第25話 バッチ解決!

 案の定家にやってきたのは姪由良さん。

 石宮さんの言った通り、僕の人間関係はたかが知れていたようだ。


「で、なんでそんなに険悪ムードなの」


 シワを寄せ、堂々たる振る舞いを見せつける姪由良さんは組んだ腕とともにベッドに腰を下ろす。

 べつに注意するつもりはないが、若干伝わる首筋の汗ぐらいは拭ってから座ってほしいものだ。


「なんかこいつが昼間に僕と姪由良さんが飯食ってたことに勝手に嫉妬した」

「一言多い。というかあんたが仲間外れにしたから怒ってるんでしょ」

「だから仲間外れにしてないって」

「じゃあ私のこと呼んでくれても良かったじゃん!」

「こうなるって分かってたら先んじて呼んでたわ!!」

「喧嘩ねぇ……?帰ろうかな……」


 ため息混じりに肩を竦める姪由良さんはポツリと一言。

 だが、一応この話題は姪由良さんにも関係している。


 というわけで、ガシッと足首を捕まえた僕は帰らせまいと言わんばかりに睨みつけた。


「……帰るなって?」

「当たり前だ。僕らが和解するまで居てもらう」

「何年かかるのよ……」


 年単位で見られてるのは少々心外だが、正直長い目でみてくれたほうが有り難いのかもしれない。

 だって僕は初めての喧嘩。加え、僕に非はあまりないと来た。


 石宮さんも中々謝らないだろうし、少なくとも三日三晩は言い合いするんじゃないだろうか。


「で、澄香は私とこの男に仲間外れされたと思ってる……という認識でおっけー?」

「”された”じゃなくて”した”でしょ?そこ履き違えないで」

「……こっちもこっちでめんどくさそうね」

「めんどくさくないし!事実だし!!」

「事実じゃないんだよなぁ……」


 僕とは違い、姪由良さんはどことなくめんどくさそうな反応を示していた。


 やはり一度の恋愛経験があるだけでも肝の座りぐわいが変わるのだろう。


(僕ももうちょっと冷静に――)


 横目に石宮さんを見やれば、これまた鋭い睨みと視線が交わる。

 加えて『べー』っと出された舌は怒りを表すように真っ赤に染められていた。


「……勘違い娘が」

「はい?なに?喧嘩?いいよ買ってあげるよ」

「いいよ買えよ。いつでも勝負に乗ってやるよ」

「はーぷっつーん怒りましたー」


 能面のように無表情を手に入れた石宮さんはせっかく大人しく正座していた足を崩し、腰を上げたかと思えば僕の太ももをつねった。


「……いいよやってやんよ」


 ピクッと眉を動かした僕は、太ももにある手を払いのけるわけでもなく、目には目をと言わんばかりに石宮さんの太ももをつねってやった。

 そして付け加えるように、


「太ったか?最近食いすぎただろ」

「え、本当に殺されたい?てかそんなこと言ったらあんたも筋肉なさすぎでしょ。なっさけないったらありゃしない」

「筋トレしとるわぼけ。目ないんか」

「こっちのセリフですけど?陸斗くんが朝寝てるうちにランニングしてるんですけど?」

「それでこの肉かよ。どうせ垂れ乳だろ垂れ乳。ババアかよ」

「は?黙れよ短小!」

「見たこともねぇくせに勝手なこと言うな垂れ乳が!!」


 眉間に寄せられるシワが増え、太ももどころか頬までもつねり始め、僕達の喧嘩が悪化する一方、隣ではデカデカとしたため息が吐かれていた。


「……やばすぎでしょこの人たち。言いたい放題がすぎるでしょ。というか一周回って仲良すぎ」

「「仲良くない!!」」

「……あっそう」


 僕が『帰らせない』と念を押したおかげか、ベッドの上でため息を吐くだけの姪由良さんは腰を上げることなく、僕達の大喧嘩を見届けるだけ。


 と言っても、僕達の喧嘩は頬を抓り合っては『どうせ垂れ乳と一緒で腹も垂れてんだろ!』とか、『短小だったら器も小さいんだ!ダッサ!!」とか。

『見てないくせに!』と言い返してるのは良いものの、一応僕も男子だ。


 他よりも小さければ普通にショックを受けるし、べつに僕の器は広いし!

