第24話 嘘は半分まで
先生の話は上手くいったらしく、女神像は取り壊されることになったそうだ。結構難しい話になるとは思っていたが、何より所有者である管理人さんが賛成したのが大きかったらしい。先生曰く、管理人さんは…
「像を壊す……愛に形はないか。薄々芸術家として気づいてたのかもね。私の判断は間違ってなかった。けど、祖父の作品をむやみに壊すこともできなかった…………ああ!芸術家と家族としての意見のぶつかりっ!いい!いい作品ができちゃいそうっ!インスピレーションっっ!!」
そんな感じでなんか元気そうだったらしい。全く不思議な人だ。芸術家とは、みんなこんな感じなのだろうか。像の取り壊しは手続きとか色々あるため、七月十二日に行われるらしい。日曜で普段は学校は閉まっているが、女神像を見届けたい人もいるだろうと学校は開放するらしい。十二日……前の世界でナナカが死んだ日だ。そしてこの日に死んだことで、先生の奧さんの体調はかなりよくなった。正直めちゃくちゃ緊張してる。授業も集中して受けれない。だが、待つことしかできない。一応他にも策がないか考えたが、こんな状況じゃいい考えは浮かばない。俺らはただ祈ることしかできない。もちろんあの女神像に。
「結構、ショック受けてる子も多いね。」
ナナカが昼飯の時そう言った。女神像はいろんな人に愛されている像だ。突然取り壊すと言った管理人さんも、提案した四谷先生も批判は食らっている。俺らは申し訳なく、二人に話をしに行ったが、
「言ったろ?責任は俺がとる。管理人さんも巻き込んで申し訳ないですけど…」
「いいの!決断したのは私。意見を取り入れ、形にするのが芸術家。富士山を模写した人が、文句を言われて富士山のせいにすると思う?」
そんな感じで二人の優しさに甘えることになったのだ。今までは美術館とかに興味はなかったが、管理人さんが個展を開いたりしたら見に行こうかな。芸術と言うものに少し興味が湧いた。あの人が作る作品はいったいどんな姿をしているのだろうか。
「まあ、決めたことはしょうがない!ほら、先生が言ってたように、私たちは遊園地の予定たてよう!いつにする?全部終わった後の土日かな?」
ミカコが嬉しそうに話す。まるで全部上手くいった後のようだ。そんくらいの気持ちのほうがいいのかもな。彼女の明るさには救われるものがある。
「うーーん。でもテストが近いよ?テスト後にしようよ!夏休みだし!」
「それがいいかもな。」
「んー、遠いなあ。じゃあ、その前にも遊ばない?公園とかで童心に返ってもいいし…夕飯食べに行くとか!」
「いいね!いつにする?」
「んーー、なるべく早くがいいなあ。十四日までは避けるとして…十五日は予定があるか!」
ミカコはニヤニヤしながらこちらを見る。前の世界で俺は、全部終わったらナナカに告白すると言ったからだ。この話をナナカから聞いたときは恥ずかしかったが…覚悟を決めるしかない。…緊張することしかないな。
「じゃあ、十六日!夕飯食べに行こ!私、お好み焼き食べたい!」
「いいよ!私もしばらく食べてないや!ナオトは…」
「うん、いいよ。」
お好み焼き……頭に入らないな。女神像、先生、告白、いろんなことが重なって寿命が縮みそうだ。……けど、この景色…三人で話し合えるこの景色があるだけですごく嬉しいな。懐かしいような、新しいような。
「私…ミカコとまた仲良くなれて嬉しい!タイムリープはしんどいことが多かったけど、これだけでもかなりチャラだよ!」
「えぇー、照れるなあ。私も嬉しいよ!」
二人の笑顔…きっと俺も笑ってる。これを幸せと言わずしてなにと言うのだろう。
「そういや大葉先輩とはどうなんだよ?上手くいきそうか?」
「んーー、まだ、ダメだね!私のよさをアピールしきれてない!」
「ミカコのよさ…」
「うん!私さ、かわいさとか磨いて振り向いてもらおうと思ってたけど止めたんだ!向いてないや!私は私らしく、自分を磨いて先輩のハートをキャッチする!そう決めた!」
ミカコは笑ってそう宣言した。
「うん!それがいいよ!ミカコはかっこよく!明るくだよ!」
「そうだな…そんなミカコが好きだぜ。」
「あはは、ナオト、私の口癖移ってるよ!」
ミカコはかなり前向きになってる。やはりこうでないとな。俺も緊張しすぎない方がいいだろう。後は待つだけ…俺にできるのは祈ることと、今を楽しむことだけだ。
「とうとう壊すのか?」
「俺結構祈ってたのになー」
「でもお前、彼女できなかったじゃん!」
「悲しいよ~!」
「管理人さん派手だなあ!」
「なんか、楽しみ~」
