第11話王との邂逅・その三

 翌日、天空王達三王がフィーリアスの家を訪ねてきた。

「いくら何でも急じゃありません?」

「すまない。開いている時間が今日しかなかった」

「いえいえ。責めているわけではありません。しかし――」

 と、フィーリアスがそこまで言って、前を向く。するとそこでは――

「カワイイカワイイカワイイ―――」

 大海王であるシーラが莉緒に顎クイさせて「カワイイ」とつぶやきながら、百合の花を咲かせていた。

 ちなみに大地王は、オウリアとシルフィアに連れられ、畑の方に行っている。

「――責任者貴方でしょう? 何とかして下さいよ」

「無茶を言うでない。大海王の邪魔をすればたちまちここが大洪水じゃ」

「そんな殺生な」

 フィーリアスと天空王は呆れながら彼女たちを見る。

「あ、そうだ。バルディスから聞きました? アレ」

「・・・本当にする気なのか? にわかには信じがたいが、影を飛ばし事実が発覚した後に、行動せよ。よいな?」

「僕でも、そんな私刑(リンチ)みたいなことしませんよ。子供じゃあるまいし。ただ――」

「?」

「あいつは調子に乗りすぎた。それだけです」

「・・・そうか」

「それに僕は王会議に従ってはいるが、あの方の下に仕える者でもある。それを忘れないでほしい」

「・・・そうか」

 明らかに王会議の意には従わないと言っているようなものだが、天空王はそれを非難しなかった。ただただ「そうか」というだけである。

 一方で莉緒はシーラに絡まれながらもなんとか抜け出そうとしている。が、シーラは蛇のようにくねくねと彼女に絡んでいた。

「っ~~~~」

「あらあら、もうちょっと触らせなさいよ。初めてなのよ花嫁に会うのは。だからもうちょっとだけ・・・‼」

「とか言いつつ、無茶苦茶触っているじゃないですか! もう離してください!」

 言い合いになりつつあるが、フィーリアス達は止めようとしない。

 何故か。単にシーラが怖いからである。彼女は他者に邪魔されると怒る。それはもうすごく怒る。以前酒の席で酔った滅亡王が怒らせたときは、北米全土を覆う大豪雨、大津波、大洪水が発生し、宥めるのに苦労した。結果、死者は出なかったが負傷者は何十万人に及んだという。

