幕間 私の親友

4.5

伊坂いさか優奈と出会ったのは、中学一年生の春のことだった。

 小学校まで、別の地域に住んでいた私は、中学から新しい土地で暮らすことになった。大体の中学校はそうだと思うが、中学では近隣の二つの小学校の出身者が集まる。だから、中学一年生の春、私以外の周りのみんなはたいてい小学校からの馴染みの友達がいた。ひとり、引っ越してきたばかりの私は、教室で身体を縮こませて、周りのみんながグループで輪になって話すのを遠くから眺めていた。

 中学三年間、友達ができるのかどうか不安でたまらなくて、進学早々心が折れかける。

 そんな中、出席番号順で座っていたいちばん後ろの席から、ひとりの女の子が私のもとにやって来た。


「綿雪さん」


 さらさらのストレートの黒髪と、溌剌とした話し口調が特徴の伊坂優奈ちゃんだった。

 突然話しかけられた私は面食らい、「えっ」と挙動不審な態度をとってしまう。


「あれ、違った!? 綿雪さんやなかったっけ?」


 私が驚いた顔をしていたからか、あたふたと慌てた素ぶりを見せ始める。


「いや、綿雪だよ。ごめん、名前を覚えてもらってることにびっくりして……」


「わー良かった。名前、呼び間違えたのかと思って。それってめちゃくちゃ失礼やんって」


 朗らかな声が響き渡る。ほっとした様子の伊坂さんを見ていると、なんだか胸をくすぐられたみたいにこそばゆい。


「伊坂さん、だよね」


「そうそうー! なんだ、綿雪さんだって覚えとーやん!」


「出席番号が、女子で一番だったから」


「それなら私だって。出席番号が最後の綿雪夕映ちゃんって覚えたっちゃん。しかも、名前の字面がとっても綺麗で、惚れちゃった」


 惚れちゃった、と愛らしく笑う彼女の表情がコロコロと鈴を転がすように変わっていく。

 ……かわいい。

 顔が美人とか、特別かわいいとか、そういう類のかわいさではない。

 元気で明るくて、愛嬌がある。こんなふうに、私もなってみたいなと密かに憧れを抱いた。


「伊坂さんの名前もすぐに覚えたよ。ほら、有名な小説家と苗字が一緒だから」


「え、夕映ちゃん、小説読むの!? 私も好きなんだー! 小説読む人ってそんなにいないから嬉しいっ」

  

 いつのまにか「夕映ちゃん」と呼び方が変わっていることにドキリと胸が高鳴る。


「う、うん。部活も、文芸部に入ろうかなって思ってて」


 実は、小学校の頃から、ほんの少しではあるが小説を書いていた。でも、そんなことは家族にも、小学校時代の友達にも、誰にも話したことがなかった。


「え、そうなんだ。文芸部かぁ。考えてなかったけど面白そう。私も入ろっかな」


「伊坂さんも、小説を書くの?」


 小説を読む人は少ないとはいえ、それなりにいることを知っている。が、小説を書く人には出会ったことがなかったので、彼女の言葉はとても意外だった。


「いや、書いたことない! でも、書いてみたいな。夕映ちゃんは書くんでしょ? 私、夕映ちゃんと一緒に文芸部に入りたいから、頑張って書いてみる! やればできるっしょ」


 一点の曇りのないきらきらとしたまなざしで、えへんと胸を張る彼女。そのあまりにも自信満々な物言いに、清々しさを覚えた。

 伊坂さんなら、きっとやったことのないことでも、華麗にやってのける。

 彼女のことはまだほとんど知らないのに、そう思えたから不思議だ。


「じゃ、じゃあ……私と一緒に文芸部入ってくれる?」


「もちろん! あと、優奈でいいよ。私も、夕映って呼ぶから」


「分かった。ありがとう、優奈」


 こうして私たちは、たった一度話しただけで同じ部活に入るほど仲良しの友達になった。優奈のおかげで友達の輪も広がり、教室で寂しいと感じることはなくなった。モノクロだった世界が、一瞬にしてきらめきを宿す。窓から差し込む朝の光がまぶしいほどに机の上で乱反射する。それも全然うっとうしいとは感じなかった。

 優奈がいたから。

 目の前で、満面の笑みを浮かべる、中学で初めてできた私の友達。


 優奈とはその後も、肩時も離れずに一緒にいた。

 元気いっぱいの彼女は運動部である卓球部にも所属し、文芸部と掛け持ちしながら活動を頑張っていた。どちらの部活でも気を緩めることなく、一生懸命に。

 夏には二人で海ではしゃいだり、お互いの家でスイカを食べたり。

 一年生の文化祭では、優奈が初めて書いた小説を載せた部誌を発行した。

 片想いの相手の話だって散々聞いたし、恋をしている優奈を見て、ちょっぴり寂しいと感じてしまうこともあった。

 でも、「どれだけ恋しても、夕映が私のいちばんさ!」と私をぎゅっと抱きしめる彼女の温もりに触れると、心がいっぱいいっぱいになって、幸せだった。

 彼女が私を変えてくれた。

 私の生きる世界に色をつけてくれた。

 ありがとう、優奈。

 私たち、大人になっても、お互いに家族ができても、ずっとずっと友達でいようね。

 約束だよ——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る