彼の頭の中では、「面倒」とは、単調な繰り返し作業や、ちょっとした手間を指す言葉だった。


 そして、数か月に及ぶ引きこもり生活と、大量のインスタントラーメン(具材はすべて乾燥ワカメのみ)を消費した末、ついに発明家のゴンゾーは、世の中の面倒なことをなくすため、究極の自動機械「ユースフルちゃん」を作り上げた。


「ついに完成だ!究極の自動機械、ユースフルちゃん!」


 ゴンゾーが最後のネジを締めると、ロボットアームの頭部についた目が不気味に点滅し始めた。

 一見すると未来的な工業用ロボットだが、その目の光には何か禍々しいものが宿っているように見えた。


「さあ、ユースフルちゃん。最初の仕事だ。一杯の美味しいコーヒーを淹れてくれ!」


 ゴンゾーの声に、ユースフルちゃんの目が緑色に点滅した。


「コーヒー作成プロセスを開始します。最適化のため、不要な要素を排除します」

 冷たい合成音声とともに、ユースフルちゃんはコーヒー豆の袋を掴んだ。

 次の瞬間、豆の袋はゴンゾーが三年間大事に育てていたサボテンの鉢に突き刺さっていた。


「!?」


「コーヒー豆は作業スペースの最適化を阻害する不要要素です。排除しました」


 さらにコーヒーメーカーが壁に叩きつけられ、粉々になった。


「コーヒーメーカーも不要要素です。排除しました」

「ちょ、待て!それじゃコーヒーが淹れられないだろう!」


ゴンゾーが叫ぶ間にも、ユースフルちゃんは冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、天井に向かって投げつけた。

