第6話 探偵トリオ誕生! 嘘はあたしが全部見抜くわん!
A組に戻ると、教室は異様な静けさに沈んでいた。
「では、まず九条の持ち物から確認させてもらおう」
志藤先生の低い声が落ちる。
全員の視線が俺に突き刺さる。喉の奥が乾く。
机の上に俺の鞄が置かれ、中身がひとつずつ取り出されていく。
チャックが開く音さえ、やけに大きく響いた。
(……何も仕込まれてねぇよな)
内心で呟きながらも、背筋がひやりと汗ばむ。
さっきまでの罠が頭をよぎるせいだ。
最後のポケットが開かれた瞬間――
「……異常なし」
志藤先生の一言に、教室の空気がゆるんだ。
肺に溜めていた息が、静かに抜けていく。
足元で、くーちゃんが「きゅーん」と小さく鳴く。
その声が、張り詰めていた神経をそっと解いてくれた。
(……よし)
胸の奥で、ほんの少しだけ火が灯る。
「確認完了。特に問題はないな」
ざわっ、と生徒たちがざわめいた。
疑いの視線が、目に見えて揺らぐ。
俺は一歩前に出た。
ここからは、反撃の番だ。
「……今度はお前らの番だな」
指先がわずかに震えているのが、自分でもわかった。
緊張じゃない――怒りだ。
兵頭たち三人組が、露骨に顔をしかめる。
「チッ、めんどくせぇ」
「時間の無駄だろ」
「出てくるわけねーって」
その余裕ぶった声色の裏で――
俺には、奴らの声に微かな揺らぎが混じっているのがわかった。
喉の奥だけが、妙に乾いたような声で。
◇◇◇
兵頭たちの持ち物検査はC組で行われた。
俺とことは、そしてくーちゃんは後ろからそれを見守る。
足元の床が、さっきより冷たく感じた。
教室のざわめきに、兵頭の鋭い睨みが走る。
空気が一気に凍りついた。
くーちゃんの瞳は虹色にきらめいたまま――
だが、決定的な“嘘の色”は浮かばない。
「確認完了。こちらも特に問題はないな」
(……やはり。中身だけ別に動かしたか。
ことはの読み通り、奴らは持っていない――だが、この後はどう動く?)
志藤先生の言葉に、ざわめきが広がる。
兵頭がゆっくりと前に出た。
「……な? なんも出てこなかったろ」
「つまり俺らはシロ」
「やっぱ盗んだのは、お前だよなぁ――九条」
勝ち誇った笑みが、いやに眩しく見えた。
胸の奥で、何かがきしりと音を立てる。
――このままじゃ、完全に奴らの筋書き通りだ。
そのときだった。
ことはが一歩前へ出て、不良たちへふわりと声を落とす。
「君たちのカバンからはカードは出ませんでした。
……でも、この教室のどこかに、きっと隠されています」
柔らかな声音。だが、芯の強さが空気を射抜いた。
「はあ? この教室にあるわけねーだろ。さっきから、なんだよ!」
安田が声を荒げた瞬間、口元から濁った黒がにじむ。
苛立ちと焦りが混じった“嘘の色”。
ことはは俺にだけ小さくウィンクを寄越す。
――質問はカマかけだったのか。
(……奴らは盗んだカードを、この教室に隠している。だとすれば……)
ことはが兵頭たちの意識を完全に引きつけてくれている。
いまなら――俺だけが動ける。
教室の空気を切り裂くように、視線を走らせた。
机、ロッカー、窓際……引っかからない。
――いや、違う。止まった。
窓際で顔面蒼白に固まっている眼鏡の男子。
……広瀬。
胸の奥で冷たい電流が走る。
あの夜、兵頭たちに痛めつけられていた生徒だ。
(……こいつ、絶対、この件に関わっているな。“気配”でわかる)
俺は静かに歩み寄り、彼の机の前に立った。
