第2話 「 フェリス ウィール 」 神霊音楽小説
シンガーソングライターのセシリアは、夫でミュージシャンの山城成彦が担当するラジオ番組 “ノスタルジックコンプリート“の録音を再生して聞いていた。
それは40年ぶりにリイシューされた成彦の「Harmony Tune」のアルバムの解説を番組で特集していたからだった。
いつになく成彦が詳細に曲の制作時の成り立ちを語っていることが、自分の出したレコードを次々と同じようにリイシューするセシリヤにとって興味津々だった。
これまでに自分も何枚か昔のアルバムをリイシューしていたが、ラジオなどで発売を取り上げてもらい、MCにセシリヤはインタビューを受けるたびに
「こんな優等生的なしゃべりでいいのだろうか? 聴いている人はつまらなくて寝てしまってはいないだろうか?」 と、感じていた。
次の機会には、「できればもう少しリスナーの興味を引き、少しワイルドな面白い要素を取り入れたい。」
そう思うセシリヤは、深みがあって味のある新たないいトークのパターンを模索していた。
それで成彦のトークから何かヒントを得ようと考えていた。
「なんでこんな一生懸命熱く、成彦は語ることが可能なのだろう? 自分より音楽に対する思い入れが濃いからなのか?」
と 気心の知れた自分の夫でありながら、あらためてそのトークの本質を分析して自分のものにしようと研究し始めていた。
そこへCDの束を抱えた成彦本人が通りかかり、セシリアが自分のラジオ番組の録音を聴いているのを知ると、ラジオでしゃべった内容と、まったく同じ内容をオームのように語り始めた。 テープを再生しているようだ。
せっかく本人がいるんだから何か突っ込んだ質問をして、ラジオでは語らないエピソードを聞き出そうと・・・セシリヤは「突っ込み」を入れて成彦の話を展開させようと考えた。
ちょうど番組の録音で曲がかかっている。
かかっている曲は「フェリスウィール」
♪ ・・・君と二人、深夜のアミューズメントパーク
息をひそめ 柵を乗り超えて行った。
止まっている 観覧車に駆け込み 扉開き そっと 中に忍び込んだよ
オーオ、マスク越しの微笑みが アーアアア
世界が静かに 崩れていくよフェリス ウィール・・・ ♪
「 ねえ成彦、この歌詞の通りに、夜のアミューズメントパークに忍び込んでみない? スリル満点でドキドキするよ、きっと。」
セシリヤは成彦に突拍子もないことを提案した。
「どこのアミューズメントパークに?・・・いやだよ捕まったりしたらいろいろ面倒なことになるだけだって。それに今忙しいからそういうリスクのあることはだめです」
「もし誰かに見つかったら歌詞の通りに二人で駆けて逃げるの、どう?」
「警備員の足の方が速いに決まってるだろ。 ま、コッソリ入れるところは知ってるけど、もうあそこは閉鎖しちゃったし」
「豊島園?」
「ま、そんなところ」
「そう、残念。 ということはこの歌詞は経験に基づいて書いたってわけ?」
「城北の友達に詳しいのが何人かいてさ」
「入ったの? 成彦」
「ずいぶんやんちゃしてた頃の話です。 ただの探検です、探検」―――。
そうこう話しているうちに、成彦も面白そうだと思い始め、気分だけ味わおうということで話が落ち着き、さがみ湖イルミリオンに行った帰りによみうりランドの周辺に行って「深夜のアミューズメントパークを外から眺めて帰ろう!」 と、話がまとまった。
連休をさけ4月下旬の夕方、二人は8年前に購入したSUVに乗り込んで北区の自宅を出発した。
こんな時でも保温水筒2本にコーヒーを入れてパンとおにぎりをバスケットに入れてレモン柄のキッチンタオルを上に乗せて準備しているところがセシリヤらしい。
歌詞の追体験をするために夜に出かけるなんて、これまでにはなかったこと。
