第5話 嘘の色と青い瞳――美少女探偵の逆転推理!

「……なんだ、てめぇ?」


 兵頭たちの視線が氷のように俺たちを射抜く。

 普通なら一歩引くところだが――ことはは違った。


 銀髪をさらりと揺らし、柔らかな笑みのまま言い放つ。


「零司くんは犯人じゃありません。――この事件、“真実”を見抜きますから!」


 その瞬間、空気が揺れた。


 その声はまっすぐで、澄んでいて。

 ――なんでその目、そんなに俺を信じてんだよ。

 なぜか、胸の奥が少し熱くなる。


 くーちゃんが、小さく「きゅーん」と喉を鳴らした。


 胸の奥で固まっていた何かが、少しだけほどけた。


「い、今さら何だよ。証拠も証人も揃ってんだぞ!」


 苛立つ兵頭。

 だが、ことはの視線は微動だにしない。


「そうですね。でも……その証言、全部“嘘”だったら意味ありませんよね?」


 場の空気がざわめく。ことはは一呼吸置き、声を張った。


「まず、零司くんにはアリバイがあります!」


 一斉に視線が集まる。

 ――そうだ。冷静さを欠いていてすっかり忘れていた。


「――昼休み、彼は私とくーちゃんと一緒に“中庭のベンチ”で昼食をとっていました。ずっと一緒にいたので、ロッカーに近づく時間なんてありません!」


 断言が波紋を広げる。

 周囲の空気がわずかに澄んだ気がした。


「……九条、それは本当なのか?」

 志藤先生の鋭い問い。


「ああ。昼休みはずっと一緒だった」


 俺が短く答えると――花咲みのりがはっと声を上げた。


「私も見ました! 九条くんと白雪さんが中庭にいるの。

 めずらしい組み合わせで印象に残ってて……!」


 花咲も、俺の冤罪を晴らそうとしてくれている。

 そのことだけは、素直にありがたかった。


「ふむ……」


 志藤先生は腕を組み、眼鏡の奥から全体を見渡す。


「つまり――九条には『ロッカーに近づく時間』がなく、

 犯行は不可能だった可能性がある……」」


 その声音は、静かな波紋となり、場に広がっていった。

 そして、視線は、不良グループと俺を交互に射抜く。


「でも、そのアリバイとやらが本当か、どうやって証明するんですか!?」


 赤井が声を荒げ、安田がスマホを握りしめる。


「はいはいー、まだ私の話、終わってませんよ? ちゃんと聞いてくださいねー?」


 ことはが両手をパンパンと叩いた。

 朗らかな声に、張り詰めた空気が一瞬ゆるむ。


 だが誰もが――次の言葉を待っていた。


 ……と、そのとき。

 銀髪をふわりと揺らしたことはが、俺へ向けて悪戯っぽく片目をつむった。


 (……何かの合図か?)


 直後、足元にクリーム色の毛玉――くーちゃんが全力疾走で飛び込んでくる。


「おい、今は……!」


 くーちゃんは前脚で俺の膝をカリカリと掻き、きゅるんとした瞳で見上げる。

 「キャン!」と鳴き何かを訴えている――いや、求めている、のか?


(……そうか。“あれ”を使えってことか)


 ポケットに手を入れる。指先に触れる小さな感触。――お芋ボーロ。


 取り出した瞬間、くーちゃんは「くぅんっ」と鳴き、嬉しそうに跳ねた。


「頼むぞ、くーちゃん」


 藁をもつかむ思いで、ボーロを差し出した。

 くーちゃんはぱくりと咥え、幸せをそうにこくこくと噛み砕く。



 次の瞬間――世界が、息を呑むように静まり返った。


 そして、くーちゃんの瞳が……虹色に閃いた。


 視界の奥に、光が奔流のように駆け抜ける。

 人々の輪郭が、色で塗り替えられていく。


 ――黒。濁った灰。冷たい青。

 そして奇妙に混じりあった色彩。


 胸の内側を、ひやりとした指先で触れられたような感覚が走る。


 心の奥に隠された“嘘”が、色となって浮かび上がる。

 揺らいだ視界が、真実と虚偽を暴き出す極彩のパレットへと変わった。


 

 くーちゃんは小さく「ワン」と鳴くと、一直線にことはのもとへ駆け寄る。

 低く構えた彼女の腕に、ふわりと飛び乗った。


 これなら――奴らが嘘をついたら、くーちゃんの能力でわかる


「次に、証拠の話をしましょうか!」


 ことはが朗らかな笑みのまま声を張る。

 芯の通った鋭さが、場を貫いた。


「沢井くんの“パッケージの包装”は見つかりました。

 でも――中身のカードセットはまだ出てきていません!」


 静まり返る教室。言葉がすっと吸い込まれていく。


(――そう来たか。決定的な証拠に焦点を切り替えるつもりだな)


「なら、見つけましょう。まだ校内にあると考えるのが自然です。

 関係者全員の“持ち物検査”を提案します!」


「はあっ? なんで盗んでない俺らが応じなきゃなんねーんだよ! 九条だけ調べりゃいいだろ!」


 安田が噛みつく。

 

 ――その瞬間、奴の口元から、ねっとりと濁った黒がじわりと滲む。


(……これは、“嘘の色”か)


 湿った黒。誰かを貶めるための嘘だ。

 ことはがちらりと俺を見て、小さく頷いた。盗んだのは――奴らだ。


 胸の奥で何かが静かに軋み、そして――すっと冷たく澄んだ感覚が広がっていく――。

 これなら勝てる。くーちゃんと、ことはがいる限り。


「俺は検査で構わない。どうせ何も出ない。

 ……でも、お前らには検査されると困る“理由”があるんじゃないのか?」


 挑発に、兵頭が鼻で笑う。

「へっ、困らねーよ。俺はカードなんて持ってねぇし」


 ――だが、妙だ。

 兵頭からは、嘘の色が……出ない。


 安田にはあった色が、兵頭にはない。

 まるで、本当のことを言っているように。


 続いて赤井が叫ぶ。


「俺たち、盗んでねーのに、なんでこんな目にあうんだよ!」


 その体から、薄い青と黒がふわりと広がった。


(……薄い青。これは“保身の嘘”……か)


 俺はことはの肩に顔を寄せ、小声で訊く。

「あの色……どういうことだ? 奴らが盗んだのは確かだと思う。

 だが、“嘘の色”が出ない時もある」


 ことはが囁く。

「多分、『彼等は盗んでいない』という“嘘”にはくーちゃんが反応してました。

 でも『カードを持っていない』というのは――本当、なんでしょう」


「……どういう意味だ?」


「簡単。どこかに隠したか、信頼できる誰かに預けた。例えば――彼女さん、とか」


 ことはが、いたずらっぽく笑う。鋭い推理とのギャップに、思わず息をのむ。


(……隠したか、預けた……)


 昼休みの光景が脳裏によみがえる。

 ――あのとき、目が合った瞬間に異様に取り乱して逃げた生徒。


(ただの怯え、じゃなかったのか?)


 胸の奥で、点と点が細い線でつながる。

 もし“預けられていた”のが、あいつだとしたら――?

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