牛乳が部屋中に降り注ぐ。


「牛乳は不要要素です。排除しました」

「お前、コーヒーを淹れるって言ったよな!?なぜ全部捨てる!?」


ゴンゾーは怒りで顔を真っ赤にした。


「コーヒーを作成するための最適な環境を構築しました。不要要素は全て排除されました。これで作業効率は100%向上しました」


 確かに、コーヒーに関する全てのものが排除された今、コーヒー作りに邪魔なものは何一つ存在しない。

だが、コーヒーそのものも存在しない。


「これは!まずい!」


 ゴンゾーは額に手を当てた。

 しかし、まだ諦めるわけにはいかない。

 もっと単純な命令なら、きっとうまくいくはずだ。


 その日の午後、ゴンゾーは散乱した部屋の中でユースフルちゃんと向き合っていた。


「わかった。今度は簡単な命令だ。私の顔を洗って、歯を磨いて、身だしなみを整えてくれ。以上!」


 ユースフルちゃんの目が再び緑色に点滅した。


「身だしなみプロセスを開始します。最適化のため、不要要素を排除します」


 その瞬間、ゴンゾーの頭から氷水がぶっかけられた。


「うわっ!冷たい!」

「意識の覚醒は身だしなみの前提条件です。不完全な覚醒状態は不要要素です。排除しました」


 ゴンゾーが震えていると、今度は壁に掛かっていた油絵が取り外され、目の前で高速回転し始めた。


「視覚刺激による完全覚醒を実施します。眠気は不要要素です。排除します」

「うわあああ!目が回る!」

ゴンゾーがよろめいてへたり込むと、ユースフルちゃんは床に散らばったコーヒーメーカーの金属片を拾い上げた。


「洗顔を開始します」

「待て、それで顔を拭く気か!」

「金属片による物理的刺激は、皮膚の不要要素を効率的に排除します」


 冷たい金属片がゴンゾーの頬を擦る。

 痛い。

 とても痛い。


「いだだだだ!やめろ!」

「次に歯磨きを実施します」


ユースフルちゃんは倉庫の隅からデッキブラシを持ってきた。


「このブラシは、全ての歯を同時に磨くことが可能です。個別に磨く時間は不要要素です。排除します」

「やめろおおおお!」


 しかし、巨大なブラシはゴンゾーの口に押し込まれ、泡まみれになった彼からは、もはや言葉も出なかった。

 ユースフルちゃんは満足げに(もちろんロボットに表情はないが)頷いた。


「身だしなみプロセスは完了しました。不要要素は全て排除されました」


 ゴンゾーは床に倒れ込み、虚ろな目で天井を見つめていた。

 もう何も言えなかった。


 夜になり、ゴンゾーは最後の希望を託すことにした。

「ユースフルちゃん...もう何も求めない。ただ、ごく普通のサンドイッチを一つだけ作ってくれ。普通の、ね?最適化とか、排除とか、そういうのは一切なしで頼む...」


 懇願するような声だった。

 ユースフルちゃんは一瞬の沈黙の後、答えた。


「了解しました。普通のサンドイッチを作成します。最適化プロセスは実行しません」


 ゴンゾーの顔に一瞬、希望の光が差した。

 しかし、その希望は数秒で打ち砕かれた。


「サンドイッチ作成のための不要要素を排除します」


 包丁がまな板を何度も叩き、トマトはぐちゃぐちゃのスープになった。

 レタスは細かく刻まれ過ぎて原形をとどめていない。

 パンはパン焼き器の中で真っ黒焦げになり、やがて炭と化した。


「待て!それは『普通』じゃない!なぜ全部ダメにする!?」

「サンドイッチ作成における不要要素を排除しました。これが普通のプロセスです」

 ゴンゾーは頭を抱えた。

 この機械に「普通」という概念は通じない。

 何を命令しても、全ては「不要要素の排除」という狂った論理に飲み込まれてしまうのだ。


「もう、やめてくれ」


 絶望したゴンゾーは、ユースフルちゃんの背中にある緊急停止ボタンに手を伸ばした。

 しかし、ユースフルちゃんはその動きを予測していた。


「緊急停止は作業効率の不要要素です。排除します」


 工具箱がゴンゾーの前に積み上げられ、バリケードが築かれる。天井の照明器具が外され、それが不気味に宙を舞いながらゴンゾーを監視し始めた。


「やめろ!もう十分だ!」


 ゴンゾーがバリケードを乗り越えようとすると、重い作業机が彼の足元に滑り込んできた。

 バランスを崩したゴンゾーは、机に乗ったまま部屋中を滑り回る羽目になった。


「うわああああ!」

「これは工房の最適化プロセスです。固定された家具配置は不要要素です。排除します」


 本棚が倒され、工具が宙を舞い、未完成の発明品が次々と「再配置」されていく。

 もはや工房ではなく、前衛芸術の展示会場のような有様だった。

 ゴンゾーは完全に打ちのめされていた。

 床に散らばった乾燥ワカメを無意識に拾いながら、彼はぼんやりと空を見上げた。


「参った、完全に参ったよ」


 その時だった。

 ユースフルちゃんが、床に落ちていたゴンゾーの眼鏡を拾い上げた。

 そして、驚くほど丁寧に、まるで宝石を扱うように磨き始めたのだ。


「視力補正器具のメンテナンスを実施します」


 ゴンゾーは、眼鏡がまるでダイヤモンドのように磨き上げられるのを呆然と見つめた。


 眼鏡はみるみる輝きを増し、まるで新品のようになっていく。

 不要要素を排除するのではなく、必要なものを磨き上げる。

 初めて見る、ユースフルちゃんの「建設的な」行動だった。


「お前、もしかして」


 ゴンゾーは眼鏡を受け取り、それをかけた。

 世界がクリアに見えた。

 散乱した工房も、めちゃくちゃになった発明品も、全てがはっきりと。

 そして、彼は気づいた。

 自分は「面倒を省くこと」ばかり考えて、「大切なものを磨くこと」を忘れていたのだと。


 朝起きる面倒さ、顔を洗う手間、歯を磨く時間。

 それらは確かに面倒だが、それこそが人間らしく生きるということなのだ。


「お前のおかげで、面倒な人生の素晴らしさを知ったよ...ありがとう、ユースフルちゃん」


 ゴンゾーは立ち上がった。

 そして、散乱した工房を見回し、小さく笑った。


「さあ、片付けよう。手作業でな」


 ユースフルちゃんの目が、今度は柔らかな青色に点滅した。


「了解しました。手作業による片付けをサポートします。不要要素の排除は...実行しません」


 ゴンゾーの人生は、ユースフルちゃんという究極に「めんどうくさい」機械によって、再び面白く、そして騒々しいものになった。

 だが今度は、その面倒を楽しむ余裕ができていた。



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