白い婚姻
「婚姻の儀式を、早める、ですか?」
「そうだ。次の満月の夜に、執り行う」
数ヶ月ぶりに姿を見せた王を名乗る男は、挨拶もそこそこに、用件を伝えてきた。
「ですが、私はまだ、成婚できる歳には……」
「形だけだ。それに
確かに、早くから成婚を許している国もある。
けれど、半年後には法的にも問題なく婚姻出来るというのに、それを曲げてまで儀式を早める必要があるのだろうか?
……いえ、法的に、とか、そんな理由はともかく、可能な限り、儀式を先に伸ばしたいのが、私の本音だった。
愛してもいない、亡くなった父親とそう歳の変わらない男との婚礼なんて、……諦めて受け入れているとはいえ、やはり、憂鬱だった。
「新年に、帝国の記念祭典に招待されたのだ。この国の王として、な」
つまり、ようやく対外的にも認められた、ということなのだろう。
その箔付けとして、正式に旧王家の姫を妃に迎えたことにしたいと。
「神殿には、仮の、『白い婚姻』だと話を通してある。まあ、仮がいつまで続くかは、分からんがな」
相変わらず
妃とは名ばかりで、姿を見せる必要がある儀式や式典以外では、私を一生この牢獄に閉じ込めておく心積もりなのだと。
……皮肉にも、それだけが私の救いでもあったけれど。
「分かりました」
「素直でよい。ああ、婚儀では美しく装うがいい。この私の、王妃として、な」
次の満月まで数日しかないのに、今から改めて支度など間に合うはずがない。
ただ、儀式にふさわしい程度のドレスや装飾品は、贈られきている。
つまり、前々から機会を伺っていたのだろう。
1日でも早く、王位を
儀式を終えて、正式に王位を認められれば……その後なら、私は、死んでもよいのだから。
それも、よいかも知れない。
このまま、
それは、短い方が、むしろ、幸せかもしれない。
けれど。
せめて、海に、行ってみたかった。
この目で、見てみたかった。
あの小さな竜に出会ってから、そんな思いが、ますます強く募るようになっていた。
さざ波の音でしか、絵画でしか、知らない、海。
海に近付いたら、おそるべきモノに拐われる、と言われたけれど。
それと、今と、どれほどの違いがあるのだろうか?
この豪奢な牢獄と、おそるべきモノに囚われるかも知れない海と。
あの子が、あの小さな竜が、もし、海に住まう竜なのならば。
むしろ、海に拐われた方が、何倍も、何十倍も、幸せかもしれない。
あの愛しい竜と一緒ならば、今よりもずっと、幸せだと思う。
あの『声』が、あの小さな竜のもので。
もし、私を呼んでいるのなら。
……いきたい。
「それで、儀式は、岬の神殿で行う。海は近いが、絶壁で浜には降りることができないから、まあ、大丈夫だろう」
海辺の岬?!
海が、見られる?!
「分かりました」
沸き立つ心を必死で抑えつけ、私は粛々とうなづいた。
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