「ごちそうさま」は、言わせない。地獄のフルコースを、あなたに。
志乃原七海
第一話:浮気したらどうなるか?教えてあげる.最後の晩餐!
浮気したらどうなるか?教えてあげる
最後の晩餐
度重なる夫の浮気に、私の心はとっくに壊れていた。それでも、最後のけじめはつけなければならない。リビングのテーブルには、互いに判を押した離婚届が静かに置かれている。テーブルを挟んで向かい合う私たち。これが、夫婦として過ごす最後の夜。
「いよいよ、最後の夜になるわね」
「…そうだな。お別れだ」
夫の顔に、後悔の色は見えない。ただ、面倒な手続きが終わるのを待っているだけ。そんな彼に、私は精一杯の笑顔を向けてみせた。
「わたし、最後の夜だから奮発して料理を作ったの!ね?一緒に食べましょう?」
テーブルには、これでもかと夫の好物ばかりが並んでいる。肉汁溢れるハンバーグ、黄金色の唐揚げ、濃厚なビーフシチュー。
「ああ、すまないな」
意外そうな顔をしながらも、夫は嬉々としてナイフとフォークを手に取った。
(内心、これから別れる浮気夫に、まともな料理なんか作るわけないじゃない)
「いただきまーす」
そう言って、夫は大きな口でハンバーグを頬張った。その咀嚼音だけが、部屋に響く。
あっという間に皿を空にした夫は、満足げにお腹をさすった。
「あーあ、食った食った! しかし、そういえばさ…」
夫は少し首を傾げ、まぬけな顔で私に尋ねる。
「なんか、変わった肉だったよな? どこの、なんの肉なんだ?(笑)」
「え? わからないの?」
私の問いに、夫は「わかんないよ!教えろよ!」と無邪気に笑う。その笑顔が、私の心を冷たく凍らせていく。
「聞かないほうがいいわよ。知らないほうが、あなたは幸せでいられる」
「なんだよ、それ!もったいぶるなよ、教えろ!」
しつこく食い下がる夫に、私はゆっくりと、言い聞かせるように口を開いた。
「そう…。わかったわ。教えてあげる」
私はすっと立ち上がり、リビングの隅にあるタンスを指さした。その上には、姑と舅が満面の笑みを浮かべた大きな写真立てが飾られている。
「あれよ。タンスの上の、彼の実家で撮った家族写真…」
夫の顔から、さっと血の気が引いた。椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、震える声で叫ぶ。
「まさか! まさかお前! 実家の両親を手に掛けたのか!? なあ?!」
ガタガタと震える指で私を指さす夫。その必死な形相に、私は静かに首を横に振った。
「あら、どうしてそんな恐ろしいことを考えるの? 私が、あなたのご両親にそんなことするわけがないじゃない」
私はタンスに近づくと、その写真立ての裏にテープで留められていた、もう一枚の写真を取り出した。
「私が言ったのは、こっちの『家族写真』よ」
そこには、満面の笑みで若い女の肩を抱く夫と、その足元で尻尾を振る一匹のゴールデンレトリバーが写っていた。あなたが私に隠れて、あの女と築こうとしていた、新しい『家族』。
「あなたが『新しい家族だ』って、友人たちに自慢していたそうじゃない。この子、とても人懐っこくて可愛い犬だったわ。……捌くのは少しだけ、胸が痛んだけれど」
「ぐぇーっ!!!おぇぇええっ!!」
喉を引き裂くような叫びと共に、夫はテーブルに突っ伏した。胃の中身が、逆流する灼熱の奔流となって口から溢れ出す。
「レ、レックス…!ごめ…ごめん…!おぇっ!」
彼は椅子から転げ落ち、床をのたうち回った。その無様な姿を、私は腕を組んで静かに見下ろす。
「あら、悲しむのはまだ早いわよ」
エプロンのポケットから、ハンカチに包んだ小さな何かを取り出す。
「ペットだけな、わけないでしょ?」
ハンカチが開かれると、そこには蝋のように白い一本の指があった。丁寧に施されたジェルネイル。そして薬指には、大粒のダイヤモンドが輝く指輪が、ぴったりとはまっていた。夫が、私との結婚記念日に「大事な出張だ」と嘘をついて、彼女にプレゼントしたものだ。
「オマエー!!!!!!」
獣の咆哮を上げる夫に、私は心底軽蔑したように吐き捨てる。
「なによ。私には、安物の結婚指輪ひとつで済ませたくせにさ」
私はその指から、ダイヤの指輪をゆっくりと引き抜いた。
「この指輪は、わたしがもらうわ。当たり前でしょう?(笑)」
そして、テーブルに置かれた離婚届を手に取り、彼の目の前でビリビリと細かく引き裂いた。紙吹雪が、彼の吐瀉物の上に舞い落ちる。
「さあ、これはもう必要ないわね。これからが、本当の『家族』の始まりよ。あなた?」
もう、あなたはどこにも行けない。一生、この食卓から。
「ごちそうさま」は、言わせない。地獄のフルコースを、あなたに。 志乃原七海 @09093495732p
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