11-3

 一緒にテスト勉強をする中で、夕映は俺に悩みを打ち解けてくれるようになった。

 親友の話もしてくれて、優奈のことを一緒に弔いに行った。

 俺にとってはまったく知らない人の弔問にだったけれど、夕映の大切な友達なので、嫌な気はしなかった。むしろ、夕映のことをもっと深く知るために必要なことだと思った。

 夕映は当時、優奈が死んでしまったのは自分のせいだと自分を責めていたけれど、優奈の両親と話すことでその気持ちを昇華させることができた。親友が亡くなったのが自分のせいだと思って生きてきた夕映はどれだけ辛かっただろう。彼女の苦しい過去を思うと、俺まで胸が締め付けられる想いがした。でも、優奈を弔いに行って胸のつかえが少しでもなくなったようで本当に良かったと思う。



 俺と出会って、夕映は少しでも前を向けるようになっただろうか。

 さすがに本人に尋ねるのは怖かったし恥ずかしいのでできなかった。でも、日に日に俺に向けるまなざしがやわらかくなるのを感じて、胸がときめくのを自覚していた。

 出会って間もないのに、彼女のことを好きになったんだろうか。

 初めての気持ちに、俺は動揺を隠しきれなかった。

 最初は同じ悩みを共有できる同志のような存在だったのに、気がつけば彼女に向ける気もちはもっとべつの、熱い桃色の感情に変わっていた。彼女に恋をしていると自覚した時、俺はもう彼女の顔を直視できないほどの恥ずかしさに見舞われた。と同時に、目の前の景色がぱっと虹色に輝き出す。

 誰かを好きになるって、こんなな気持ちだったんだ。

 まるで世界が自分のために生まれ変わったみたいに、色を帯び、輝きを増していく。

 道端に生えていて、普段なら気にも留めない花や、身体に馴染んだ真白湖の水面のゆらめきさえ、奇跡のように美しい。我ながらバカだとは思う。でも、冗談抜きでそれぐらい目に映る景色がすべて変わって見えた。



 そして迎えた潮風園芸公園デートの日。

 俺は、記憶を失って不安になっている彼女に、短歌絵画コンクールで一緒に一つの作品をつくろうと提案していた。彼女は小説を書くのが趣味だったようだが、最近は記憶のせいで書くこともなくなったらしい。短歌なら、短い言葉でつくるのであらすじなどの設定を覚えられなくてもつくれるのではないかと考えたのだ。

 潮風園芸公園で白ユリと海のコントラストを目にした時、これだ、と思った。

 あいにくの雨で大変だったけれど、傘をさして夢中になってデッサンをした。

 思った以上に筆が進み、このままいけば自分史上最高の絵が出来上がりそうだという確信めいたきらめきを感じた。

 

 でも……隣に座っていた夕映と会話する中で、彼女が優奈の弔問に行った記憶を忘れていることに気づく。コンテストで落選する未来の記憶まで見てしまい、辛そうにあえぐ夕映。

 そこから彼女の様子がおかしくなった。

 とても苦しそうな顔つきに変わり、デートはそこで中断することになった。

 心配でたまらなかったけれど、俺には彼女がまた前を向いてくれるのを待つことしかできない。どうしようもない不安に襲われながら、夕映を信じて待とうと誓った。



 そして、それから少しして夕映が「用事がある」と言って俺の誘いを断った日。

 数日の間、彼女から会うことを拒まれていたので心配していた俺は、彼女の自宅の近くで、彼女が外出から帰ってくるのを待っていた。

 ストーカーのようで気持ち悪いという自覚はあったけれど、その日は妙な胸騒ぎがしていた。実は、保健室登校を終えて校舎から出る際に、澪が珍しく俺に話しかけてきた。「綿雪さんに話しちゃった。ごめん」と謝るだけですぐに俺の前から離れていった。何を話したのか瞬時には理解できなかったけれど、もしかして俺の記憶喪失の原因についての話かもしれないとピンときた。俺自身はその時のことを覚えていなかったので両親から他人事のように聞いた話しか知らない。だから澪が夕映に中学時代のことを話したのだとしても正直それほど嫌だという気にはならなかった。他人のことをさらに他人に話されたってノーダメージだ。

 でも、その話を聞いて夕映がどう思ったのかということだけは気になった。

 夕映と話がしたい。

 デートの日以降避けられているという自覚はあったけれど、どうしても彼女の声を聞きたかった。だから俺は彼女の自宅付近の横断歩道のそばで、彼女の帰りを待っていた。

 夜遅くにやってきた夕映はどこか様子がおかしくて。

 嫌な予感がすると思ったのと、青信号で彼女が歩き出した時に、突如車が突っ込んできたのは同時だった。

 俺は瞬時に陰から飛び出して彼女を突き飛ばした。一瞬の出来事で、どうしてそんなに早く身体が動いたのかも分からない。とにかく夕映は歩道の方へと倒れ込み、代わりに俺は自分の身体に今まで味わったことのない衝撃と痛みを受けた。その場で意識を失い、次に目覚めた時には中学時代の記憶がすべて戻っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る