エピローグ
夜、はるかを寝かしつけた後で、健一は隣家の優子と凌の家を訪れた。
優子の右手を元に戻す儀式をするためだ。
2階の居間で、凌と優子、そして健一が、テーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
テーブルには、健一が持ってきた水晶玉が、小さな座布団の上に置かれている。
「で、どうすればいいんだ?」
凌が尋ねると、健一は、「そのまま座っていてくれ」と言った。
「すぐに終わる」
健一は、おもむろに水晶玉に片手をかざした。すると、白く光る玉が水晶玉から現れ、健一の手に収まった。
その一瞬後、「ピシッ‼︎」と音を立てて、水晶玉に細かく複雑なヒビが入った。
凌は眉をひそめた。
「なんだ、それは」
「これは……まぁ、俺の元気をためたものだと思ってくれ」
健一が簡単に説明すると、凌は言った。
「それを優子の右手に与えるというわけか」
「そうだ。優子、右手を出してくれ」
健一の指示に従って優子がテーブルの上に右腕を置くと、健一は、持っていた光の玉を優子の手の甲に置き、上から押しつけた!
光の玉は優子の手に徐々に吸収されてゆくように見えた。手が優子の手の甲に触れたところで、健一は手を離した。
「終わりだ。動かしてみてくれ」
2人が見守る中、優子は、感触を確かめつつ、慎重に力を込めた。
指が……動く。
優子と凌は歓声を上げた。
「動いた‼︎」
「おお! よかったな、優子‼︎」
一方、健一は、心配そうに優子の右手を見つめている。それに気がついた凌は、健一に訊いた。
「なんだ? どうした。何か心配なことがあるのか?」
「…………」
健一は眉間に皺を寄せた表情をピクリとも動かさない。
と、その時、優子は異変を感じ取った。徐々に指が動かなくなってきたのだ。
「ど、どうした⁉︎」
「動かなくなってきた〜」
優子が胸の前に挙げた右手は、やがて、動きを止めた。
「……すまん」
健一は頭を下げたが、凌は我慢がならないようだ。
「おまえなあ! いくら実験にしても、短すぎるぞ!」
「凌、いいんだよ!」
優子は慌てて凌を制止した。そして、続けて健一に向かって、言った。
「健一さん、気持ちは嬉しいけど、私はこのままでいいんです。このままで」
「いや、俺が力不足なばかりに」
なおも謝ろうとする健一に、優子は微笑み、それでいて有無を言わさぬ調子で、言った。
「いいんです、このままで。ね?」
健一には抗う術もなかった。右手は凌にあげたんだからいいんだ、と、そう言っているのだ。
「……そうか。わかった」
「もう慣れちゃったし。こう見えて意外と便利なんですよ。ほら」
そう言って、優子は左手で右手を動かし、しっかりとコップをつかませると、右手で持ち上げてみせた。
「指の形を一度作ると、そのまま動かないんですよ。おもしろいでしょう⁉︎」
「…………」
「やめてやれ。そんな冗談で笑えるか」
凌にたしなめられて、優子は肩を落とした。
と、思いきや。優子は右手を操作したかと思うと、「あ、握手しましょう! 握手!」と言って、健一の手を無理やり握った。
ブンブンと腕を上下に振るわれる腕を左手で留めて、健一は言った。
「俺の勝手につき合わせたのに、ありがとうな」
「それを言うなら、私の勝手でもあるんですから、気にしないでください。それに、本当に、強がりで言っているんじゃないんです。けっこう、気に入っているんです」
さらっと語られた言葉だったが、凌は聴き逃さなかった。
「私の勝手? 私の勝手って、どういうことだ?」
優子は「しまった!」とばかりに口元を覆ったが、次の瞬間、舌をペロリと出して、ぬけぬけと言い放った。
「さあて、何のことでしょう……あっ、大変、もうこんな時間!」
「お、おい!」
優子は、階下へと走り去ってしまった。
残された凌は、健一をにらみつけた。
「おまえ、何か知ってるだろう。言ってみろ」
健一は、脇の下に嫌な汗が伝うのを感じつつ、
「優子が言いたくなるまでは待ってやってくれ。じゃあ、な!」
と言って、優子と同様、階段を駆け下りた。
1人になった凌は、自分の体を見下ろして、ぼそりとつふやいた。
「……まあ、いいか。ふたりとも、ありがとうな」
健一が布団に入った時、珍しく、はるかは目を覚ました。
はるかは、ふといたずら心に駆られて、父が寝静まるのを待った。
父の寝息がゆっくりになるのを見計らい、布団を出、父の枕元に近づくと、指で輪を作って耳に当て、そっと父の頭に当てた。
「ふふっ」
いたずらっぽく笑うと、満足した様子で、はるかは再び寝床に入った。
小さな世界2 亥年の魔法 すずきりょう @midgenasia
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます