五月

五月一日 県予選まであと四十三日(南雲空)

 ——それでもさ、キックとかパスできなくなっちゃったからさ、センターもできなくなっちゃったんだよね。だから、センターから外してもらったんだよね。

センターに戻れるようにいっぱい練習しなきゃだ。

聞いてくれて、ありがとね。少し、すっきりしたよ。


一緒に、頑張ろうね。



 俯きながらそう言う悠馬先輩が頭から離れない。

頑張ろうね、という目は悠馬先輩、自分自身としか目が合っていなかった。

やっぱり一人は嫌いだ。

ずっとずっとこういう過去のことを掘り返してしまう。

掘り返して、何回も何回も一人で反省する。

捻り出したような、聞いてくれてありがとうも、一緒に頑張ろうねも全部、全部、悠馬先輩の優しさだ。

気を遣わなくていいよって。

朝の風が皮膚を突く。

朝のレモン色みたいな太陽の光がウザい。

出した制服が体を引っ張る。

 ——一緒に頑張ろうね。

はい。あなたと一緒に頑張りたいです。

目の奥が熱い。

視界に涙の膜が張る。

でも、ここまでじゃ誰にも泣いているのを気づかれない。

気づいてもらえない。

朝の青っぽい灰色の影の中をずっと自転車で進む。


 

 もう朝とは違い、風は涼しくなく、青っぽい灰色の影なんて無い。

そして、みんな居る。

「みんなごめーん!」キャプテンの遠藤先輩が勢いよく土下座する。

それをみんなで囲む。

ヤクザが借金返済者を囲っているみたいだ。

「来週の月曜日、練習試合だったの忘れてたわ!ゴールデンウィークなのにぃ‼︎」

僕は何も予定が入ってないから、よかった。

家族で旅行とか行く人もいるんじゃ無いのか?

メンバー足りるのかな。

「あ、俺、家族で沖縄行くわ…」神谷先輩が居ないのはやばいな。すまんなと聞こえてきた。お土産とか買ってくるから!ちんすこうか紅芋タルト以外のも食べてみたいな。

「それ以外は、い、居ませんか?」

なんかすごい情けない格好で神谷先輩に縋っている。

うわ、離れろよ。痛っ。

スパイクで蹴られてた。痛そー。

「よし!じゃあ!今日!と明日!試合想定の練習たくさんするぞ!」

「司令塔のスタンドオフが居ないのやばくないか?」

「自分で言うな!俺も沖縄行きたいー!」

「よし!みんないっぱい練習するぞ!」

神谷先輩の方が頼もしいなぁ。


「まぁ七人制ラグビーセブンズはそこまでポジションにこだわる必要ないし、あと一人は俺が用意しておくから、安心して、練習しな」

神谷先輩の黒い艶やかな黒髪が揺れる。

「とりあえずディフェンスの練習しよう!」遠藤先輩がリーダーシップをとる。

「真ん中をフォワードで固めるか」また揺れる。

「剛が一番真ん中で、」うす、と小走りでグラウンドの真ん中へ行く。

「その両脇に太志と悠馬で」はい、遠藤先輩が指を指した方へ走っていく。

僕はどこなんだろう。

夕暮れの中飛んでいるカラスが鳴いた。

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はちにん 高州 @staka21

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