使用記録【線】

クフ

使用記録【線】

俺わかったんだよ。人間って定期的に死んでる。俺が覚えてる中で一番最初に死んだのが、小学生のとき暗い夜道でライトもなしに自転車走らせて、人にぶつかって道路に投げ出されたときだ。いやなんでライトなしだったかって、ハンドルの付け根のとこ、ライトのスイッチを手動で操作できんだけど、あれオンにするとペダルが重くなるんだよ。で、投げ出されたあと、ちょっと小さめな白いトラックが俺の目の前まで来て、止まった。あれもしかしたら止まってなくて、死んでたんじゃないかって、普通思うだろ。でも俺はそんなに深く考えるタイプじゃないからさ、そのまま生きちゃった。それで次に死んだかもって思ったのは、大学時代、新宿までバイトに行った帰り。帰り八時くらいでさ、優先席の前で身を縮めて立ってたんだけど、電車のつなぎ目に変な男がいたんだ。発車寸前にソイツがいきなりドア開けて出てきたかと思ったら、優先席の上の棚にデッカいバッグ置いて、またつなぎ目に戻ってったんだよ。俺の隣にいたおばさんはそれ見て何を察したか、「すみませんすみません」って、人の山の中を掻き分けて出てっちゃったんだ。今思うとあれ、確かに「決断」の瞬間だったよな。でも俺は「んなまさかぁ」っていう、割と現実主義な考え方だったからそのまま乗り続けたんだ。結局何も起こらなかったけどさ、俺あのとき毒ガスか爆発かで死んでたんじゃないかな。

 でもこれだけじゃ偶発的な出来事の羅列。俺もみんなも法則性が欲しいんだ。だから俺、その二つはたまたま覚えてただけで、他にもたくさん区切れの死を経験してるかもしれないって考えた。ていうかみんな考えるよな?飛行機乗るときも、新幹線乗るときも、ロサンゼルスの地下鉄乗ったときも、ハリー・ポッターのアトラクションに乗ってる間突然止まったときも、あれ乗り物が多いな。コンセントの穴に金属棒突っ込んだときも、学校で火事が起こったときも、山の中で迷子になったときも、間一髪セーフだったように見えて、実は全部死んでるんじゃないかって。今、俺のいるここは死後の夢。いや夢の夢の夢の夢の…夢。そんなふうに夢の重なりを考えた。でもそうしたら、この夢の列ってのは一体どこに向かってるんだろう。内か?外か?そしたら「本当に死んだ」ときは、一体どういう状況なんだろう。そもそも方向なんてあるか?

 で、俺は仮に、最初の現実を"点"として置いた。最初の現実ってのはつまり、俺がこの世に誕生してから最初に死ぬまでの期間のことだ。もしかしたらまだ上手く泣けなくて、そのまま母親の隣で死んでたのかもしれない。あるいは胎児の状態で一回死んでるのかも。ともかくそこを起点にする。それでさ、一次元の点があったら、次は二次元の線が出てくるって考えるのが自然だろ?そう線が出てくる。死後の夢の線だ。生まれたばかりの「俺」は一回死んだから、次にその線の上に立つ。それで二回目に死ぬまで生きる。二回目に死んだらどうなるかって?今度は隣の線に飛び移るんだよ。いや説明が難しいな。まあだからあれだ、死んだ自分の夢の線はそこで終わって、死ななかった自分の夢が別の線の上でまた始まるってこと。夢は重なってるんじゃなくて、横に並んでる。いいか?じゃあ花火を想像してみろ。中心から放射状に点線が全方向に飛び出してるだろ?俺らは死ぬごとに角度を変えて、どんどん次の位置の線に飛び移ってくんだ。ただ、それほど単純でもない。なぜって、死んだその続きからスタートするわけだからな、放射線の長さは全部一緒じゃない。俺の頭の中の構造だと、角度が変わるごとに線の長さが伸びる。元々生きてた分の長さは記憶として仮の線になって、その続きから実線として死後の夢が始まる。……だから、イメージとしては花火より銀河の渦の方が近いかもな。

 でも最初から銀河の形してるかっていうとそうじゃない。点から始まり、線が伸びる。死の局面に達すると、隣の線が「ちょうどその時に」生成されるんだ。仮に俺らの行動を監視してるヤツがいるとしたら、ソイツが「あ、君今死んだね」って言って、その横に夢の線を作り出す。その人が死ななかったバージョンで、夢の続きに押し込むんだ。

 じゃあどれくらいの角度を持って次の線を生成してるんだろうなって、みんな思うだろ。元々決められてるのか、それとも自分たちで決められるのか。賛否あるだろうけど、俺は「元々決められてる」派。でも全部の角度がそうってわけじゃない。あくまでも初期角度が個体によって決まっているというだけ。そこから鋭角にするか鈍角にするかは…あえて言おう、その個体の「選択」の数が関わってくる。次に死の局面が訪れるまでに、お前は何回自分の意志で選択したか?その数が多いほど鋭角になるし、少ないほど鈍角になる。まあ、逆でもいいけど。なんでいきなり選択の話になるかって、「決められてる」だけだと面白みが生まれないからだよ。初期角度は決定されてる。けどその角度を広くも狭くもできないってんじゃ、何か面白くない。いや、そんなもんだよ俺。自分に都合良く考えたいし、それと同じくらい都合悪くも捉えたいんだ。その俺の都合の良さに沿って考えるとだな。初期角度は決まってても、選択した数だけそこから角度を小さくできるんなら、人生に希望ってものが生まれるんじゃないかと思う。鋭角、つまり線と線の間の角度が狭いほど長生きするようになってて、限りなく円に近く、線をびっしり詰め込めたヤツが、「肉体の限界ギリギリまで生きた」ってことになる。いわゆる老衰。老衰の上位互換があるのかは知らないけど。