 ……まぁ、今日風呂のときにちょっとだけ測ろうとは思うけど。


 そんな言い合いを始めてかれこれ小一時間が経った頃。

 かつてこんなにも口を動かすことがあっただろうか。いや、絶対になかった。というかこいつもなかったのだろう。


 ゼーハーと息を漏らす僕達は、腕を捕まえる姪由良さんにされるがままにそっと距離を離した。


「もう言い疲れたでしょ。言い合いはおしまい。ここからはお互いの話を聞き合う時間です」

「……まだ言い足りません」

「嘘言わないの。というかずっと同じ言葉言い回してただけでしょ」


 ペチンっと後頭部をチョップする姿はまるで母親と娘のそれ。

 でも正直、言い足りた……と言われれば、『言い足りない』の答えを出さざるを得ない。


 でもまぁ、こんなに言い合ったら”なんで喧嘩してるんだろう”という感情が湧き上がってくるのも事実。


(これが俗に言う賢者タイムなんだろうか)


 そんな思考とともに呼吸を整えた僕は、おもむろに姿勢を正して石宮さんの目を見た。


「垂れ乳さ――じゃなくて、石宮さん。なにか言い分はありますか」

「え、ねぇこいつほんとにぶちのめしていい?」

「更年期か?それとも生理前か?どちらにせよ暖かくしろよ」

「は!?もうほんと短小が!どうせ早漏なんでしょ!?相手も満足させずに自分だけ先に至って2回戦もせずにすぐに寝るんでしょ!?はー!ダッサ!!」

「見たこともないくせによく言うわ」

「自分が早漏だから相手を絶頂寸前まで自慰させて、そのタイミングで入れて自分と同じタイミングで絶頂させるんでしょ?自分に自信がない男の特徴ね!ゴムもLサイズ買わずにM……いや、Sサイズ。そんなあんたに飽き飽きした彼女はLサイズのゴムをチラつかせる男のもとに行くんだよ!この早漏短小が!!」

「死ぬか?全然ボコボコにするぞ?」

「こっちのセリフよ最後の言葉ぐらい考えときなよ今のうちにね!!」

「はーいストップ!」


 僕達の言い合いを見かねたのか、体をねじ込ませてくる姪由良さんは各々の肩を押し出して静止。

 石宮さんに対しては穏やかだというのに、僕に対しては鬼の形相を向けてくる姪由良さんは男女贔屓でもしているのだろう。


「さっきも言ったでしょ!!これからはお互いの話を聞き合うターンなの!次煽ったらペナルティとして1土下座させるから!」

「「……はい」」


 今では最大の敵相手に土下座は絶対にしたくない。

 その意思だけは一緒らしい。


 肩を縮こませた僕達は、膝の上に拳を載せて司会者の姪由良さんの言葉を待つ。


「落ち着いたね?それならまずは岩永くんの言い分から聞くから、言いたいことがあるなら今どうぞ」


 手のひらを向けられると同時にやってきた僕のターン。

 ジッと目を見つめる司会者とは別に、「ふんっ」と不服げに顔を逸らす目の前の女にはペナルティがないのだろうか。


 目を細めながらも肩をすくめた僕は、口を開き――


「……いざこの状況になったら言う事ないな……?」


 これもなにか人間の特徴なのだろうか。

 突然『アドリブしろ!』と言われてもできないような、いきなり『この問題に答えてみろ!』と言われても答えられないような、そんな感覚。


 今の今までは頭の中で言いたいことが整理されていたというのに、いざその場面になった瞬間誰かに頭の中がぐちゃぐちゃにされてしまう。


 顎に手を添えて無言だったのが悪かったのだろう。

『意見なし』と捉えた司会者は、僕から目を逸らして石宮さんに視線を落とした。


「なにもないなら澄香に――」

「待て待て待て。あるから。あるからちょっと待て」


 グワッと姪由良さんの肩を捕まえた僕は、地球よりも何十倍も早いスピードで頭を回し、言葉をひねり出す。


「…………先に言ってくれたらこんなことにはならなかった」


 やっとひねり出した言葉だというのに、火力は大してない。

 なんなら声までもが小さく、司会者どころかディベート相手の耳に届いているのかどうかも怪しい。


 だが、どうやら僕の心配は杞憂で終わったらしい。

 ムッとシワを寄せた石宮さんは、司会者の許可も得ることなく口を開いた。


「……先に言ってたら喧嘩しなかったってこと?」

「そう、だな。うんそうだ。喧嘩しなかった。絶対に」

「開き直るのだるいね。というか、話す機会なかったのにどうやって話すっていうの」

「べつに難しく考えなくていいだろ。『私は仲間外れにされたくない』って言ってくれればそれで終わってた話だ」

「そんなのめんどくさい女じゃん」

「いや今更だろ。もう十分めんどくさいし、俺の家に入り浸る時点で相当だ」

「でもそんなめんどくさい女を受け入れたじゃん。だったら最後まで面倒見てくれないと困るんだけど?」

「傲慢かよクソ野郎」


 目は逸らさなくなった。とはいえ、言い合いが収まることのない僕達はいつの間にか前のめりに。

 レフェリーからの「Break!」という言葉が聞こえてやっと言葉を止めたが、悶々とした気持ちは中々晴れない。


「OK?Calm?」

「……落ち着いてる」

「OKOK」


 僕の感情を確認した後、次に石宮さんを覗き見て……小さく頷いたのを確認する。

 そうして小さく息を吸った姪由良さんは、大きな声で「Fight!」と口にした。


 べつに審判から攻守交代の合図がでたわけではない。けど、なんとなく今度は僕が聞く側だと思った。

 そしてその考えに至ったのは僕だけではなく、石宮さんも。


「昔親友だと思ってた友達に仲間外れにされた。だから仲間外れにされるのがトラウマなの。だから、めんどくさい女だけどちゃんと説明してほしい。私も輪に入れてほしい。私からはそれだけ」

