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私が通う県立
坂道を登って、降って、学校に着く頃には一日の体力の半分ほど削られているような気がする。
一年三組の教室の扉を開けると、先に来ていたクラスメイトたちが一斉にこちらを振り返った。だけど、誰も私に「おはよう」と声をかけてくる人はいない。五月の連休明けで、教室の中では仲良しグループもほぼ出来上がっていた。一ヶ月も同じ教室で過ごしていれば、友達の輪なんて普通にできていくのが当たり前だ。その“普通”のレールから外れてしまったのは私のせい。私が、自ら友達をつくろうとしないことが原因だった。
「
「あ、うん、ありがとう」
はい、と学級日誌を渡してきたのは、
それに、向井さんっていつもむすっとしてて、気が強いイメージがあって、なんだか話しかけづらいんだよね……。
彼女の周りにはいつも二、三人の友達がいて、私はそんな彼女たちの輪の中に入っていけそうにない。中学の頃は、それこそ向井さんのようなはっきりと物事を口にするタイプの友達が多かったし、自分もそうだった。「夕映ちゃんって明るくて羨ましい」と言われることも珍しくなかったのだが、ある日を境にして、私は前向きに生きることができなくなった。
そう、一年前の六月に、あの大地震に見舞われてから——。
あの日、親友の優奈が自宅の瓦礫の下敷きになって亡くなった。
優奈が自宅に着いたと思われる時間に、大きな余震が起こった。その時、私は両親と避難所で抱き合いながら揺れに耐えた。脳裏にはずっと優奈の顔が浮かぶ。
優奈は大丈夫だよね……?
祈りながら、一分以上揺れ続ける地震に耐えた。
でも。
『優奈ちゃん、亡くなったかもって……』
知らせを受けた時、まさか彼女にそんな不幸が訪れたなんて信じられなくて、父と母に何度も詰め寄り、「優奈はどこ!?」と叫び倒した。避難所になっていた自分の通う中学校の体育館で、血眼になって優奈を探す毎日。だけど、努力虚しく避難所で優奈を見ることはなかった。代わりに目にしたのは、優奈の両親と弟の涼真くんが肩を寄せ合って嗚咽を上げている姿だ。見ていられなくて、目を背けたいのに、優奈の家族に視線は吸い寄せられていってしまう。彼らの会話も、聞きたくないのに耳が自然と声を拾ってしまっていた。
『優奈、なんで家に戻ったとよ……。なんで、ブレスレットなんかのために命を……』
優奈のお母さんが「ブレスレット」という単語を呟いた時、心臓が凍りついたかのようにその場から動けなくなった。
ブレスレットって、まさか……。
自分の左手につけているゴールドのチェーンに白い花のチャームがついたブレスレットに視線を落とす。このブレスレットは優奈の誕生日にあげたのと同じものだ。仲良しの彼女とお揃いのグッズが欲しくて、アクセサリー屋さんで一目惚れして購入した。一つはプレゼント用に、もう一つは自分用にと。
——ごめん、夕映。私、ちょっと家に忘れ物したけん、先行っといて。
避難の途中に優奈が忘れ物をしたと言って家に戻っていた後ろ姿がフラッシュバックする。
私のせいだ……。私があげたブレスレットを取りに戻ったせいで、優奈は……。
『夕映ちゃんにもらった大事なプレゼントやったって言っとったやろ。ブレスレットなかのためにって、そんなこと言うな。優奈が浮かばれん』
『そうかもしれん……そうかもしれんけどっ』
大事な娘を失ってしまったおじさんとおばさんが、やり場のない悲しみを互いにぶつけ合っていた。小学生の涼真くんも、両目に涙をいっぱい溜めて、それでもこぼすまいと必死に唇を結んでいた。
あの時からだ。
私が、友達なんてもうつくらないと誓ったのは。
前向きに明るく生きるなんてもうできない。新しい友達はもうつくらないし、優奈のことだけを想って生きていく。そうしなければいけない。そうしなくちゃ、正気を保っていられなかったんだ——……。
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