第18話
翌朝、校門をくぐった瞬間から、悠真の足取りは重かった。
昨日の夜、咲から届いた短いメッセージ。
『明日、少し話せる?』
その一文が、今も胸に突き刺さっている。
咲はどんな気持ちで送ってきたのか。
怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも――。
考えれば考えるほど胃が締めつけられる。
授業中も、黒板の文字はぼやけて頭に入らなかった。
周りのざわめきも遠くに感じられる。
ただ時間だけが進んでいき、やがて放課後のチャイムが鳴り響いた。
「……蒼井」
教室を出ようとしたところで、咲の声が背中に届いた。
振り返ると、彼女は扉の前に立っていた。
その瞳は真剣で、けれどどこか怯えているようにも見える。
「ちょっと……屋上、行こう」
逃げ場のない言葉だった。
二人並んで階段を上がり、屋上のドアを押し開ける。
冷たい春風が吹き抜け、制服の裾を揺らした。
校庭のざわめきが遠くに聞こえ、二人だけの空間が広がる。
しばらくの沈黙のあと、咲が口を開いた。
「……昨日、見たの。白井先輩と、悠真が一緒にいるところ」
その声は震えていたが、言葉は刃のように鋭かった。
悠真の心臓が一瞬止まる。
否定の言葉が喉まで出かかったが、咲の真剣な瞳に射抜かれて、声を失った。
「……なんで黙ってたの?」
俯いたまま問う咲の指先は、小さく震えている。
感情を押し殺しているのが伝わってきた。
「俺は……」
必死に言葉を探す。
けれど「紅葉に告白された」なんて言えるはずがない。
それを言えば、咲をさらに傷つける。
「……俺は、何も……」
曖昧な答えしか出せない。
そんな自分に、嫌悪感が込み上げる。
咲は顔を上げた。
その瞳には涙が滲んでいた。
「……悠真が誰を好きでもいい。でも、嘘はつかないで。……幼馴染だからって、私には黙っていいって思ってるなら、もうイヤだから」
声が震え、涙が頬を伝った。
咲がこんな風に泣くのを、悠真は初めて見た気がした。
胸が締めつけられる。
手を伸ばしたい。涙を拭ってやりたい。
けれど、それすら許されない気がして、動けなかった。
「……咲」
かろうじてその名を呼んだとき、屋上のドアが音を立てて開いた。
振り返ると、そこに立っていたのは――紅葉だった。
夕日を背にした彼女の姿は、まるでこの場を壊すために現れたかのように見えた。
春風に揺れる三つの心 カロリー爆弾 @karori-bakudann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。春風に揺れる三つの心の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます