第2話花嫁と王


  世界は、魔術や魔法が発展していき、化学も同様に発展していった。魔法、魔術を志す者は、大陸に六つしかない学院に通う。その中でも最も進んでいると云われている学院があった。それは、日本の大和魔晶学院。そして、イギリスに存在するユーロ連合魔晶学院。ロンドンに存在するそこは、主に西洋貴族が入学してくる。もちろん、普通の民間人も入学して来るが、在校生の半分以上は貴族であり、授業も幾分か普通の者より優遇されている。そのため、差別が起きている。

そして、学院の外は様々な屋台が並んでいる。大通りはこれでもかというくらい大盛況であった。大通りから外れても至るとこに魅惑的な光景が存在する。暗闇に漂う魑魅魍魎たちがくすくす笑いながら飛んでいることはこの世界では日常と化していた。

 閑話休題

 三月初旬 裏通り 夜

 イギリスの大通りから外れた真夜中の裏通りを一人の少女が走っていた。いや、逃げているのだ。

「はあ、はあ、はあ」

 少女は息を切らしながら背後へ振り向く。暗くてよく分からないが、いた。ボロボロな黒のローブを纏った骸骨。その手には、身の丈に合わない大鎌を携えていた。まるで死神だった。

 その死神は少女の姿を捉えた瞬間、物凄いスピードで迫ってくる。

 少女は走った。走って走って走りまくった。そして、目の前の角を左へ曲がる。しかし、そこには道はなく、レンガ造りの巨大な壁によって、行き止まりになっていた。彼女は来た道を戻ろうとする。が、すでにそこには骸骨の死神が行く手を阻んでいた。

『ざぁんねんでぇしたぁ。これでもう終わりだな』

「い、いや・・・。死にたくない・・・・・・。」

 骸骨はけたけた笑いながら、じりじりと少女に近づいていく。

『お前は死ぬんだよぉ。安心しな。直ぐに終わるからなぁ』

「いや・・・! いや・・・! 誰か助けて・・・。誰かぁ・・・!」

『助けなんて来ねぇさ。だから・・・、さっさと・・・・・・、死ねやクソガキイイイイイイイイィイィイイイ‼‼』

「いやああああああああああああああああああああああああああ」

 頭を抱えて絶叫する少女の頭に大鎌が命中する――

「・・・・・・何してんの?」

 ――はずだった。

 突如投げかけられたその言葉で大鎌は狙いがぶれ、少女の頭上で壁に突き刺さった。もちろん少女は何が起きたか、未だに理解できず呆けている。対する死神は、その体をカタカタと揺らし、声のした方向へ振り向く。

『あぁ⁉』

その先には、果物などが入った紙袋を抱えた青年だった。彼は、袖口が大きい黒外套を身に纏い、全身には包帯が巻かれていた。顔にまで包帯が巻かれ、目にはクロス掛けした黒の眼帯を巻いていた。煙突のような黒い帽子を乗せ、膝まではあるであろう長い白髪をたなびかせていた。彼は、やれやれと首を横に振りながら、

「そんなに喧嘩腰になることないじゃないか。低能なのかい?」

『うるせぇ! 手前こそいったい何なんだ! せっかくの楽しみを邪魔しやがって!』

「いやいや。僕は通りかかっただけで、今から家に帰るところなんだ。邪魔だというならもう去るから好きにすればいいさ」

『ふん、初めからそれでいいんだ「しかしだ」・・・ん?』

 いきなり死神の言葉に割り込んだ青年は声を弾ませながら少女に向かって口を開く。

「君はいいとしても、そこのお嬢さんがなんて言うかによるねぇ」

『はぁ⁉ 何わけわかんねぇこと言っている‼‼』

「・・・え?」

「お嬢さんが望むのならこの状況をどうにかしてやらんでもない。しかし、それが君の望みかわからない。だから君の口から言いたまえ」

「私の・・・望み・・・?」

「そう、望みだ。ここからは僕の持論なのなんだけどね?」

彼は荷物を持っていない腕を広げ、見上げ、仰ぐ。

「世界は不明で満ちている。全能な輩などいるものか。不明を愛すことでまた一つ自分を知ることができる‼ さあ、ここで質問だお嬢さん。君のその口は未知の運命という不明を掴むために叫ぶものなのかい? それともこのまま死を受け入れ、恐怖を残したまま泣くしかないものなのかい?」

