1-2

 団長を名乗る男、アルフィルクの話を要約すると以下のようになる。

 彼らはこの辺りで葬儀を執り行う集団だという。青年イトのように不幸な事故で旅の相方を亡くす旅人は珍しいものではなく、そんな時には彼らがやってきて葬儀を行うのだ。死者を弔いつつ、近くの街まで遺された人々を送り届ける仕事をしている。そしてその見返りが、たとえば砂鯨の体の一部なのだという。

「仮に俺たちが来なくても別の誰かがやって来て、結局砂鯨をバラすだろう。ただしそいつらは俺たちみたいに建設的な話し合いをしてくれる連中ではないだろうな。あんた、間違いなく殺されるね」

「葬儀屋と死体漁りの盗賊は、何が違うんだか」

 吐き捨てるイトに対してアルフィルクは明るく笑う。

「何も違わないな」

「せめてこいつももっと街から離れたところで死ねば、あんたらみたいなのに見つからなかったかもしれないのにな」

「さあ、それはどうだかね。どこで死んでも俺たちはきっとあんたらを見つけていただろうよ」

「嫌な奴だな」

「よく言われる――で、どうするんだ?」

 どうする、と言われてもイトからしてみれば選択肢は一つしかない。拒否したところで、結局力ずくで砂鯨を奪われるのが関の山だ。そうなるくらいならば、せめて平和裏に事を済ませる方がまだ賢いというもの。しかしアルフィルクたちがあくまで葬儀屋を名乗り、形だけでも交渉の体を取るのならば、せめて腹いせにその偽善を暴いてやるのも一興だ。

「一つだけ条件がある」

「何だ?」

「喉響骨をくれ」

 喉響骨とは砂鯨の発声器官であるが、加工すれば骨笛の素材になるものである。動物の骨から作る骨笛には色々な種類があるが、その中でも砂鯨の喉響骨で作ったものは、砂鯨の個体の絶対数の少なさ故に希少であり、最高級のものになれば貴族の邸宅一戸分の値が付くこともある。これは人の拳ほどの大きさしかないにも関わらず、砂鯨の部位の中では最も高価なものだ。

「いいだろう。他には?」

「いや、それだけでいい」

「ずいぶん控え目なんだな」

 喉響骨の要求を控え目と表現するあんたらの方がよほど控え目だがな、とイトは内心毒づいた。なるほど偽善を塗りたくった面の皮はなかなかに分厚いらしく、本物と区別がつかなくなって久しいようだ。イトは鼻を鳴らし、吐き捨てる。

「どうせ一人で持てるものなんかたかが知れている」

「懸命だな」

 アルフィルクは手を叩き、その音が交渉の区切りとなる。

「よし、じゃあ交渉成立だな」

「その代わり、ちゃんとこいつを弔ってくれるんだろうな」

「任せとけ。あんたの気の済むようにしてやるよ」

「……俺のことはいいから、ちゃんとこいつを送り届けてやってくれ」

「ん、まあそうだな――おい、グラジ! 砂船からマユワとルシャを呼んできてくれ!」

 グラジと呼ばれた大男はアルフィルクに応えることなく砂船へ戻っていった。その後をアルフィルクが追っていく。

 風が吹き、砂が舞う。砂鯨の巨体に薄く砂が被さる。もう二度と動くことのない様子に、お前本当に死んじまったんだな、とイトは呟くが、今朝から数えて何度目の呟きかはわからない。何かの拍子にぶるっと身を震わせて体を起こしてもおかしくないくらい、砂鯨の体は昨日までと同じ形をしていた。

 さく、さく、と砂を踏む足音が二人分。イトの背後で立ち止まったが、振り返る気にはならなかった。その意図を察してか、立ち止まった二人もイトに声を掛けることはしなかった。結果、沈黙が流れる。

 さっき、アルフィルクって奴が大男に誰かを呼んでこいと言っていたっけな。誰だったか。まあ、いっか……。

「気を遣ってくれているのかもしれないが、話しかけてもらっても構わない」

「そうですか」

 振り返るとフードとマントを羽織った若い女と、それよりさらに若い齢一桁に見える少女が立っていた。

「ご挨拶に参りました。此度の葬儀を執り行いますルシャと、こちらがマユワです」

 ルシャと名乗った女に続いて、マユワが頭を下げる。

「……こいつが目当てだってんならわざわざ面倒なことなんかやらなくてもいいだろうに。さっさとバラしてしまえばいいんだ。あんたらも暇だな」

「意味なんてないって、思ってる?」

 訊ねたのはマユワと呼ばれた少女だった。夜闇よりも暗い瞳で見据えられる。イトは視線に耐えかねてやがて目を逸らしてしまう。

「さあ、どうだかな。こいつの魂が行き場を失って悪霊になっちまったら可哀相だなって思うけど、正直、葬儀とやらでこいつが救われるかどうかなんてわからねえよ。それでも、やらないよりはやった方がいいんだろうなって思うがな」

「そう。じゃあ最後のお別れの言葉、考えておいて」

 それだけ言い残してマユワはイトに背を向け、一人でさっさと砂船に戻っていってしまった。

「気を悪くしないでくださいね」

「別にいい」

「そうですか――さて、式は日が暮れた後、星が瞬きだした頃に始めます」

「俺は最後のまとめにお別れの言葉ってのを言えばいいのか?」

「いいえ、それには及びません。あなたは見ているだけで結構です」

「何だそりゃ」

「でもその代わり、あの子の言った通り、最後のお別れの言葉は考えておいてください。そしてそれを、ちゃんと胸の中に浮かべておいてください。ただそれだけで結構です」

 真に力強い想いを込めた言葉は口に出さずとも伝わるということだろうか? 馬鹿馬鹿しい。

「あんたらが何をしたいのかさっぱりわからんな」

「あら、これはあなたのための葬儀ですよ。あなたが明日からちゃんと前を向いて歩けるようになるための儀式です。彼女は死んでしまったけど、あなたはまだ生きていて、明日も明後日もこれからずっと生き続けます。今のあなたにとっては残酷な話かもしれませんが」

 偽善者め、とイトは内心毒づいた。

「……ま、やりたいようにやってくれ。俺はきちんと片が付くなら何でもいい」

「そうですか。それなら私からはこれ以上何も言いません――が、あと一点だけ。アルフィルクからの言伝ですが、日が暮れるまでウチの砂船で休んでいても構わないとのことです」

 では、とルシャは頭を下げ、踵を返した。

 再び一人になる。イトは砂鯨の体に額を当てて目を瞑った。体熱を失って冷えた分は太陽の熱が温めて、結果、冷たくも温かくもない。ただし少しだけ固くなったイトの家族。溜息がこぼれ、それから虚無感が胸の穴から溢れる。

 最後のお別れの言葉、だって?

 さようなら、今までありがとう、これからは俺一人で頑張るよ?

 何を思い浮かべても軽薄で馬鹿らしくなる。今のイトに必要なのは、そんな綺麗事ではなく、過去を改編し、毒蠍に砂鯨が刺されない未来を選び直す力だ。過去をやり直して現在を捻じ曲げる奇跡だ。大切な家族が死んだという事実そのものが塗り替えられない限り、この虚しさは消えない。それから目を背けて語る「お別れの言葉」に一体何の意味があるものか。綺麗事で済ませてなるものか。拳に力がこもることにイトは気付かない。

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