第12話道化王

「ああ、どうしても謝りたくてな・・・」

「へぇ、分かったよ。警戒を解いてオウリア」

「しかし・・・」

「王命だ。あとお茶も用意しなさい」

「・・・承知しました」

 シルフィアとオウリアはお茶の準備をすべく、家の中へ。三人は庭にあるテラスに座った。

 莉緒は怖いのか顔を上げようとしない。フィーリアスは品定めするかのように。道化王は気まずそうに、縮こまっていた。

「縮こまっていないで、話したらどうだい?」

「あ、ああ。そうだな」

「ひょっとして僕邪魔かな? なら離れて見ているよ」

「ぁ、先生――」

「大丈夫。近くにいるから、ね」

 コクリと頷く莉緒。それを見たフィーリアスは歩いて裏口の扉から家に入り、近くの窓から彼女たちを見ていた。

「「・・・・・・」」

「不明王殿の所で楽しくやっていけてるか」

「・・・・・・」

「孤児院の子供はどうしてる?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 道化王が頑張って話しても、莉緒は無言を貫いている。

 彼の言葉を頑なに拒否しているように見えた。

「す、すまなかった・・・。俺の部下が迷惑をかけて・・・」

「迷惑っ⁉」

 その彼の発言に、彼女は怒りを露わにした。

「‼」

「先生か全て聞きました・・・。地下で人体実験をやっていたことも、花世絵を己のものにしようと、知らない間に洗脳しようとしていたことも全部‼‼ 何が『部下が迷惑』ですか。貴方もそんな風に見ていたんでしょう⁉」