「私は・・・・・・」

『黙れ‼ 今ここで死ぬんだよ、お前は!』

 叫びながら迫りくる大鎌を前に、少女は泣きながら叫ぶ。

「私は・・・生きたい‼‼ そのためならどんな力だって、どんな運命だって・・・変えてやる‼‼ だからお願い・・・私を助けて‼‼‼」

 大鎌が迫り少女が悲鳴を上げる。そして、その首元に届く瞬間、青年が口を開いた

「君の願い、聞き届けたよ」

 彼は左手を突き出し、死神に向かって指を指す。

 すると次の瞬間、青年の指が伸び死神を絡めとる。その指は、あらゆる動物の骨でできていた。

『おおおおおおおお⁉』

「僕の腕はありとあらゆる骨という骨が繋がってできていてね? 早い話、義手みたいなものさ。これは魔力を流すだけで、思いのままに動く。便利だろう?」

『き、さま・・・いったい何者だ⁉』

 少女は何が何やら分からず混乱していたが、たった一つだけわかった。

 青年が笑っていることに。獰猛に笑うのではなく、ただ静かに、穏やかに、儚げに笑っていた。

「僕かい? 僕はただの魔法使い。不明を愛するしがない魔法使いさ」

『不、明? ま、まさか・・・貴方様は・・・』

「周りは僕をこう呼ぶね―――“不明王”って」

『あ、あ、あああ、あああああああああああああ』

「またね。名もない幻想よ(シュリガ・デリ・メルクーガ)」

『やっ、やめ・・・あああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼』

 醜い断末魔とともに死神は塵になった。

少女はそれを見て、呆けていた。すると青年が少女の方を向き、歩き出す。すると少女は頭を抱え震えだした。自分もあの死神みたいになると思ったからだ。

「いや・・・」

「やあ、怪我はな――」

「痛くしないで・・・・・・!」

「いや、えっと――」

「いや・・・。いや・・・」

「あの・・・、話を―――」

「助けて‼‼」

「あ」

 大声で少女は助けてと叫んでしまった。すると、大通りの方からドタドタと走る音が聞こえてきた。おそらく巡回していた警備員だろう。

「! ヤバい!」

 即座に青年は紙袋を左腕に抱え、少女を右手でお姫様抱っこする。その一連の動きを一秒で完了させる。

「⁉」

「じっとしててくれ。――シェネイゼル‼‼」

 青年は大声で何かを呼ぶと、そのまま壁に向って走る。

 壁にぶつかる。少女はそう思い、目を閉じる。しかし痛みを感じず不思議に思い、目を開ける。すると、宙を浮いていた。青年は、杖に乗り空を飛んでいる。

「・・・ッ⁉ ・・・‼ ッ‼」

 バタバタと青年の腕の中で暴れる少女。だが、青年はびくともしない。

「大丈夫。慣れると楽しいから」

「降ろして下さい! 私をどうするつもりですか!」

「え~、今夜だけ家に泊めようと思ったのに・・・」

「はあ⁉」

「こんな真夜中だと、孤児院も開いてないよ」

「‼⁇」

「なんでそれを知っているかって? その話はあとで。さあ、くぐり抜けるからしっかり掴まって」

「⁉」

 青年は杖から飛び降りる。下は海だった。

「え⁉」

「さあ、行くよ・・・!」

 彼は右手で器用に共に落ちてくる杖を掴むと、海にその先端を向け、言葉を発す。

「下には空。上には地。我が世界にサリュンティヌスの銀時計を揺らすとき、その扉が開かれる。伴うは幽世の花と果実を。鍵にはメツァアクの天球時計を捧げる」

 奇怪な言葉を綴る彼。少女は不思議に思ったが、迫る海面に声にならない悲鳴を上げた。しかし彼は、落ち着いて最後の言葉を放つ。それは不思議と彼の周囲に響いた。

「本当は詠唱とか呪文とかいらないんだけど―――天球の下に集う宿り木(サリュメツァアク・ドアツリー)」

 海面に穴が開き、植物が落ちてくる彼らを抱擁するかのように広がった。穴の奥からは鳥の囀り声が響き、花が彼らを誘うように、舞い踊る。青年はその穴の中に飛び込んだ。穴の中は眩しく、少女は思わず目を閉じてしまった。