いろんな所から声が聞こえる。日曜日の朝にしては結構な人数が集まっている。下手すれば百人いるんじゃないかと言うぐらいだ。俺たちはかなり早くから来ていたから、最前列で見れることになっている。てっきり取り壊しは重機とかを使うのかと思っていたが、どうやら管理人さんがハンマーで壊すらしい。こだわりだろうか?にしても大変そうだが。
「では、作業に移る前に一言。」
管理人さんはマイクを握り、話し出した。周りは今だ少しざわざわしている。
「恐らく、ここにいる人はほとんど、今からこの像を壊すと思っているでしょう。確かにそうかもしれない。けれど、私は違うと思っているの!今からこの像は完成するの。この作品は「愛」と言う題名で私の祖父が作ったもの。ただ、祖父はこの作品に納得しきってはない。彼は言った、これは最高傑作であり、駄作だと!彼が作りたかったのは愛そのもの。この像は今のままだとあくまで、彼の奧さんにすぎない。彼の愛した人にすぎないの!でも違うでしょう?あなたたちは、今までの生徒や先生たちは、彼の奧さんを愛した訳じゃない。彼の奧さんに祈った訳じゃない。この作品に祈っていたの。この作品そのものを愛していたの。形なんて関係ない!形がなくとも祈れる!愛せる!祈るとき人は目をつぶる。うわべの形なんか見てやしない。心の中で自分だけの形を作り、それに願うの!それがきっと何より大切なこと。それがあれば、この作品はずっと愛され続けると私は思うの。この先もずっとね。」
さっきまでざわざわしていた生徒たちも今は静かだ。管理人さんの話はどこか響くものがあった。
「じゃあ、いくよ!完成への一歩!」
管理人さんは大きくハンマーを振りかぶる。ハンマーが下ろされるまでの間時間がゆっくりに感じた。女神像…今までテストが不安なときに祈ったりしたっけな。ナナカはいつかの世界で、告白が上手くいくように祈ったらしいし。そして最近も、この方法がいい結果に繋がるようみんなで祈っていた。…この像があったから、この像のお陰で先生やナナカはループできた。そのせいでしんどい思いもたくさんしたが、いいことだってあった。ミカコのこともそうだが、先生としっかり話し合えたのもそうだ。岡村さんや、橋本とも久しぶりにちゃんと話した。サッカーの試合も見たらしいしな。派手で避けていた管理人さんとも、話していい人だと知った。愛だとか、タイムリープとか普段考えないことについてめちゃくちゃ考えた。一人でできないこと、一人じゃ思い付かないこと…いろんなことを知れた。
「ありがとう…」
隣からナナカがそうボソッと言ったのが聞こえた。俺も言わなきゃならない。
ーーありがとう、女神像ーー
バキッ
女神像の顔が割れ、破片が散らばる。手入れをしていなかったのもあってか、一振りでも大きく壊れてく。管理人さんは続いて二回、三回と女神像にハンマーを振るう。
「……!」
管理人さんの目には涙が浮かんでいた。いや、彼だけじゃない。周りを見ると何人か涙を流している。…俺もだ。この像は学校のシンボルで、俺らにとって大切なものだった。管理人さんは大切なのは形じゃないとは言った。俺もそう思う。けど、それでも、心が揺れ動いたんだ。音が響く。空気が揺れる。小さい破片が時おり、足元に転がってくる。砂のような破片は風に乗り、宙を舞う。まるであの世へと向かっているみたいだ。像に宿った愛は、この世から失われる。きっとあの世で大切にされるだろう。
気づけば像はなくなっていた。あるのは破片の山だけ。もはやもとの形を明確に思い出せる人はいないだろう。それと、「愛」と掘られた石だけ残っていた。もうこの作品を縁取るものはない。形はない。目をつぶれば、それぞれの人の中に、各々の愛が描かれるはずだ。俺の場合は……
俺らは部室にいた。女神像の取り壊しが終わってほとんどの生徒が帰った中、そわそわした気持ちで先生を待っていた。俺らはこのために像を壊す決断をしたのだ。この結果が今の行動の是非を、これからの行動をの仕方を決定付ける。
ガラッ
そのとき、優しく扉が開く音がする。
「四谷先生っ!」
すぐさま顔を向ける。先生は始めて見た顔をしている。笑いながら泣いていた。先生としての顔ではなく、一人の「四谷」としての表情だ。それが結果を表していた。長い長い一週間。ナナカにとっては約一ヶ月に及ぶ一週間が終わりを告げたのだ。風が祝福を告げるように、蝉の声を運んでくる。きっとここからさらに暑くなるだろう。
「十四日を過ぎたが、俺にループの記憶は戻らなかったな。」
俺は四谷先生と屋上で話していた。先生に話したいことがあると言われたのだ。次は飛ぶなよとも。もちろんそんな気はない。
