相場感覚
湾多珠巳
Sense of deal
ディーリングルームで、二人のトレーダーが話し合っていた。
「そやから、ここが相場の転換点やったんやて」
「うーん……」
「ずっと長い間、一五〇〇から三〇〇〇ぐらいの間で推移してたんやろ? それが、急に三二〇〇まで飛び上がったんや。偶然でこんな数字にならへんで」
「でも、単発のイレギュラーな事態って線も……」
「そらもちろんあり得る。やけど、そん時ゃそん時やから、とりあえず動いたらええねん。しばらく様子見てダマシやってわかってから、処理したらええんやから」
「そんなことしたら、結局損するような……」
「相場の転換点で買いそこねる方が、よっぽと損やがな。だいたい、そこで見逃してたら、どこで注文を入れるつもりやねん。見てみ、この次でさらに爆上がりしてるやろ。他のトレーダーはみんなこのポイント見逃してへん。こんなわかりやすい転換点で動かへんやつは、タコや、素人未満や!」
「いや、でも、急に何かの理由で大暴落したりしたら……」
「んなこと、それこそめったなことで起こるもんやないで。不自然なカーブができること自体、まず起きへん。数字自体が生き物やと思わんとあかん。いっぺんこんなカーブ描いたら、いくところまでいかんと止まらへんがな。チャート言うたらそんなもんやろ?」
「まあ、それは確かに」
「平衡状態から急な動きが出るっちゅうことは、相当なエネルギーかかってるんやから、飛び出した瞬間見逃したらあかん。逆に言うたら、そのタイミング捕らえさえすれば、後は事態が逆向きになるまで寝て待ってたらええねん。まずてっぺんが平らになるのを見極めるこっちゃな。素人は、落ちる気配もないのに、暴落を期待したりしよるからな。ええか? 飛び出た時に全力でことにあたるんや。それさえやっといたら間違いないねん」
「わかりました。肝に銘じます」
ディーリングルームで、二人のトレーダーが冴えない顔で話し合っていた。
「ここが相場の転換点やったんやけどなあ」
「うーん……」
「ずっと永い間、十五から三十ぐらいの間で推移してたんやろ? それが急にはみ出して、はっきり上に向かう傾向見せよったんやから――」
「ダマシ、とかイレギュラーな事態でもないですよね……」
「とりあえず、ワシらはこの時点で動いて、やれることは全部やったんやけどなあ」
「まあ、トレードとしては申し分なかったですよね」
「他のやつらもみんなここが勝負時やてわかっとったし、まあよくあるパターンでその後も展開するやろとか思ってたんやけど――」
二人はしばらく沈黙し、問題の物件が全容をさらしている、その画面に見入った。
「……なんでこんなわかりやすい数字で動かんかったんかな?」
「連中がタコか、素人以下だったらじゃないんですか?」
「素人ばっかりの集団やなかったはずなんやけど」
「その次に爆上がり始めた時も、動きらしい動きはなかったですよね」
「普通、ここまで来たら逆になりふりかまわず、なんでもやるもんやけど」
「上昇カーブが急停止して、いきなり猛烈にダウンするとでも期待してたんでしょうか?」
「チャートの見方も知らんやつらやったんか……いや、そんなはずは……」
「平衡状態から急変化したんだから、その瞬間に全力で対処しなければならないんですよ。それが全てです。その対処に失敗した以上、数字は直線的に上昇するしかありませんよね」
「……ま、物理的な平衡状態っちゅうもんがあるから、そろそろてっぺんやけどな」
「でも、これじゃあ、ちょっと投資の対象にもならないと言うか」
「可能性がいっぱいあった、ええところやったんやけどなあ」
その時、ディーリングルームに通信で連絡が入った。
『みなさん、そろそろ引き上げるようです』
「最終損失は?」
『まあ投資対象にそもそも接触する以前のこの事態ですからね。時間と経費だけムダになったと言うだけで……たまにこんな案件もありますよ』
「そやな」
最後にもう一度、曰く言い難い視線を注いでから、二人のトレーダーは黙ってディーリングルームを引き上げた。
母船は数日で別の星域でのビジネスを開始するだろう。だが、トレーダーたちがこの星にやってくることは、当面ないはずだった。
つい数十年前までは豊かな生物相を擁していたにもかかわらず、今はごく僅かな耐熱性の細菌しか生息しなくなって、地表には廃墟が累々と残るのみになっている灼熱状態の、その惑星には。
相場感覚 湾多珠巳 @wonder_tamami
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