第3話邂逅と弟子

「さて、綺麗になったところで何から聞きたい?」

「知ってること全部」

 フィーリアスはハアとため息をつき、莉緒を見る。現在の彼女は上は大きめのワイシャツ、下は短パンだった。

「女性用の短パンなんてあったっけな・・・?」

「そちらの使用人が十五分で作ってくれました」

「・・・マジで?」

「はい」

「シルフィア、後で僕の外套を直しといてね。それにそのワイシャツ僕のだよね?」

「え⁉ そうなんですか⁉」

 驚く彼女にまあいいやとフィーリアスは受け流し、テーブルに置いてある食事にありついた。

「まあ、食べなよ。無理して食べなくても逃げないから」

「あ、はい。ありがとうございます」

 もぐもぐと食べながら、莉緒は三白眼気味な目でフィーリアスに問う。

「包帯まみれなのに、よく食べれますね・・・」

「ああ、食べる時は口元の包帯ずらしてるの」

「あ、ハイ。そうですか・・・」

 莉緒は食べながら、

(会話が続かない・・・!)

 割と本気で戦慄していた。物凄い気まずい空気の中話題を考えまくっていた。

「はじめましての人には、そうなることが普通だよ」

「え?」

「会話が続かないのは人としては当たり前のことなんだ」

「・・・・・・」

 食事を済ますとフィーリアスは紅茶を一口すすり口を開く。

「さて・・・、君の事をどうして知っているかということだけど・・・」

 莉緒は手に力を込めながらその後の言葉を待つ。彼は足を組みなおしソファにもたれかかる。

「・・・僕がユーロ連合魔晶学院の教授をしていると自己紹介の時に説明したよね?」

「はい」

「教授クラスは一人だけ見込みのある子どもを推薦して入学させることができる。僕は推薦したことは一度もなくてね。ある時暇だったから散歩してたんだ。そしたらね、感じたんだよ」

「何をですか」

「とてつもなく膨大な魔力を。その方角に向かって行ったら一軒の孤児院にたどり着いた。その魔力の持ち主が・・・」

「私・・・ですか」

「そ。そこから君の事を調べさせてもらった。すまないね」

「いえ・・・」

「僕には僕が決めた推薦条件がある。魔力の質と量が膨大であること。魑魅魍魎の類が細部まではっきりと見えること。字が読めること。僕のこの姿を見ても失神しないこと。そして、花(・)嫁(・)であることだ」

「花嫁・・・?」

「最後の条件はそんなに該当しない。なぜなら一代に一人だからね」

「それは何ですか?」

「花嫁は二十名の王の内一人の伴侶となる人間のことだ。超越者に相応しいお嫁さんのことなんだ」

「・・・へ?」

 最初は何を言っているのかわからなかったが徐々に理解が追い付いてきた。嘘だと思った。今の話が本当なら、莉緒は花嫁。今までの化け物もその肩書を狙っていたということになる。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。不快感がだんだんと募ってくる。恐怖も吐き気も寒気も恐るべき速度で襲ってくる。「・・・い」怖い怖い怖い「・・・おい」嫌だ嫌だ嫌だ「おい」気持ち悪くてしょうがない私は私は誰?ねえ誰か誰か誰かこたえ「おい‼」――‼⁇

 莉緒は自分を追い詰めるあまり呼吸が乱れていた。それをフィーリアスが肩を抱き寄せ、彼女ごと抱きしめたのだ。

「大丈夫。今すぐにというわけではないよ。それに花嫁という選択肢は君が望まなかったらなる必要はない。運命は君が決めなさい」

「・・・・・・ッ! ・・・・・・ぅあ」

フィーリアスのその言葉に緊張、不安、恐怖が消えた。莉緒はそのまま、彼の胸の中で泣き始めた。大粒の涙が黒装束を濡らしていく。声を上げて泣き始めた彼女に、一瞬戸惑ったが、フィーリアスは止まることのない涙を見て、優しく彼女を抱きしめる。左手は頭に添えながら撫で始める。それでも彼女は。莉緒は声を上げて泣いていた。