「……前の世界で、先生も、奧さんも死ななかったんでしょう?恐らく先生のループはそこで終わったんですよ。」
少し俺の世界に関する考えは間違っていたのかもな。先生がループしなかったらしなかったで、Bの世界はできるし、Aの世界でもループを終えた先生が生き続ける。
「…なるほどな。その世界では俺は幸せにしてんのかな。……してねぇだろうな。大切な生徒二人失ってんだ。今が一番幸せさ。いやそもそも、この世界ができた時点でそっちの世界は消えてんのかな?」
流れる雲を見ながら四谷先生は言った。
「どうでしょうね。俺は神じゃないし、何を言っても推測に過ぎません。今までのナナカが死んだ世界とかも、平行世界としてどっかにあるのかもしれないし、ないのかもしれない。」
あっ、あの雲、ハートみたいな形してる。
「神のみぞ知る…か。まあ何を議論したって俺らが生きてるのはこの世界か。おっ見ろ!あのハートみたいな雲、別れたぞ!」
「えっ……不吉だ。」
「はは、そういや今日だもんな。頑張れよ告白。時間とってわるいな。七瀬には昨日感謝と謝罪を伝えたし、今日はお前にしっかり伝えときたくてな。」
先生は、はにかんで言った。
「大丈夫ですよ。ナナカには少し遅れるって伝えてます。あと、感謝ならこっちこそです。あんな曖昧な推理に付き合ってくれてありがとうございます。」
「……曖昧でもいいのさ。俺は考えるのを止めちまったからな。それに比べりゃ立派さ。ありがとう、今本。そして、七瀬を苦しめてごめん。」
先生はこちらを向き、頭をしっかり下げて謝罪した。
「…俺はずっと言ってます。許すことはないです。けど、それはそれとして、先生のことは好きです。頑張ってください。」
「今本……本番の前に好きを消費しない方がいいぜ。ほら、行ってこい!お前も頑張れよ!」
「はい!」
振るえた声で返事をする。風に乗せられて、俺はあの「愛」の前へと歩いた。
「なんか違和感あるね。というか、解放感がある!像がなくなって…中庭が広くなったみたい。」
ナナカはいつもの感じでそう言った。蝉の声がうるさく感じる。だがお陰でこのばくばく言う心音をかき消してくれているように感じる。息を大きく吸う。
「そうだな……ナナカ!」
「待って!」
ナナカは両手でばってんをつくった。せっかく吸った空気が漏れていく。
「先に言いたいことがあるの…その、手紙で大好きとか書いたと思うけどあれ嘘!」
「えっ」
頭が真っ白になる。告白する前に…振られた?
「その、あの時の大好きとはちょっと違うの!今の気持ちはね。何て言うか嫌いなとことあるって感じ!」
「…」
「そのナオトって自分勝手なところあるじゃん!あんだけ死なないでって言ったのに、死んじゃうし!後は、私を思ってくれるのは嬉しいけど、ずっと家にこもっとけって言われたときはすごい寂しかったし!」
「えっ、いや、そんなん言ったら!」
俺だって不満がない訳じゃない。
「ナナカだって、手紙に書いてたようなこといっぱい黙ってたろ!なにより俺も、ミカコも突然お前が死んで、すごいしんどかったんだぞ!」
あれ、なんで俺ら言い合ってんだ?こういう気持ちを伝えにきたわけではないんだけどな。
「……うん。そうだね。ナオトも私の嫌いなとこがあるよね。」
「!」
「……私気づいた、好きと愛してるは違うなって。私は大好きって言ったけど、それだけじゃない。ナオトの嫌いなとこや苦手なとこもある。いわば…」
「半分嘘だったってことか。」
俺らは目をあわせあって微笑んだ!
「そう!ナオトっぽく言うとね!大好きは半分嘘。大好きだけど嫌いもある。だけど、そういうのが愛なんだと思う。だから私はーー」
「待った!」
今度は俺が待ったをかける。俺は前の世界でミカコが俺に言ったらしい言葉を思い出す。「男見せろよ!」
「続きは俺が言う。」
「……そっか。」
深く息を吸う。風が周りの音をかき消し、二人だけの世界に感じる。
「ナナカ!俺はーー!」
十五日の放課後。未来へ進み出せた俺たちは、この先も生きていくだろう。必死に、みんなと一緒に。もう戻らない一度きりの人生を。辛いことも乗り越えて、しんどいことに立ち向かって、笑えるときに笑って楽しんで!時には喧嘩したりして、さらに仲を深めていくんだ。あとは…嘘をついたりもして。もちろん、嘘は半分まで。そんな日々を、この夏を始点に送っていくんだ。
嘘は半分まで 有部 根号 @aruberoot1879
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