2-7
「なあ、俺たち友達になったんだからさ、これからもちょくちょく会わない?」
「う、うん、もちろん」
「よっしゃー! うわ~なんかいいな。こういうの。俺さ、中学の頃の記憶がないって言ったじゃん。友達の記憶もないし、小学校の時からのダチはなんか疎遠になっちゃうしで、寂しかったんだよね」
「そっか。寂しい……そうだよね」
瑠伊の心中を想像すると確かにそうだよなと思わせられた。記憶がなくなって友達を失った彼と、震災で親友を失った自分を重ね合わせた。
「ああ。だから夕映と友達になれて嬉しい。さっきも言ったように、また会おうぜ。
「うん。よく来るというか、この横が通学路なの」
「そうなんだ。じゃあちょうど良い。俺もここよく来るからさ」
ニッという爽やかな笑みを浮かべて楽しげに笑う。やっぱり、瑠伊が私と同じ記憶障害に悩まされているなんて思えないぐらい、彼は明るい人だなと感じた。
「とりあえず、LINE交換しない?」
「えっ……と」
「だめ? あ、もしかしてLINEやってないとかいう絶滅危惧種的なひと!?」
「それを言うなら天然記念物じゃない?」
「あ、そっか。ハハッ、俺って馬鹿じゃん」
こんなにも明るい「馬鹿」なら何人いたって構わない。そう思わせてくれる瑠伊は、話していて居心地が良かった。
だから……久しぶりに同級生とLINEを交換するのも、許してしまう自分がいた。
「はい」
彼に、自分のアカウントのQRコードを見せる。瑠伊は一瞬目を丸くしあと、「やった」と無邪気に笑ってその画像を読み込んだ。
LINEの画面上のトーク画面に「瑠伊」のアカウントが表示される。スタンプを送ってくれたらしい。「追加」ボタンを押して見てみると、黄色い鳥さんが「よろしく!」と羽を広げているスタンプだった。
「このプロフィール画像、もしかして瑠伊が描いたの?」
瑠伊のプロフィール画像は真白湖の風景の水彩画だった。
「お、よく気づいてくれたな。そうだよ。ちょっと前に描いたんだ」
「へえ、すごく上手……」
淡い繊細な色遣いが、真白湖の凪いだ水面を的確に表現している。その中を、すーっと泳いでいる水鳥が二匹。波紋は静かに丸みを帯びていて、空の青色が反射していた。
「褒めてくれて嬉しいな。自信作なんだ」
「本当にきれい。確か、手続き記憶、だっけ。身体で覚えたことは記憶喪失になっても忘れないっていう」
前に瑠伊がSNSでつぶやいていたことを思い出しながら聞いた。
「そうそう。手続き記憶。だからサッカーも絵を描くのも問題なくできる。なんかこういうの見つけると、ほっとするんだよな。過去の自分がちゃんと“いた”って感じられて」
過去の自分がちゃんと“いた”。
私はまだ、過去の一部を忘れているだけだから、彼のように特定の期間の記憶がすっぽり抜ける恐怖を味わっていない。けれど、記憶をなくしていく不安は十分理解している。一つでも身体が覚えていることがあれば嬉しいと思う気持ちはよく分かった。
「いつか……記憶、戻るといいね」
瑠伊が失ってしまった中学時代の記憶のことを思いながら、自然と言葉が漏れる。瑠伊は、眉を小さく下げて、泣いているような、笑っているような、どちらともつかない切なげな表情を浮かべた。見間違いかと思ったけれど、そうじゃなかった。ごしごしと目を擦り、再び彼に焦点を合わせると、そこにはもう翳りはなく、出会った時と変わらない明るい表情をした彼がいた。
「夕映の記憶も、原因とかなんでもいいから分かればいいな。とりあえず、まずは親御さんに話してみるところからだな」
「うん、頑張る」
本当のことを両親に打ち明けるのは怖いけれど。でも、こうして瑠伊が背中を押してくれるから、がぜん勇気が湧いた。
一年ぶりにできた私の友達。
“友達”という言葉を反芻するたびに胸が痛んでいたけれど、どういうわけか、瑠伊のことを“友達”だと認めた時には胸が痛くはならなかった。
きっと相手が、他ならない瑠伊だからに違いない。
「じゃあ俺、そろそろ帰るわ。暗くなってきたし、夕映も気をつけろよ」
「う、うん。また——連絡するね」
「おう」
ハイタッチするみたいに右手を挙げた瑠伊とお別れして、自転車に跨る。ペダルを蹴った瞬間、そういえば、とふと気づく。
「どこの高校に通ってるか、聞くの忘れてたな」
瑠伊は私服だったので、見た目だけではどの高校の生徒なのか判断がつかない。田舎とはいえ、この辺りの高校は一つではない。高校の名前ぐらい聞いておけば良かったな。
「まあ、次会ったときに聞けばいいか」
急ぐことはない。だって瑠伊と私はもう、友達なんだから。
「友達かぁ」
久しぶりの響きに、ドクンと心臓が跳ねる。
今度こそ、失いませんように。
無意識のうちにそう願っている自分がいる。失ってしまった優奈のことを考えるとまだ胸は震えるし泣きたくて仕方がないけれど。
でも、瑠伊となら、また一から友達として関係を築いていくのが嬉しいと思う自分がいた。
帰り道、横目にちらりと見た真白湖は、薄暗くなりつつある景色の中に溶けて、私自身もこの湖に一体化しているように感じられた。
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