 その時は、フィーリアスの上司である人物が一瞬にして鎮圧したので事なきを得た。

 しかしその後、フィーリアスはその上司に怒られ、物凄く落ち込んでたが。

「そういえば・・・」

「はい?」

「不明王。貴様、何故この場所にいる?」

「・・・・・・」

「あの方のもとであれば、我らよりも上にいれるだろう。何故だ?」

「・・・あの方の指示ですよ」

「⁉」

「でも、真意は分かりません。しかし基本あの方には僕とノイズが報告して維持してるので」

 ノイズ――その言葉で天空王はもはや誰なのかと疑問を持つこともなく、首を横に振った。

「・・・分かった。それ以上は言わないでくれ。気が引ける」

「それが賢明かと。――さて」

 フィーリアスが莉緒たちに近づいていく。

 それに気づいた莉緒は涙目になりながら、助けを乞うた。

「シーラ様。そこら辺でおやめください」

「あら、あらあらあら。フィーリアス、邪魔をするの?」

 シーラが莉緒を離し、フィーリアスを睨みつける。その隙に、莉緒はシーラから走って離れ、フィーリアスの後ろに隠れる。

 彼女は少し顔を青くしながらブルブル震えていた。

「こんなに怖がっているじゃないですか」

「あら、ごめんなさい。でもわざとじゃないのよ」

「それでも自重はしてください。出禁にしますよ」

「無理でしょう? そんなこと」

「まあ、確かに」

 フィーリアスは包帯と眼帯で表情は分からない。一方でシーラは艶めかしく笑い、舐めるように、莉緒を見ていた。

それに気づいた莉緒は、

「‼‼」

 背筋を震わせていた。

 それを感じたフィーリアスはハア、とため息をつき、シーラにとって最悪の一言を放つ。

「出禁は無理なので、このことは上司に報告しますね」

「⁉」

「いいですね?」

「えっといや、それは・・・」

「いいですね?」

「あ、えっと―――」

「いいですね?」

「・・・・・・」

「いいですね・・・⁉」

「ごめんなさいもうしませんだからやめてくださいお願いします」

「よし」

 フィーリアスはグッとサムズアップする。

 一段落したところでそこに天空王がやってくる。

「そろそろ我らは帰る」

「そうですか? 大地王が帰るまでゆっくりされては?」

「俺ならいるぜ」

 振り返るとオウリア達を後ろに伴い、大地王がやってきた。

 そして、莉緒を見たとたんに、彼女に近寄りじっと見る。

「・・・・・・」

「な、なんですか?」

 暫く見ている大地王。すると次の瞬間――

「うん。タイプじゃない」

「!」

 ショックを受ける莉緒。すかさずシルフィアが倒れそうになった彼女を支えた。

 フィーリアスは、どういうことかと大地王に聞いてみる。

「今のは、いったいどういう――」

「聞いた通りだ。俺はタイプじゃないので、花嫁の争奪戦に参加しない」

「へ?」

「ついでに言うと、我もだ」

「私もよ」

「⁉」

 三王が花嫁と結ばれる機会を自ら手放した。これはある意味問題である。

「シーラ様は分かります。同性婚に興味がないので。あと二人は、本気ですか?」

 フィーリアスがもう一度聞いてみる。

「もう年だし、こんな老いぼれより、いい奴なんているじゃろう?」

「俺はタイプじゃないだけだ」

「マジですか・・・」

 フィーリアスが頭を抱える。

 三王が花嫁を取らないということは、他の王にチャンスがあるということ。しかし花嫁が選んだ者だけが真の婚約者となる。それはまさに争奪戦。最有力候補が三人消えることは、嬉しいという感情以上に、驚愕である。

 彼ら三王は、莉緒の先代まで花嫁を争奪していた。今になって降りるとはどういうことか?

「本音は?」

「「「あの方に怒られた。もう怒られたくない」」」

「・・・そういうことね」

 ますます頭を抱えるフィーリアス。そして何のことか分からずそれを見ていた莉緒は近くにいたオウリアに聞いた。

「あの方って誰です?」

「主の直接の上司で、三王の生みの親です。天空王よりも先に生まれた『原初の王』と聞いてます」

「へぇー」

「彼ら三王は、あなたの前の花嫁までその者を巡り争ってたんです」

「え⁉」

「花嫁に選ばれた王は王以上の力が宿るのだとか。だから争っていたんです」

「そ、そうなんですか」

「しかし、それは今回ないようですが」

「?」

「三王がいなくなってチャンスが巡ってきたと思う王もいますが、主や厳格王、滅亡王に勝てる者はおりません。人間の方でも、あなたを手に入れようとする輩はいますが、国力総上げしたところで返り討ちに合うのがオチです」

「な、なるほど。つまり今私は結構安全ってことですか?」

「はい」

 ホッとする莉緒。国を挙げて奪いに来るなんて堪ったものじゃない。今は、フィーリアスという存在に守られている。そう思うと、あの教会にいた時よりも心が温かく感じた。

「ハア・・・、分かりました。しかし、それだと色んな輩が来るのでは?」

「そこは心配ない。我が睨みを利かせている故、新世代の王どもは怖気ずいて参加を拒否した。以降、交友関係のままでいたいとかなんとか・・・」

「そうね。でも、彼だけ何の音沙汰もないじゃない?」

「ああ、そうだな」

「? 誰です?」

「「「道化王」」」

「・・・・・・」

 その人物の名――道化王と聞いた瞬間、フィーリアスの頭が一気に冴えた、気がした

 彼がどこにいるかは、三王に聞いてみたが「知らない」と返ってきた。それを聞き、フィーリアスの頭は高速でパズルの一つ一つのピースが繋がっていく。だが、足りない。何かが、足りなかった。

