白い婚姻

「婚姻の儀式を、早める、ですか?」


「そうだ。次の満月の夜に、執り行う」


 数ヶ月ぶりに姿を見せた王を名乗る男は、挨拶もそこそこに、用件を伝えてきた。


「ですが、私はまだ、成婚できる歳には……」


「形だけだ。それに他国よそでは15を過ぎれば嫁ぐ姫も当たり前にいる。この国が悠長すぎるのだ」


 確かに、早くから成婚を許している国もある。


 けれど、半年後には法的にも問題なく婚姻出来るというのに、それを曲げてまで儀式を早める必要があるのだろうか?


 ……いえ、法的に、とか、そんな理由はともかく、可能な限り、儀式を先に伸ばしたいのが、私の本音だった。


 愛してもいない、亡くなった父親とそう歳の変わらない男との婚礼なんて、……諦めて受け入れているとはいえ、やはり、憂鬱だった。


「新年に、帝国の記念祭典に招待されたのだ。この国の王として、な」


 つまり、ようやく対外的にも認められた、ということなのだろう。


 その箔付けとして、正式に旧王家の姫を妃に迎えたことにしたいと。


「神殿には、仮の、『白い婚姻』だと話を通してある。まあ、仮がいつまで続くかは、分からんがな」


 相変わらず忌々いまいましそうに、私を蔑む視線まなざしから、本当の意味で夫婦になる意志がないことが見てとれる。


 妃とは名ばかりで、姿を見せる必要がある儀式や式典以外では、私を一生このに閉じ込めておく心積もりなのだと。


 ……皮肉にも、それだけが私の救いでもあったけれど。


「分かりました」


「素直でよい。ああ、婚儀では美しく装うがいい。この私の、王妃として、な」


 次の満月まで数日しかないのに、今から改めて支度など間に合うはずがない。


 ただ、儀式にふさわしい程度のドレスや装飾品は、贈られきている。


 つまり、前々から機会を伺っていたのだろう。


 1日でも早く、王位を盤石ばんじゃくにしたくて、うずうずしていたに違いない。


 儀式を終えて、正式に王位を認められれば……その後なら、私は、死んでもよいのだから。


 それも、よいかも知れない。


 このまま、虜囚とりことして、生きるしかないのなら。


 それは、短い方が、むしろ、幸せかもしれない。


 けれど。


 せめて、海に、行ってみたかった。


 この目で、見てみたかった。


 あの小さな竜に出会ってから、そんな思いが、ますます強く募るようになっていた。


 さざ波の音でしか、絵画でしか、知らない、海。


 海に近付いたら、おそるべきモノに拐われる、と言われたけれど。


 それと、今と、どれほどの違いがあるのだろうか?


 この豪奢なと、おそるべきモノに囚われるかも知れない海と。


 あの子が、あの小さな竜が、もし、海に住まう竜なのならば。


 むしろ、海に拐われた方が、何倍も、何十倍も、幸せかもしれない。


 あの愛しい竜と一緒ならば、今よりもずっと、幸せだと思う。


 あの『声』が、あの小さな竜のもので。


 もし、私を呼んでいるのなら。


 ……いきたい。


「それで、儀式は、岬の神殿で行う。海は近いが、絶壁で浜には降りることができないから、まあ、大丈夫だろう」


 海辺の岬?!


 海が、見られる?!


「分かりました」


 沸き立つ心を必死で抑えつけ、私は粛々とうなづいた。



 


 


 


 

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