 どれくらい時間がたったのかわからない。しかし少女の鼻腔に花の香りが漂ってくる。すると傍にいたのか、青年が彼女の肩を優しく叩いた

「ほら、もう目を開けていいよ」

「えっ・・・?」

 少女が目を開けた。そして、目を見開いた瞬間、感嘆の声を漏らした。

 そこに広がっていたのは花や草木に囲まれ、星空がくっきりと見える大自然の中だった。周りでは小さな妖精たちが、光を帯びて舞い踊る。

 少女はすでに、その光景に目を奪われている。

「綺麗かい?」

「・・・はい」

「ここは、イギリスではあるがロンドンじゃない。ウェールズだよ」

「・・・へ?」

「・・・まあ、驚くのも無理はない。しかし事実だ。直ぐ近くに僕の家がある。今日は泊っていきなさい。話もその時にしよう」

「・・・・・・攫ったんじゃないんですか」

「まさか。あの時僕がいなければ間違いなく死んでいたよ、君」

「⁉」

「あ、見えたよ。あの家だ」

 青年が指を指したその家は、石造りでできた二階建ての家。庭はとても広く、野外テラスが設置されていた。少女はあまりのスケールの大きさに、口が塞がらなくなった。

「家の外見はあんな感じだが、中は正直言って僕でもわからない」

「それってどういう・・・」

「部屋の模様は彼(・)女(・)に任せてるんだ。家事が万能でね。それでいて美しい。僕にはもったいないくらいだよ」

「はあ・・・」

 少女は生返事で青年の言うことを聞き流す。

そんなこんなで家の前に着いた。青年はドアノブを回し、中に入った。少女も後に続く。

「シルフィア。いるかい?」

 彼は家のなかで、誰かの名を呼ぶ。すると手前の扉から一人の女性が出てきた。彼女は黒をベースとしたドレスを身に纏い、白の長手袋を着けていた。白く長い髪は一つに纏めて束ね、ゆったりとしたロングスカートと文句が言えないほどに、似合いすぎていた。彼女を始めて見た少女も、完全に心を奪われた。

「ただいま。今戻ったよ」

シルフィアはコクリと頷くと、そのまま走ってくる。そしてそのまま、青年に抱き着いた。

「・・・⁉」

「おやおや」

 少女は顔を赤くし、青年は慣れているのか頭を撫で始める。彼はシルフィアの頭を撫でながら、少女の方に振り向き笑いながら言う。

「彼女、一見クールな見た目しているけれど、物凄く甘えん坊でね。ギャップがあって面白いだろう? その上、家事が万能で本当に助かっているよ。アハハハハハハハハハハハハハ」

 絶世の美女が甘えているのに、一切物怖じしていない青年。すごいと思った彼女は、はっとして、ため息をつく。青年は少女を指さし、シルフィアに言った。

「早速だけど、彼女を風呂に入れてやってくれない?」                     

シルフィアはコクリと頷き、少女の手を引っ張る。為すがままだった彼女は、そのまま引っ張られていたが、次の瞬間、ばっとシルフィアの手を振り払う。そして青年を睨みながら、噛みつくように言った。

「貴方は・・・、いったい何者なんですか? それを聞かないと納得できません」

「・・・・・・やれやれ。そういうことは自分から名を言うものじゃないのかい?」

「・・・・・・分かりました」

 少女は目の前の青年を睨みながら、声に力を込めて口を開く。

「私の名は莉緒。柊(ひいらぎ) 莉(り)緒(お)です。十八歳です」

 その名を聞いた瞬間、少女――莉緒の眼には青年が獰猛に笑ったように見えた。しかし、包帯で口自体が隠れているので、その真意を明らかにすることはできない。彼は、身を屈めクックっとかすかに笑う。

「そうか・・・。君があの・・・。・・・・・・面白い」

「?」

「いや、何でもない。せっかく言ってくれたんだ。僕も言おう」

 青年は仰々しくお辞儀をし、杖を一回だけ床に打ち付ける。

「僕の名は、フィーリアス・アルディバート。ユーロ連合魔晶学院の魔法実技と神上王権説の教授をしている、ただの魔法使いさ」

「・・・それだけではないでしょう。教えてください」

「・・・さっきのは表の顔。本当の姿――この場合本性か。本性は、神の上に立つ二十名の超越者の一人。王会議第七席―――」



「―――不明王フィーリアス・アルディバートその人さ」

 莉緒はその名を聞いた瞬間凍り付いた。魔晶学院の教授というだけでも彼女にとっては孤児院育ちの彼女にとっては雲の上の存在だ。

 そこで彼女は聞くのをやめればよかったのだ。しかし聞いてしまった。

「お、王会議って・・・」

 莉緒のような者でも、分かる。神を超えてしまった超越者(・・・)達。二十名の王からなる王会議は神話の類だと思われていた。しかし目の前にいる。それも太古から存在する正体不明の王が。

 伝説でも記載されていた。王の中でも、異端がいると。その名が、不明王フィーリアス・アルディバート。眷属を多くは作らず、他の王とは別の次元に国を持つ変わり者。それが莉緒の目の前にいるのだ。

「・・・異端と呼ばれている貴方が何故ここに?」

「え? 君、自分が何者か分かっていないのかい?」

「え?」

 フィーリアスは顎に手を当てていたが、すぐに頷き顔を上げる。

「とりあえず、風呂に入りなさい。着替えはこちらで用意するから、ね?」

「・・・分かりました」

 莉緒はシルフィアに連れられ浴室に向かった。

 フィーリアスは彼女たちの姿が見えなくなると、その場にへたり込む。そして額に手を当てた。

「まさか無自覚だったとは・・・」

 参った参ったと首を振りながら立ち上がる。

「会議で報告しないとかな・・・明後日あるし」

彼は、莉緒たちが消えた浴室の方を見ながら、小さく笑う。

「柊 莉緒・・・、君はこの王たちに相応しい『花嫁』に選ばれている。偉大なる運命は君をどう選ぶんだろうねえ・・・」

 その声が誰にも聞かれず、消えた。

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