セシリヤはそれだけで、もうちょっとはしゃいでいた。
北区の自宅からさがみ湖イルミリオンまでは、首都高に乗り新宿を通り過ぎ中央道に入り、相模湖東ICで降りる。
渋滞を考慮しても2時間前後である。あとはナビの指示に従うのみ。
「さがみ湖イルミリオン」は、相模湖のMORIMORIの公園の、ベンチリフトの下の網や頂上側、下の入り口付近と。大きく3カ所にLEDのイルミネーションが敷き詰められ一面がまばゆく煌めいていた。
連休前の平日とあって人出は少ない雰囲気だったが、予定通りにいきなりリフトに乗って頂上まで上がって光のエンターテイメントを散策して楽しんだ後、東側の下りの道をのんびり降りてきて、下のベンチで二人でコーヒーを飲んでおにぎりを食べた。
「お茶もあるよ」
「おにぎりだからその方がいいよ、もらうよ・・・・ありがとう」
「ディズニーだったらパレードがあるけど、ここもあればいいのにね!」
「経費的に苦しいだろここじゃ」 二人はいつもこんな会話だ。
通りがかった地元の親子連れに写真を撮って貰ってお礼を言った。
「歌詞の追体験にはならないね、めっちゃ明るいし」
「歌の通りだと真っ暗なアミューズメントパークになるから、こんなに明るいと追体験には程遠いよ」
「でも楽しかったネ。じゃ、次行こうか」
二人は車に乗り込んだ。
「ガソリンは?」
「十分、満タンで来てるから、今ナビによみうりランドを入力するからちょっと待ってて」 成彦はナビに“よみうりランド“と入力し、ナビをセットして車を出しよみうりランドを目指した。
「300m先を右です・・・左カーブです・・・」
ナビがあってもわかりにくい。
道中ずっと成彦はリイシュー予定の5枚のアルバムの制作当時の話を熱心に語っていた。
当然ラジオ番組で語るトーク内容の予行も兼ねていた。
とりわけ次にリイシューするレコードの音質の話には熱が入っていた。
「・・・・オリジナル盤はカセットテープやカーステレオでの再生を意識して作られていたけど、リイシュー版からはオーディオで聞く時の厚みを意識して作られるようになったんだ。・・・・溝の深さが違うんだよこっちは・・・・最新のカッティング技術で全体的にややウォームで丸みのあるサウンドになってるんだ。 低音域の音の厚みが全然違う、聞いてみるとわかると思うけど・・・・それからこの時は作詞も全部自分でやってるんだ・・・・曲作りはいつもと一緒で、メンバーとパターンを先に録音してそれに合うメロディーを作るやり方・・・・・・・」
相模湖からよみうりランドへは、中央道調布インターで降り、左に出て東に向かい、甲府街道から右に曲がり19号線を南に行き多摩川を渡る。auの看板が見えたら左に曲がり高架下をくぐってすぐ左に曲がるとロープウェイの乗り場と、京王よみうりランド駅の前に出る。そこからカーブを登っていく。
そこから道なりによみうりランドの外周に沿って昇り、ちょうど観覧車のすぐそばまで来たところに、引き込み道路の入り口の様なところがあり、そこに車を停車できるスペースがあったので、成彦は4輪駆動車をそこに突っこみ止めた。
「ちょっと降りてみよう!」
「 観覧車のちょうど下ね 」
バタンとドアを閉めて二人は車を降りた。すぐ降りた向こうに柵があった。
柵と言っても国境線のようなものでは無く形式的な低い柵があり、二人は難なくそこをまたいで中に入った。
柵の内側には綺麗に形を丸く剪定されたつつじらしき低木が、整然と植えられていた。
観覧車の方にそっと二人は進んでいく。
植え込みを抜けてもう少しで舗装に出るというところで、成彦がセシリヤを振り返って見ると、セシリヤのずっと後方の低木の所に人の頭のようなものが見える。
