色彩のドロップス。または、延長線上の愛

藤沢INQ

色彩ドロップス。または、延長線上の愛

 夕方の光は、薄い琥珀色のシロップのように、街をゆっくりと満たしていた。


 アパートの四階、南向きの小さな部屋。その窓辺に、瑠璃色と翡翠色のガラス瓶が並んでいる。どれも、中には水が半分ほど。わずかに色のついたビー玉が沈められていて、日差しを受けるたびに、壁に柔らかな光の粒を落としていた。


 机の上には、書きかけの手紙。


 「元気ですか」の文字まで書いて、そこでペンが止まっている。インクの匂いはまだ微かに立ちのぼっているが、次の一行が思いつかない。


 机の端に置かれた古びたカップには、冷めかけの紅茶。カップの縁に光が揺れ、その揺れの中に、かつての会話がよみがえる。


「色って、味に似てるんだよ」


「味?」


「そう。甘いとか、しょっぱいとか。愛だって、そういうふうに、少しずつ変わるでしょ?」


 窓の外では、街灯がひとつ、またひとつと灯る。ガラス瓶の中のビー玉たちが、夕闇に溶けていく。色はやがて失われるけれど、その延長線の先に、確かにあの人の笑顔があるような気がした。


 ペンを手に取る。「今日も、光はきれいです」 


 そう書き足して、封を閉じた。


 色を変えても、愛は消えずに続いていくことを、そっと信じながら。


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