 ・・・三十分後、莉緒は顔だけでなく耳までも真っ赤になっていた。理由は単純。先程までフィーリアスの中で泣いていたのだが、気持ちが落ち着いたところで今自分が何をしているのか、理解したのである。その瞬間、顔を真っ赤にして物凄い速さで後退り、シルフィアの背後隠れていたが、今はソファチェアの中で体育座りして、頭から湯気を出していた。

「大丈夫かい?」

「・・・はい」

 かろうじて莉緒は頷く。だがまだ羞恥心は抜けきってないようだ。しかしそんなことは知らないとばかりにフィーリアスは話を続ける。

「一応、君には僕が勤めている学校に僕が持っている推薦枠を使って入学させようと思う」

 すると、莉緒が顔を上げて抗議する。

「ちょ、ちょっと待ってください! いくら何でも――」

「いやだって『花嫁』なんだから魔法はうまくなってもらわなきゃ。それにもう襲われたくないだろう?」

「それはそうですが――」

「ま、明日孤児院でそこらへんは詳しく話すさ。それに――お(・)灸(・)を(・)据(・)え(・)て(・)や(・)ら(・)な(・)い(・)と(・)ね(・)」

「――え?」

「こっちの話。――それよりもう夜が深い。寝た方がいいよ。――シルフィア、彼女を寝室へ案内してやりなさい」

 シルフィアはコクリと頷くと莉緒の裾を引っ張る。彼女は為されるがまま寝室へ向かって行く。するとフィーリアスが思い出したかのように彼女に言った。

「あ、そうそう。近いうちに王たちが集まる会議があるんだけど、その時に君の事を話さなきゃいけなくなった。ごめんね」

「え⁉ そうなんですか⁉」

「『花嫁』の発見はそういう決まりでね。不明を司る僕でも覆せない。一応名前とかは伏せとくから。見つけたことしか言わないから安心して」

「わ、分かりました。」

「その時は護衛、付けるからね。よろしく」

「は、はあ」

 どんな人だろうと少し期待してしまった。落ち着いた人がいいと莉緒は思った。

「一人は執事(バトラー)。もう一人は酒飲みで騒々しいけど頑張ってね」

「え、ええ~⁉」

 抗議する間もなくシルフィアによって莉緒は寝室に連行された。それを見て、フィーリアスは肩をすくめ、くすくすと笑う。

 やがて莉緒を寝かせてきたのか、シルフィアが戻ってきた。そして口を開けずに、フィーリアスに向けて言葉を発す。

『彼女、どうするんですか』

「いや? 何もしないけど。とにかく孤児院の馬鹿どもと話をしないと次に進めないよ」

『・・・彼女、可愛いのにもったいない。引き取ればいいのに』

「それは彼女次第だと言っておこう。彼女が望むならそれでいい」

『・・・意気地無しですね。そんなだから生徒に嫌われるんですよ』

「うるさい所帯持つからっていい気になるな。そのほとんどの原因は君が傍で睨みを利かせているからだと言っておこう」

『そ、それは主(マスター)に悪い虫が寄り付かないために・・・』

「君、そのままいくと日本でいうところのヤンデレっていうのになるよ。自重しなさい」

『うぅ・・・・・・』

 言いくるめられて、顔を赤くしながら服の裾で顔下半分を隠すシルフィア。しかし一つに纏めた白く長い髪は犬のしっぽのように揺れている。それを見た――実際は見ているのかわからない――フィーリアスは彼女の頭をやさしく撫でた。すると彼女は更に顔を赤くさせ、髪はさらに揺れる。

