【盲点】自己肯定感の低さが奪う『可能性』について

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

自己肯定感が低い人が見落とす『本当はできること』

自己肯定感が低いということは、自分の能力や価値を正確に認識できないということだ。これは単に「自分に自信がない」という感覚的な話にとどまらず、実際の行動や人生の選択に大きく影響する。とりわけ大きな影響は、「本当はできることをやらない」という形で現れる。人は、自分の評価を下げてしまえば、その評価に合わせた行動をとるようになる。自分を「できない人間」だと位置づけてしまえば、できそうなことも最初から試そうとしない。結果として、やれることをやらないまま年月が過ぎ、機会は静かに失われていく。


この「やれるのにやらない」という現象には、いくつかの原因がある。第一に、自己肯定感が低い人は失敗を過大に恐れる傾向がある。挑戦する前から「もし失敗したら…」という不安が先立ち、その不安が挑戦の意欲を削ぐ。しかもその恐れは、現実的な失敗の確率や影響よりも、自分の想像の中で膨らみすぎていることが多い。現実的には失敗してもやり直しがきく場面でも、「一度失敗したらすべてが終わる」という極端な予測に囚われ、身動きが取れなくなる。


第二に、自己肯定感が低い人は、他人の評価に依存しすぎる。自分の基準よりも、他人がどう見るかを優先して行動する。そのため「やってみたい」「できそうだ」と感じても、「周りからどう思われるか」「批判されないか」が気になって行動できない。こうして、自分の意志よりも外部の目線が優先され、可能性が閉ざされる。結果的に、周囲が求める無難な役割ばかりをこなし、自分の能力を試す機会を失っていく。


第三に、自己肯定感の低さは成功の価値を矮小化させる。もし挑戦してうまくいっても、「たまたまだ」「運が良かっただけ」と考えてしまい、成功体験として蓄積されない。成功が自信につながらないため、次の挑戦の動機にもならない。これが繰り返されると、成功経験はあっても「自分はできない」という感覚だけが残るという奇妙な状態になる。


このようにして自己肯定感の低さは、行動の選択肢を無意識に削り続ける。やらない理由が、現実の能力不足ではなく、歪んだ自己評価から生まれるため、本来の可能性はほとんど試されないまま眠ってしまう。そしてこの状態が長く続くと、周囲からも「やらない人」「消極的な人」という評価が定着する。それはさらに自己評価を引き下げ、動けない自分を正当化する口実となる。こうして悪循環が形成される。


厄介なのは、この「盲点」が本人にとっては盲点のままであることだ。自己肯定感の低い人は、「できないと思ってやらない」自分の選択を疑わない。なぜなら、「やらなかったこと」と「できなかったこと」の区別がつかなくなっているからだ。実際には試していないだけなのに、「自分には無理だ」という結論を先取りしてしまう。この思い込みが外れるのは、偶然やむを得ない形で挑戦を迫られたとき、そして意外にもやり遂げられたときくらいだ。しかしそのような機会は、待っていてもそうそう訪れない。


では、この盲点から抜け出すためにはどうすればよいのか。第一歩は、「できない」という結論を保留することだ。挑戦する前に「無理だ」と決めつけるのではなく、「やってみてから考える」という姿勢を持つ。これは単に根性論ではなく、思考習慣の修正だ。人は行動する前の予測に強く影響されるが、その予測はしばしば過小評価や過大評価に偏っている。だからこそ、予測の段階で判断を確定させず、実際の経験を通して評価を更新する必要がある。


次に、自分が「やれない」と思っていることを紙に書き出し、その中から「やってみても安全」なものを一つ選んで試す。重要なのは、最初の挑戦は失敗しても致命的ではない範囲にすることだ。例えば、少人数の前で話す練習、簡単な創作物を作ってSNSに投稿する、知らない分野の本を1冊読むなど、小さくても行動に移せることから始める。こうした成功や失敗の実体験を積み重ねることで、「思っていたよりできる」という感覚が芽生える。


さらに、成功したときにはその成果を正しく受け止める練習が必要だ。「運が良かっただけ」と矮小化する癖をやめ、事実として「やり遂げた自分」を記録する。日記やメモでもよいし、誰かに話すのも効果的だ。他人に成果を認められることは、自己評価の歪みを修正する助けになる。


自己肯定感の低さは、多くの場合、過去の経験や環境から形づくられる。幼少期に過度な批判を受けたり、失敗に対して厳しい評価ばかりを受けたりした場合、「挑戦は危険」「自分は劣っている」という前提が深く刷り込まれる。だが、その前提は必ずしも現在の自分には当てはまらない。大人になった今は、評価する人も、環境も、選択肢も変わっている。過去の評価基準で今の自分を測り続ける必要はない。


確かに、自己肯定感を高めることは一朝一夕では難しい。しかし、「やれるのにやらない」盲点は、ほんの小さな行動の積み重ねで少しずつ消えていく。自己肯定感は「できた」という実感を何度も繰り返すことで育つからだ。逆にいえば、挑戦しなければいつまでも育たない。だからこそ、まずは盲点に気づき、「試す」という選択を意図的に増やすことが重要だ。


世の中には、実力があるのに動かない人が大勢いる。その理由の多くは怠惰ではなく、自己肯定感の低さが生む見えない壁だ。その壁は、外から見ると薄い紙のように脆いのに、内側からは分厚いコンクリートのように感じられる。しかし一度ひびを入れれば、案外簡単に壊れる。大切なのは、そのひびを入れる最初の一撃を自分から加えることだ。

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