第23話 愛の形

チャイムがなり、終礼が始まる。四谷先生がたんたんと連絡を済ませ、終わりの挨拶をする。

「さようならー!」

それと共に教室から飛び出す。ナナカと、ミカコ、そしてもちろん先生も連れて。時は金なりだ。なるべく早く話を済ませ、行動しなければ、先生の奥さんの回復に間に合わない可能性もある。

ガラッ

扉を開け、窓を開ける。風は涼しく、日は暖かい。天気のよさは今後の展開のよさを表していると信じよう。

「今本、俺の妻を救う方法が分かったって本当か?」

先生はすぐさま尋ねる。

「はい…と言いきることはできません。あくまで仮定です。今から話すので、みんなの意見も聞きたいんです。」

「おっけー!」

ミカコとナナカが明るく返事をする。先生もコクりと頷いた。

「結論から言います!女神像を壊しましょう!」

「!!!」

「先生が愛の等価交換の話をしましたね?先生の愛する奥さんを救うには、同じように強い愛を持つ人物を殺さなければならない。けど、別に人じゃなくてもいいんじゃないですか?」

「だからって、女神像?」

「そもそもあの像が原因で、ナナカと先生はループの力を手に入れました。これはまあ、ほとんど確実でしょう。じゃあ、そもそもなんでそんな力を授けれたのか。」

「……あの像は、管理人さんのおじいさんが愛を持って作った愛の像だったよね?そうか!強い愛で作られてるんだ!」

「ああ、それに、長い間たくさんの人に愛されてもきた。いろんな人にお祈りされたりな。まさに愛の結晶だ。」

「けど、こじつけくさくない?女神像だって壊されたくないでしょ?」

ミカコが質問する。まっとうな意見だ。だが、

「いや、俺は逆だと思う。女神像は壊されたいんじゃないかって。」

「!?」

「管理人の話を聞いて思ったんだ。あれは、管理人の祖父が作ったもの…ただ当人は駄作だと言った。」

「管理人さんは作品は完成してないかもって言ってたね。それで、作品のほうも完成を待ってるんじゃないかって……ってことは、壊されることが完成なの!?」

ナナカにしては勘がいい。

「ああ、そう思う。管理人は芸術家としての勘でうっすら気づいてたんだろうな。だから手入れをしてなかった。だが、積極的に壊さなかったのはやはり、大切な祖父の作品だったからだろう。」

「なるほど…」

頷くナナカに対して、ミカコはまだ疑問があるようだった。

「うーん、だとして、どうして完成が壊されることなの?」

ミカコの疑問には先生も賛成のようだ。

「昨日の話で管理人の祖父の言葉を教えてもらったろ?「愛を作っておきながら、妻を作ったのだからね。」ってやつだ。祖父は女神像を作ったことに満足もしてたし、一方不満もあるようだった。前者は恐らく自分にとっての愛を知り、表現できたから。」

「奥さんのことよね?愛を作ろうとしたら自然と奥さんになった…」

「そう、そして後者は「愛」そのものを作れなかったからだ。岩堀さんが作ったのは自分の愛に過ぎなかった。」

「ようはあれか、自分の愛ではなく、もっと一般的な愛を作りたかったのか?誰もが見てもその人にとっての愛を感じれるような…」

「はい。そうだと思います。」

「それで壊すか……それが「愛」と言う作品の完成形なのか?」

「……俺は気づいたんです。ナナカの話を聞いて、ループだとか、みんなの気持ちとか知って…前も話したと思いますけど、俺は三人のこと愛してます。友達として、先生として、……、形は違うけどどれも愛だと思うんです。」

図書委員の岡村さんは本を愛してた。橋本はサッカーを、管理人は祖父を愛してた。どれも形は違うが、どれも愛だ。

「……! 愛に形はない…か。」

「はい。形がない。だからこそどんな形にもなれる。たくさんの人に愛された女神像は、もう形なんていらないはずです。あの形は岩堀さんの奥さんで、彼女が愛してるのは岩堀さんですし、彼女を愛してるのは岩堀さんです。ずっとずっと、俺らが…今までの生徒や先生が愛してきた…祈ってきたのは彼女じゃない、「愛」の女神像です。」