「明日は早い。だからもう寝るよ。オウリアとシェドに連絡しといて」

『かしこまりました。では・・・』

「ああ。よろしく頼む」

 彼はシルフィアを引き連れ、自室に入った。そこで黒装束を脱ぎ、内側の拘束服を外し包帯を緩めていく。包帯は落ちることなくゆらゆらと彼の周りを漂っている。

すると、包帯が身の丈にあった白の寝巻に変わっていった。目を覆っていた眼帯は解き、机の上に置いた。その間にシルフィアが黒外套などの衣服を片付けていく。フィーリアスはベットに潜ると眼帯を外したその目でシルフィアを見る。

その目は大きさの違う六つの円が重なり、その円と円の間はまるでガラスがひび割れたかのように、亀裂が至る所にできていた。

しかしそれだけではない。ある角度から見れば青。違う角度から見れば赤と一つの色に定まっていなかった。まるで

虹色。まさに不明だった。何色の眼をしているのか分からない(・・・・・)。フィーリアスはその自分の目を「不明の眼」と呼んでいた。その目を見れば人間は重圧に耐えきれず、心臓を自ら止めるという。

『相変わらず変わった眼を持っていますね』

「仕方ないだろう。これでもマシな方だ」

 フィーリアスがやれやれと首を横の振りながら答える。

「じゃあ連絡よろしく。お休み」

 シルフィアは彼が寝るまでそこを動かなかった。完全に彼が寝入るとリビングへ向かう。リビングに着くと、胸元から一枚のカードを取り出す。それを持って彼女は暖炉の側にあるタペストリーの前に立ち、めくった。 

するとそこには、奇怪な紋章が書かれていた。面妖な文字が書かれた円が、同じように書かれている円に線と文字でつながっておりまるで扉のようだった。。

彼女はカードをそこにかざすと、キイィィイと小さな音で扉が開いた。彼女はそこに躊躇い無く入っていく。すると中は幾万という本が飛び交い、巨大な本棚に入っていく図書館の光景だった。

 シルフィアは用がないとばかりにずんずんと歩いていく。やがて彼女は一つの部屋にたどり着く。彼女はムンッと気合を入れ、ノックしてそこに入っていく。

入っていった部屋の横には、「副館長室」と書かれていた。

 副館長室に入ったシルフィアはキョロキョロと目的の人物を探す。すると、奥で声がしたので、行ってみたらそこで酒をもう一人の目的の人物と一杯飲んでいた。

「おや、珍しい。ようこそシルフィア。今日は何の用で?」

「カーッカッカ‼ おお、久しぶりじゃのう‼ どれ、一献どうじゃ?」

「彼女はさすがに無理ではないですか?」

「いやいや、そんなことはないじゃろう。ほれほれ、飲まんか飲まんか」

 シルフィアに無理やり酒を勧めるのは破戒僧のような服に女物の鮮やかな振袖を纏い、刈り上げた黒の髪。そしてその目には獰猛さが隠れているように見えた。

名をシェドー・カラクニという。

「じゃが、何用か。滅多にこちらには来ないお主が来るとはなぁ。なぁ、オウリア」

 オウリアと呼ばれた青年は静かに笑う。焦げ茶色のその髪は掻き上げられており、黒を主張した執事服が恐ろしいくらいに似合っていた。

「確かに。それでシルフィア、なにか?」

『主様よりご命令が・・・』

 男二人は、その言葉に目を見張る。彼らはフィーリアスの数少ない眷属である。故に何事かと驚いたのだ。

「ほお・・・、どんな命令じゃ? 下らんことには参加せぬぞ」

「私も、一応仕事があるので内容次第です」

『・・・把握しております。その上での、です』

「言うてみ? たいしたことでは驚かんぞ、儂らは」

 シルフィアは意を決して、言う。しかしその表情は、半ば諦めたかのように無表情だった。

『実は―――』

 その時、図書館を利用している者、働いている者は先程見かけた眷属二人の声を聞き、ひっくり返った。

「「はあああああああああああああああああああああ‼⁇」

 この時、彼らの声が響いて多くの本棚が倒壊、蔵書の山が大きな音を立てて崩れ落ち、最大の被害を被ったのは別の話。

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