8月34日
ねむるこ
第1話 8月34日
今日は8月34日。
この世界でただひとり。私は夏休みを続けていた。
容赦のない日差しは夏を終わらせてたまるかと言っているみたいで。
今の私みたいだなと思った。
お陰でこうして夏休みを続けることができている。
机の上には終わった宿題と終わらなかった宿題が放置されていた。
今後やるつもりは一切ない。
昼間からワイドショーや動画サイトを観て過ごす。それもちゃんと観てるわけじゃない。ただ映像を流すだけ。
静寂に心が殺されてしまわないように。
わざと賑やかな人の声や音楽で私の周りの空気を満たしてる。
何の生産性もない。無意味な行為。
うるさいなと思っていた蝉の鳴き声はもう聞こえない。
親から送られてくる「体調どう?」のメッセージを無視する。
友達から来る「大丈夫?」のメッセージにも既読が付けられないでいた。
こんなんじゃ誰も私の隣になんていてくれないだろう。
でも私の体は、脳みそは文字を打つのを拒んでいる。
私はこのまま一生ひとりぼっちで、そうして誰にも知られず消えていくんだ。
夏の太陽に焼かれて。
夏休みに殺されるんだ。
誰もいない、薄暗いリビングでのそのそと冷凍食品の中華麺を食べた。
味はするけど美味しくない。
8月12日ぐらいの時は美味しかったのに。
麦茶を飲んでため息を吐く。
夏休み前は何をしようかとワクワクしていたけれど、今は違う。
できれば何もしたくない。
できればこのまま人間、終わらせたい。
わたしはふらっと外に飛び出した。
太陽の容赦ない光線が私を殺そうと、狙いをさだめてくる。
もうどこにも行きたくないし。
勉強もしたくないし。
人にも会いたくない。
喋りたくない。
夏休みが始まった頃のワクワクした気持ちを思い出す。
好きな友達と好きな場所ではしゃぐ。
夜遅くまで起きていられる。
いつもより長電話できる。
夏にしか食べられないもの食べる。
夏休みの楽しかったキラキラとした出来事が、何もしていない今の自分の心をぐさぐさと突き刺した。
こうして私は夏休みに殺されるのだ。
視線を上げると、道の先に誰かが立っているのに気が付いた。
学校の制服を着た私の友達だ。
「大丈夫?」とメッセージを送ってくれた、あの子。
あの子はもう9月3日の世界にいるはずだ。
8月34日の世界にいるのはおかしい。
「ねえ。これからアイス食べ行こ」
どういうこと?あの子の夏休みは終わっているのに。
そんなこと、言うはずない。
「ほら!ここにいると暑いから……行くよ!」
あの子は乱暴に私の右腕を引っ張って歩く。
「私、新作の芋の味のアイス食べたい」
「じゃあ……私もそれにする」
日焼けしたあの子と目が合って、私は笑った。あの子も笑った。
「ついでにドーナッツも食べて帰る?」
「そんなに食べたら太るよ……」
目がくらむような青空の下。
私達を焼き殺そうとする夏の日差し。
だんまりだった蝉が鳴き始める。
今だけ私もあの子も8月34日の世界に生きる。
明日はきっと9月4日の世界で生きている。
8月34日 ねむるこ @kei87puow
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