「分かった。次からは説明するし、次からはちゃんと輪に入れる」


 思ったよりも淡々と事が運んだ今、『バッチ解決!』と親指を立てたいほど。

 だが、まるで僕の考えを汲み取ったかのように口を開いたのは、言わずもがなの石宮さん。

 どうやら彼女は、この喧嘩をここで終わらせる気はないらしい。


「で、今日はなんで私を仲間外れにしたわけ?」


 ピタリと動きを止めたのは僕だけではなく、レフェリー役の姪由良さんまでも。

 どうせ頭の良いこいつのことだ。良い感じに自分だけはどうにか石宮さんの標的から逃れようとしていたのだろう。


 だが残念なことに、石宮さんが睨みつけるのは僕と姪由良さんの2人。

 固唾を呑む僕は、おもむろに口を開いた。


「今日はなんというか……まぁ、うん。昨日の続きというかなんというか……」

「昨日の続き?もしかして私が陸斗くんのことが好きってやつ?なんでその続きを姪由良さんと2人でしてるの?」

「え待って?」


 グワッと体をねじ込ませてくるのは、もうすでにレフェリーを引退したはずの姪由良さん。

 その目には驚きが隠せないと言わんばかりの見開かれた眼。


 そして唖然とした口から言葉が続けられた。


「え、本人に言ってんの?『僕のことが好きなの?』って言ってんの?いや自意識過剰すぎでしょ。というか馬鹿でしょ。普通聞かないよ?」

「いや違うんだよ!これにはちゃんとした内容があってだな!?絶対に好きっていう確信があったんだよ!」

「いやでもこの状況を見るに振られたんでしょ?確信とかじゃなくて自意識過剰なだけじゃん」

「ごもっともなんだけどさ……!!」


 奥歯を食いしばる僕と、バカバカしく嘲笑う姪由良さん。そして、若干頬を赤らめる石宮さん。

 なぜさっきの今でその顔ができるんだよとツッコみたいところだが、今はこの嘲笑う女に僕の確信の理由を説明しなくてはならん!


 真剣な話が故に、無意識に姿勢を正した僕はジッと姪由良さんの瞳を見つめながら紡いだ。


「だって泊まりに来た初日に『陸斗くんなら触らせてあげてもいいよ?』って言われたんだぞ?んなもん好きに決まってるし、この前の遊びだってこいつから手繋いできたんだぜ?それも恋人繋ぎ!そんなもん好きじゃん!!そんなことされたら好きに決まってるだろ!?」

「最初のはハニートラップだろうけど、その後のは確かに勘違いさせるような……」

「いや最初のが決定的だったんだが?ハニートラップのわけがないだろ。ましてやこの女にそんな脳みそないだろ」

「うわあんた絶対彼女に求める条件で処女を真っ先に上げるでしょ。きっしょ」

「おいごら妄想がすぎるぞ」


 引きつる目尻に睨みを向ける僕とはべつに、なぜか怒りの眼差しを向けてくる石宮さん。

 狂犬のような表情をしているが、噛みつかれるわけでもないから一旦は無視。


 てか彼女に処女を真っ先に上げるのは男としての性だろ!!彼女は処女が良いだろ!!

 誰の男にも染まってない純白な体が一番好きなんだよ!!馬鹿にするな俺を!!


「キッショ」

「口に出してないから良いだろボケ……!!」


 これまたわかりやすく距離を置く姪由良さんにタンを吐く真似を見せつけた僕は、体に溜まった熱を放出するように息を吐いた。


「んでまぁ、そんなことされたから本人に聞いた。それで次の日も悩んでたから姪由良さんに相談した。そしたらこいつの元カレの話になってちょっと会話に花が咲いただけ」

「ふーん?そんなに悩んでた――って、え!?凜音ちゃんに元カレが居たの!?なんでその時に私呼んでくれなかったの!!」

「いやまぁこればっかりは申し訳ない。だから姪由良。今からもう1回話してやれ」

「はぁ……?絶対嫌なんだけ――」

「おまえの親友が悲しむぞー?あー可哀想に」

「…………あんた嫌いだわほんと」


 最後に睨みを残した姪由良さんは目を輝かせる石宮さんの隣に腰を下ろし、不服気にも……明らかに親の敵だと言わんばかりの眼差しを僕に向けながら話し始めた。


 もちろん、喧嘩のことなんて綺麗さっぱり忘れて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る