第24話 先んじて言えば終わること

 ◇ ◇



「ただいまぁ」

「ここは石宮さんの家じゃないが?」

「もうこんだけこの家に居たら私の家も同然でしょ〜?」

「ちげーよ」


 僕より多く講義をこなしてきたからか、どんよりとした顔が目立つ石宮さん。

 口調もいつもよりスピードが遅いし、大量のレポートでも出されたのだろうか?


 そんな疑問を抱えながらも、スマホに光を宿した僕はSNSを眺める。


 結局姪由良さんの話を聞いた後も色々考えてみたが、やっぱり僕は石宮さんのことは好きじゃない。

 でも、特別な存在として認識しているのは事実だ。


 言葉に表すならば、”親友”の立ち位置が一番近いだろうか。

 宏樹とはまた違った親友味が石宮さんにはあり、恋愛対象……としてはまだ見ていない。


 そして姪由良さんの話を元に色々と考えたけど、恋愛弱者の僕には正直なんもわからん。


「いやまぁそもそも相手は好きじゃないから付き合うとかそういう話はなぃんだけどさ……」


 苦笑交じりに言葉を吐き捨てた僕は……思ってた以上に集中していたらしい。


 いつの間にか覗き込まれた石宮さんの眉間にはこれ見よがしにシワが寄せられており、『質問してるんだけど?』と言わんばかりの怒りをあらわにしていた。


「……なんすか?」

「なんすかじゃないけど?私の話聞いてた?」

「聞いてたと言ったら?」

「聞いてないでしょ?って怒る」

「……だったら聞いてないと答えます……」


 先んじて答えを聞き出していたというのに、石宮さんのシワは薄れるどころか、堀が深くなるばかり。

 不思議と顔が近づいている気もするが、キスする気じゃあるまいな?


 疑問を抱く僕とは別に、ため息とともに顔を離した石宮さんは、そっともの悲しそうな表情で言葉を紡いだ。


「……なんで仲間外れにしたの」

「ん?仲間外れ?」


 予想打にしてなかった言葉に思わず首を傾げてしまう僕なのだが、


「はぐらかさないでよ!」


 そんな言葉とともにまたもや顔を近づけてくる。


「いやはぐらかすもなにも、仲間外れってなんだよ?僕がいつしたというんだ」

「昼だよ昼!」


 さらに近づけてくる顔は、本当に目と鼻の先。

 クイッと顎を動かせばキスをするような距離感だというのに、この乙女は微塵の照れも見せない。


 やはりこいつは僕に対して1ミリの『好き』という感情がないんだろうか?

 もしかしたら、『仲間外れ』という言葉に一生懸命になりすぎてこの距離感なんて気にしていないのかもしれない。

 が、僕が気にするのは事実。


 グイーっと石宮さんの肩を押しのける僕は、首を傾げながらも言葉を返してやった。


「MINEにも送っただろ?『昼は別の人と食べる』って」

「一緒に食べたの凜音ちゃんじゃん!凜音ちゃんは私の親友なんだよ!?その親友と!2人で!ましてや私に隠してご飯食べるってどういうことなの!仲間外れにしないで!!」


 頬を赤くし、ブンブンと腕を振り下ろしてくるそれは、決して照れ隠しなんてものじゃない。

 今の今までに石宮さんの怒った姿を拝んだわけでもないが、なぜかよく分かる。


 ――僕は、石宮さんの逆鱗に触れてしまった。


 だからといってどうこうすることもできずに唖然とする僕は石宮さんの攻撃を防ぐだけ。

 べつに痛くも痒くもないのだから防御をする意味もない。けど、人間の本能的なものなのだろう。


「べつにボッチ飯は良いんだよ!高校時代では便所飯経験したし!友達の1人も居なかったし!けど!仲間外れにされるのだけは嫌なの!!」

「…………すまん」


 ポツリと出た言葉は本心だ。

 心の底からの謝罪だし、心の底から申し訳ないと思っている。


 けど、もう一つだけ言いたいことがある。

 同じく心の底からの言葉。


「……でもさ、それ……元々言ってくれてたらよかったくね……?」


 なぜ僕だけが悪いようになっているのか。

 なぜ僕だけが守りに入らなければいけないのか。

 なぜ僕だけが責められなければならないのか。


 僕が鈍感なだけなのか、僕が馬鹿なだけなのか、はたまた童貞だからか。

 どうしても僕だけの責任には思えない。


 だからこその言葉だ。

 だからこそのセリフだったというのに、目の前の少女はまさか言い返されるとは思っていなかったらしい。


 まんまるにした瞳は僕を睨みつけるわけでもなく、ただ無言。

 振りかざしていた拳たちは動きを止め、宛もなく空中を彷徨う。


「……だ――」


 タイミングが良かったのか悪かったのか。

 部屋に響き渡るのは、ロビーを通せと言わんばかりのうるさいインターホン。


 慌てて口を閉ざした石宮さんは腰を上げ、慣れたような足取りで相手の声も聞くこともなくロビーの扉を開けてしまう。


「……勝手に通すなよ」

「どうせ凜音ちゃんでしょ」

「なんで分かんだよ」

「この家に来る人なんてたかが知れてるから」


『僕に失礼だろ』


 そんな言葉が言えたなら、この会話たちも冗談で終わらせていたのだろう。

 けれど、口から……いや、その言葉にすら頭が到達しなかった今、多分僕の脳内はかなりの怒りに満ち溢れている。


 断言しよう。

 僕は今、人生で初めて人と喧嘩をした。


 それも、絶賛よく分からない関係上に居る女性と。しょうもない理由で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る