暗くて顔ははっきりしないが、 たぶん若いカップルが自分たちのようにここから忍び込んでいて、成彦とセシリヤが入って来るのを見て咄嗟に身を隠したんだと思った。
だがその人影が立ち上がりこっちを見ている。黒髪の女の様だ。白っぽい服を着た女が暗闇の中でじっと成彦の方を佇んで見ていた。少し宙に浮いているように見える。
気味が悪い。・・・勤めて平静を装いながらセシアリに言った。
「戻ろう! これ以上いると、捕まっちゃうかもしれないし」
「そうね十分スリルが体験できたわ」
そう言って二人は柵をまたいで車に戻った。バタンと車のドアを閉め、Uターンしてもと来た道を帰り始めた。
ところが、ちょうど多摩川に差し掛かかり、橋を渡り始めたところで、成彦はルームミラーに映る後部座席に、さっきの黒髪の女が座っているのが見えた。
橋の照明に照らされ、女の姿がとぎれとぎれで黄色く浮かび上がる。
女は白い長袖シャツに赤いチェック柄に小さい花の模様がちりばめられたサスペンダースカートを着ている。
――― ヤバイ! 厄介なものを拾ってしまったかもしれない。 セシリヤに気付かれない様平静を装い、話を続けながら成彦は車を走らせる。
何とかしなくてはと思っていると、後部座席から女は手を伸ばしセシリヤの肩を掴もうとしている。
咄嗟に成彦は左手を女より先にセシリヤの肩に乗せ、
「なんか寒くなかった?」
と聞いた。4月の夜はまだ寒い
「ちょっと寒かったね」
セシリヤが答えた。その時女の手がセシリヤの肩に乗せた成彦の手に触った。
冷やりと死んだ人間の手のような冷たさが伝わってくる。
――― ダメだこれは本物だ ――――
パンっと手を払いのけ、車を左に寄せると、ちょうどそこにファミリーレストランがあるのが目に入ったので、成彦は車をその駐車場に滑り込ませた。
「ちょっと甘いものでも食べようよ」
「 賛成 万歳!」
店に入ると車が見える位置に座席を取り、呼び出しボタンを押した。
「トイレ休憩を兼ねてケーキでも食べようよ」
「そうね、わたしもトイレに行きたかったし」
<ベリーと果実のパンケーキ> と <チョコレートとバナナのパンケーキ> を頼んでから、二人はトイレに向かった。
その時車の様子を窺うと、黒髪の女はまだ後部座席からこちらを見ている。
・・・・何とかしなくては・・・・・・・
おいしくケーキとお茶をする間に、テイクアウトで頼んだ特性オムハヤシも来た。
セシリヤに会計を頼んで、先に車に戻ると成彦は窓と後部扉をあけ放ち、後ろの座席のあたりを手で払い始めた。女の霊は消えていた。
「どうしたの?」
「なんか虫が入り込んだみたい。気になって運転の邪魔になるから追い出してるんだ」
そう言うと今度は荷台に積んでいたアコギのケースを2本後部座席に積みなおした。 「やっぱり高速道路なんかじゃ重量物は車の中央付近に乗せた方がカーブで安定するんだ」・・・
「今までそんなことしてた?」
「たくさん荷台に積むときは分散してたよ」
「ふーん、知らなかった」・・・
幸いその後、黒髪の女の霊は再び現れなかった。 成彦は家につくまで運転しながら とにかく喋り続けた。
セシリヤは、もう成彦の次のラジオ番組を録音しなくてもいいくらい話が聞けちゃったけど、・・・ でもやっぱり録音しておこう!!
と、思うのであった。
「今度は昼間に行って観覧車に乗ってみようね」
「・・・・・・・・・・・・・」
後日成彦のラジオ番組に一枚のはがきが来た。
はがきの表面には宛名も名前もなく、「 ノスタルジックコンプリート 山城成彦様 」
とだけ書いてあった。
裏面には、
先日は車に乗せていただきありがとうございました
と、書かれていた。
残音霊 @kfujiwarajp2000
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