愛についてこんなに考えたことはないだろう。恐らく愛に正解なんてない。決まった形なんて必要ないのだ。みんなが像にお祈りするとき、頭に浮かべていたものはきっと十人十色…ばらばらだろう。

「女神像は気づいてほしかったのかな…私に、先生に。そういえば、気になってたことがあったの。先生の話によると私は始め女神像に頭を打って死んだらしい。けど、私がループを始めたのはそのつぎ、像の前で刺されたときだった。なんで頭を打ったときはループの力をもらえなかったんだろうって少し気になってたんだ。即死して、ナオトのことを考える暇もなかったからかな、とも思ったけど……もしかしたら、頭を打ったときに女神像が壊れそうになったのかもしれないね。」

「……なるほどな、形を失うと言う目的を達成できそうだから、ループの力を渡さなかった。結局先生だけじゃその結論に至れず、ナナカにも力を授けることになったわけか……その可能性もあるな。なんせ、女神像の本当の考えなんて知りようはない。ただ試してみる価値はある。あの形を…奧さんを強く愛していたのは岩堀さんだ。あの像が壊されその愛がこの世から失われても…あの世で岩堀さんと奧さんを支えるだろう。そして、強い愛が失われる代わりに、先生の奧さんが救えるかもしれない。」

女神像…奥さんの像に込められた愛は、等価交換には十分だろう。なんせその愛により作られた像は、その後何年もいろんな人に愛されたのだから。

「待った!」

そのとき先生が声をあげた。

「本当に壊していいのか?」

「先生……」

「今本の考えは分かるし、納得もできなくはない。だが、あくまで仮説だ。もし、壊したことでループの力を失ったらどうする?もう戻れなくなるぞ!」

先生の疑問はもちろん俺も考えた。

「そうですね……一回しかチャンスはないかもしれません。」

「!」

「けど、本来そうのはずです。人生は一回だけのはずです。俺らはたまたま多くのチャンスを与えられただけ。実際は一回一回にかけて試すしかないんです。」

「! 失敗したら、俺の妻は…!」

「そのときは私を殺してください!」

ナナカが言った。

「したら助かることは分かってますよね?だから私を殺してください。」

「七瀬…!」

「ナオトは私が助かるからって、適当言ってる訳じゃありません。先生の奧さんを救おうとして考えた結論です!もしそれが、上手くいかなかったら私を殺してもいいです!私はナオトを、その考えを信じてます!」

「ナナカ……」

「……」

先生は考え込んだ後、口を開いた。

「……すまない。俺はなに言ってんだろうな。先生なのにな。先に生まれて、生徒をこの先…未来に生かす……そう言う職のはずなのに。……七瀬、お前が死ぬ必要はない。今本の言う通りだ。人生は一度きり…もし、この方法が上手くいかなかったら別の方法を探すさ。仮に全部ダメで、妻が死んだとしてもそれが本来なんだ。」

「先生……」

「お前は本来死んじゃいない。俺が殺したんだ。妻の死も全部受け入れるよ。」

四谷先生は暗く、語った。空気が重くなる。希望はあくまで希望でしかない。それが本当にいい未来に繋がるかなんて…

「暗いよ!」

ミカコの声が部室に響く。

「ほら、暗くたって結果は変わらない!明るくいよっ!愛は明るいものだと思う!それが大事!」

ミカコは右手の親指を立てて言った。そうだ、信じよう…愛を。風が吹き、空気が入れ替わる。

「よし!俺は今から、管理人と校長に話をしてくる。お前らは、そこで待っとけ!」

四谷先生が言った。

「先生…俺らも…」

「お前らにそこまで任せちゃ、先生失格だ。責任は俺がとる!お前らは遊園地の予定でもたてとけ!」

先生は部室の扉を開けて出ていく。大きい背中だ。きっと、いろんなものを背負っている。そして歩きだしたんだ。新しい一歩を、未来への一歩を。


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