「違う‼‼ 俺は知らなかった。知らなかったんだよ‼ 王会議で分かった時、驚いたよ・・・。だからこうして謝りに来たんじゃないか!」

「そ、そんなことって・・・」

「あいつらは常軌を逸していた。俺という王に固執していたんだよ! その証拠にここ十年一切の音沙汰がなかったんだ」

「・・・・・・」

「本当に済まなかったと思ってる。本当に済まない・・・!」

「分かりました」

「! じゃあ――」

「勘違いしないでください。許したわけじゃありません。二度と私の前に現れないでください」

「ああ、約束しよう」

「ではここでさようならです。私は先生のもとで生きて・・・い・・・く」

 その瞬間、莉緒が倒れた。それを窓から見ていたフィーリアスがすぐに駆け付ける。

「莉緒!」

「安心しろ。ただ眠っているだけだ」

「!」

 莉緒に近づいていくのは道化王。フィーリアスも駆けつけようとするも、体が動かなかった。見ればフィーリアスの足元には黒の絵の具で描かれた奇怪なマークがあった。

 混乱するフィーリアス。それを、愉快そうに道化王は口元を歪め笑っていた。ピエロのような顔が歪み、その醜い笑顔がさらに醜く感じる。

「貴様・・・!」

「愉快だよ不明王。慢心していたのかい? 此奴が奪われることを、まさかとは思うが予想していなかったのかい?」

「していたさ・・・。しかし貴様だとはね・・・」

 フィーリアスが指を鳴らす。するとオウリアやシルフィア、シェド、ディートリヒが出てくる。

「こうなることもお見通しなのさ、道化王・・・!」

「・・・・・・」

 道化王は黙った。だが、投降の気配は全くない。オウリアは道化王から目を離さずに、フィーリアスに相談する。

「主よ、ここは――」

「・・・ふふふふ」

「⁉」

 道化王が笑い出す。その笑い声は次第に大きくなり、フィーリアス達に混乱と不快感を与えた。

「あー全くもって愚かだよ。不明王、まさかこの俺がこのような事態を想定していなかったとでも?」

「なに・・・?」

 その瞬間道化王の眼が怪しく光りだす。その光を見たフィーリアスは即座に何をするか気づき、眷属達に警告する。

「お前達! 今すぐ目を伏せ――」

 しかしその言葉は届かなかった。

 遅過ぎたのである。

「幻影認識(イリュージョン)――。お前達、敵はそいつだ」

 その目を見た瞬間、眷属達はフィーリアスを襲ってきた。

フィーリアスは避けながら、莉緒に近づいていこうとする。が、多勢に無勢なのかすぐにフィーリアスは捕まり、取り押さえられる。

「くそッ!」

 力が緩むことはない。それどころか力は強まる一方だ。

「グッ・・・カハッ」

 その姿に、道化王はさらに口を歪ませた。

 彼は莉緒を脇に抱えると、己の国に通じる門を開く。

「じゃあな、不明王」

「待て・・・ッ! 彼女は貴様のモノでは・・・」

「いや、俺のだ‼ これは俺が大事にしてきたものだ。人の物奪ってんじゃねぇよ」

「クズめ・・・‼」

「なんとでも言え。どうせ俺の国は見つけられない。返してもらったぞ、俺の物を」

「クソ・・・‼‼」

「じゃあな‼ ギャハハハハハハハ‼‼」

 品のない笑い声を発しながら、道化王は門をくぐり消えていった。

 それと同時に、操られていた眷属達がバタバタ倒れていく。

 残ったのは不明王フィーリアスただ一人。彼は俯くのではなく、見上げ空を見た。そしてその空に向かって――

「クソがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」

 その後悔が混じった絶叫を吐き出す。

 その時彼の頬に雫が落ちてくる。雨だ。次第に勢いが強くなる雨にもかかわらず、彼は見上げていた。

 顔の包帯の部分が濡れて透けていく。

 その顔には、滲んでいて分からないが、何かの文字が書かれていた。

 そして先程の絶叫とは真逆であり、後悔とは全く無縁な顔をしていた。

 獰猛に、残忍に、残虐に。それでいて繊細で、悲哀、歓喜などの感情が含まれている歪んだ顔をしていた。口は堅く結ばれてはおらず、むしろ醜く、最大限まで引き攣らせた獰猛な笑顔をしていた。


「申し訳ありません。主よ」

「気にするな」

 落ち込むオウリアをフィーリアスは宥める。

 そこに頭をガンッ、ガンッと手で叩きながら、やってきた。

「しかし・・・、何だったんじゃ? あの光は・・・」

「幻影認識――道化王の魔力だ。認識を入れ替えるだけの魔力だ」

「それは・・・なんとまぁ」

 オウリアの言葉にディートリヒが困った顔をする。

 認識を変えるということはある意味全能であるからだ。戦場では重宝されるだろう。

『しかしどうするんです? 噂では道化王の国は未発見だとか・・・』

 シルフィアの言葉に眷属達は唸りながら困惑する。しかし、フィーリアスは違った。

 彼は、家の中に入ると何かを携えて出てきた。

 剣だ。しかも緑と黒のオーラが漂う宝剣である。

「王・・・?」

「全員、襲撃準備をしろ。行くぞ」

「どこに行くんじゃ?」

「決まってるだろう。道化王の国だ」

「な・・・」

『王よ。場所が知らないのでは・・・』

「知っているさ」

「「『え⁉』」」

「ロシア上空。ツンドラの荒野上空三千メートルに国がある」

「は⁉」

「なんで知って・・・」

「七席に調べさせた」

 オウリアはそれを聞いて驚く。なぜならその者は――

「あんの変態め!」

 ――変態なのだ。情報にしか興味はない。それを面白がって眷属にする王も王だが。

「誰じゃ? 七席とは」

「さあ?」

 彼女のことはごく一部の人しか知らない。眷属上位三人と王であるフィーリアスだけだ。

 彼女が住んでいるのは、大全不明図書館の奥の奥。故に知るものは誰もいない。

「王よ。では――!」

「ああ、今夜襲撃するぞ」

「「『は!』」」

 このやりとりの三時間後、道化王は国ごと滅びの道を行く。

 滅亡はすぐそこに。

 フィーリアスの存在が徐々に大きくなっていく。怒り故に、その存在感は体から黒く、禍々しいオーラが漂っていた。

オウリアはニヤリと狡猾にに。シェドは獰猛に狂気じみた笑顔で。ディートリヒは目を瞑り、うんうんと頷きながら狂気な雰囲気を醸し出す。シルフィアに至っては笑顔で送り出すように一礼している。

さあ、反撃の時間だ。不明による滅亡を見せてやる――

「――道化王」

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