「アハハハァ」

 不気味に笑い、周囲の気温をその圧だけで低下させ、凍らせる。

「「「‼⁉⁇」」」

 天空王やオウリアのような百戦錬磨の者や、シルフィア、莉緒のような戦いを知らないものまで全員背筋を凍らした。

「ん?」

 気づくとフィーリアスの周りには誰もおらず、莉緒以外最低でも十メートルは離れていた。

 莉緒は察知できなかったのか、そのまま――

「?」

 ――訳も分からず首を傾げていた。

「皆どうしたの? そんなに離れて」

「な、何かあったんですか? 何か私変なことしました?」

 と質問する二人。しかし一方で――

「ハァッ、ハァッ、ハァッ――」

「な、何今の・・・・・・」

「一瞬、四肢を斬られ、そのまま体を切り刻まれた気がした・・・」

「ああ、我もそう感じた」

『隙を見せれば死にますね・・・。というか死んだんですけど』

 各々がフィーリアスの極寒の大地よりも寒く、暗闇よりも深いオーラに戦々恐々としていた。

 しかし、そこで問題が一つ。

「なんで花嫁は無事なのかしら?」

「確かに、俺らでも恐怖を感じるほどのオーラだ。感じなかったわけではあるまい」

「然り。なあ、花嫁よ」

「あ、ハイ。何でしょうか天空王」

「貴様、何も感じなかったのか?」

 その質問に莉緒の口から予想外の言葉が発せられた。

「いえ? ちょっと背筋がブルッて来ましたけど・・・、それだけです」

「「‼」」

「なんと・・・!」

「えっとあの、なんです?」

 困惑している莉緒にオウリアが説明する。

 その表情は、いまだに青いままだった。

「莉緒様、主は今とてつもなく鋭く、寒く恐ろしいオーラ――つまりは殺気のようなものを放ちました。何故、平気なのですか?」

「? ありませんでしたよ。そんな殺気」

「・・・・・・」

 オウリアは驚愕して何も言えなかった。

 するとそこでフィーリアスが口を挟む。

「おそらく、花嫁としての魔力が彼女を守ったのかもしれない」

「「「⁉」」」

『どういうことですか』

 シルフィアの質問に、難なくフィーリアスは答える。

「さっき彼女から、何らかの魔力を感じた。それはまるで、彼女を守っているかのようだった」

 三王も眷属達も驚愕の事実に驚きすぎて、何も言えなかった。

「花嫁の魔力には、自我があるのかもしれないね」

 フィーリアスの無茶すぎる仮説に唸る三王達。

 立場は逆なのに、何故か様になっている。オウリアとしては主であるフィーリアスの王としての素質がここで発揮されたと信じたい。

 断固として、三王の頭が悪いと信じたくなかった。

 そんな中、莉緒がフィーリアスに問う。

「私そんなに魔力の操作できませんよ? 孤児院でも魔法使えなかったし」

「おそらく自動的に、その魔力自体が防衛したんだろう。そして、魔法が使えなかったのはその防衛に要する魔力が全体の大半を持っていっていたからだろう。さっきので分かった。魔力濃度的に八割は持っていってたね。あとの二割は通常生活における生命活動の維持につかっているんだ」

「なるほどなぁ」

「そこまで詳しく言われると、納得せざるを得ない」

 大地王や天空王は唸りながら頷いて納得する。

「さすがユーロ連合魔晶学院の教授を務めているだけあるわね」

「いやぁ、照れますなぁ」

「流石です、先生」

「ありがとう、莉緒」

 フィーリアスは彼女の頭を撫でる。彼女は気持ち良さそうに身悶えする。

「~~~~~~」

「よしよし」

 その姿は、恋人のように見えた。もちろんフィーリアスにはそんな気は全くないのだが、莉緒は頬を赤らめて嬉しそうにしていた。

 互いの空気は違うのに二人が重なれば、桃色な雰囲気で周囲は居たたまれない空気になった。

 シーラはその雰囲気に呑まれ、吐血した。

「コフッ」

「シーラ様⁉」

 オウリアが駆けつける。するとそこには――

「と、尊い・・・」

「・・・・・・」

 ――恍惚な表情で鼻と口から血を出していた。その光景にフィーリアスや莉緒も引いていた。

「「「えぇ・・・⁇」」」

「流石に引くわー」

「ですね」

「シーラはこう見えて変態だ。三王の俺らでも止められないくらいに、な」

「亡霊王の変態さも此処から来たんだろうのう」

天空王たちも諦めているようだ。フィーリアスは迷惑そうな雰囲気を出しながら、シーラに近づいた。

「フィ、フィーリアス?」

「・・・ってください」

「え?」

「帰ってください」

「あ、えっと」

「い・い・で・す・ね⁉」

「・・・はい」

 シーラは泣きながら立ち上がり、背を向ける。そして水を纏いながら消えていった。

「・・・・・・」

「我らも帰ろうか」

「ええ」

 天空王達もフィーリアス達に背を向ける。どうやら帰るようだ。

「お茶はもらった」

「ではな諸君! また会おう!」

「ええ、では」

 莉緒が手を振ると、天空王が手を振り返す。

 やがて、天空王は風を巻き上げながら消えていった。

「じゃな!」

 大地王はニカッと笑い、地面に埋もれて消えていった。

 気付けば夕方だった。莉緒は少し感慨深い目で遠くを見つめる。

「私におじいちゃんがいるのなら、天空王みたいな感じかな」

「まあ、そうだろうね」

 フィーリアスはそういう空気を消すために、パンと手を打つ。

「さて、晩餐にしようか――って言いたいところだが・・・」

「どうされました? 主?」

「いるんだろう? 出てこい」

 その呼びかけに出てきたのは、意外な人物だった。

 莉緒はフィーリアスの陰に隠れ、オウリアは臨戦態勢をとる。

「まさか君が来るとはねぇ―――道化王」

 夕日の陰から出てきたのは、特徴的な顔をした道化王だった。


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