 なぁどうだろう、自分の意志で肉体の限界ギリギリに向かう方法、これだけだと思うか?今、線と線の角度を小さくすることはできるって言っただろ。そしたらさ、今いる夢の線を引き伸ばすことはできるのかって思わないか?つまり死の局面を上手い具合に避けて、「あ、君今死ななかったね」って監視者が見逃してくれることはあるのか。俺は特定の条件下ではあると考えてる。さっきの電車から逃げたおばさんの話思い出してほしいんだけど。そう、あのおばさんはさ、本来なら俺たちと一緒に毒ガスか爆発に巻き込まれて死んでたかもしれなかった。でもギリギリんところで「私は逃げる」って決断したから、本来の死を避けることができた。俺はあの瞬間が、別の線に飛ばないで、今いる線に踏みとどまったときだと思ってる。それでもまだ突っ込めるとこがあるよな。そのおばさんがもし「死を察知していたわけでなかったら」。つまり、たまたま電車間違えちゃって、ギリギリのとこで降りただけなんだとしたら。それは「避けられてない」、あるいはその人にとっての予定された死の局面ではないということになると思う。俺の言う特定の条件ってのは、だから「死を意識して能動的に避ける選択ができたか」なんだよな。仮に死を意識できたとしても、何も決断しなければ終了。決断したとしてそれが誤りだったら終了。突発的な事故とか災害とか、そもそも決断の余地が与えられない場合も、例外なく終了。なら電車のホームから飛び降りようとしてそれを思い留まった場合は?微妙だけど、タイミングによってはアウトかもしれないし、逆に死の局面と見なされてないかもしれない。俺も一回試そうとしたことがあるんだよ。でもそれって別に、明確な意識を持って「死のう」と思ったわけじゃない。ここから飛び降りたらどうなるんだろって…まあ全校朝礼のときに大声出したらどうなるんだろうっていう侵入思考だな。それが行動一歩手前、いやゼロ歩目まで行ったという話で、実際はただ線路を見下ろしただけなんだ。ああいうのは違う。でも、もしそこから身体を乗り出して、電車の顔がすぐ近くまで来てたら、俺はそのとき線を消費してたのかもしれない。

 まあ曖昧だよな。実際はもっと無慈悲で理不尽で容赦ないだろ、世界って。誰にとっても。だから俺のこれは単なる希望的観測に基づいて妄想を構築しただけであって、聞き流した方がいいシロモノだと思う。でもさ、今こうやってるとそんな妄想したくなっちゃうんだ。そもそも今が何なのかってことからかな。いつ、とかじゃない。なんか真っ暗でさ。デッカい音が俺の体の中で響いてたんだけど、そこから感覚がわかんなくなったんだ。あの…走馬灯っていうの?が巡り始めて、あ、俺何回も死んでたのかもしれないって思った。変だろ?普通、家族とか愛しい人とかが出てくるって言われてんのに、思い出したのが顔もわからないおばさん。俺ってばホントにしょうもなくて、しょうもないことをウダウダ考える俺の頭がどうしようもなく愛しいんだろうなって思う。本当はいろいろ決断したかったのに、その頭のせいでやめちゃうんだ。ホントに、決断とか選択とかって何なんだろうな。俺ずっとそれ考えてた。けどもう考えを試す場所も、線も、なくなっちまった。

 なあ、俺のこれって、残響なのかな。俺が今どこで考えてて、「俺」っていうのがどこから発生したのか。ふと思うんだよ。思ったのが誰なのか覚えてないんだけど。考えるヤツって、考える自分が中心だと思ってるけど、本当はソイツの制御下にない構造から生まれた、副産物なんじゃないかって。俺?はようやくそこから抜けて、ソイツを外から触れるようになった気がするんだ。あっちの方に綺麗な銀河が見えててさ。ほら、あれがきっとソイツの「生きた構造」なんだよ。別に全然壮大なんかじゃないけど、線の間がピカピカ光ってて、精緻で、なんだろうな…ホントに、綺麗なんだよ。それで今は、そこから離れて別のとこに行こうとしてる。方向とかはよくわかんないけど、「そっちに行けよ」って誰かに言われて、そうしてるんだ。そこにまた点があるって、ソイツが言う。

 そこにたどり着く前に言っておく。この残響がどこから生まれたのか、とか、そういうのを考えるのはお前たちの仕事だからな。お前ってのが誰かも、お前が考える。選んで、もがきながら死んで、別の線に飛び移りながら、お前がどこから来たのかずっと考え続けるんだ。記憶はいつかなくなるけど、思い出すためのポケットは世界が用意してくれてる。何もそんな難しいことじゃないさ。つらいかもしれないけど、難しくはない。生きるって、だいたいそんな感じじゃないか?

 何だかわからなくなったな。わからなくなったとしても、またしょうもないことを考える。そんな予感がして、終わって、始まる。

 この線の使い方、どこかに書いといてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

使用記録【線】 クフ @hya_kufu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る