逃げ道を塞ぐわけじゃない。ただ、まっすぐ向き合う。
「なあ、広瀬。……この事件、何か知ってるんじゃないか?」
一斉に視線が集まる。
広瀬は怯えた小動物みたいに肩を震わせ、必死に首を振った。
「し、知らない……ぼ、僕は何も……」
その瞬間、俺の視界が青く濁る。
恐怖、保身、そしてうっすら罪悪感が混じった“保身の嘘”。
(……やっぱり、ここだ。こいつが鍵だ)
「先生! 広瀬君の荷物検査も追加でお願いできますか!」
ことはが間髪入れずに切り込む。
兵頭たちが慌てて遮った。
「検査は終わっただろ!」
「犯人は九条だって!」
裏返った声。焦りが混じる。
志藤先生は青ざめる広瀬と、俺たち、兵頭たちを見比べ――
一拍置いて静かに頷いた。
「……いいだろう。広瀬の荷物も調べる」
その瞬間、広瀬の表情が崩れ落ちた。
目の奥の光が一気に失われ、膝が震え、喉がつまるような声が漏れる。
「し、知らない! 僕、なにもっ……!」
頭を抱え込んだ瞬間――
視界が一気に濁青へと染まった。
ただの嘘ではない。
“守りにすがる嘘”、“罪悪感による嘘”、“押し込めた恐怖”。
それらが混ざり合い、重油じみた青黒い靄となって教室中へ滲み出していく。
まるで水底に沈んでいくような圧。声を出すだけで肺が軋む。
(これが……真実を隠す者の、極限の色か)
あまりの濃さに、俺は思わず奥歯を噛みしめた。
志藤先生は、広瀬にあえて穏やかな声をかける。
「悪いようにはしない。……大丈夫だ」
そう言って、丁寧に広瀬の鞄へ手を伸ばす。
そして――豪奢な黒いパッケージが姿を現した。
金色のラインが眩しく光る瞬間――
濁青の靄が、音もなく裂けた。
一拍遅れて、空気が凍りついた。
(……ビンゴだ。やっぱり、広瀬に預けていたのか!)
「盗まれたパッケージで間違いないかな?」
静かな確認に、教室が一気にどよめきへと傾く。
「ま、マジかよ……」
「うそ……ほんとに……?」
ざわめきは次第に歓喜へ変わっていく。
「俺の……幻想獣グラフィカ!!」
沢井が涙混じりに声を上げ、震える手でボックスを抱きしめた。
あまりの安堵に顔がくしゃくしゃになっている。
「……ようやく、見つけたな」
俺は低く呟いた。
「九条くん! これで疑いが晴れそうだね!」
花咲みのりが、ぱっと表情を明るくする。
(……あいつにも助けられた。恩は忘れねぇよ)
だが――俺の視線は別の一点へ吸い寄せられていった。
広瀬だ。
残留した、“濁青の色”はまだ揺れている。
恐怖と罪悪感が絡み合った、逃げ場のない色だ。
ことはが、うずくまる広瀬に柔らかな視線を注ぐ。
「……あなたが盗んだんじゃない。預けられていただけ、ですよね?」
その言葉に、広瀬の肩がびくりと跳ねた。
唇が震え、堰を切ったように嗚咽が漏れる。
「ご、ごめん……! 脅されて……言うこと聞かないと、もっと酷いことされるって……だから僕が預かってただけなんだ……」
その姿に、胸の奥で何かが静かに軋む。
あの夜――
広瀬を殴りつけて笑っていた不良どもの姿が、嫌でも蘇る。
(――また力で弱者を縛りやがった。……救いようのねぇ連中だ)
だが、その時。
くーちゃんがそっと広瀬の膝に寄り添い、「きゅーん」と鳴いた。
小さな鼻先で、彼の震える手を優しく押し返す。
まるで――『もう大丈夫だよ』と伝えるみたいに。
広瀬はその温もりにすがるように、くーちゃんを抱きしめた。
……次の瞬間。
視界に残った“濁青の色”がふっと揺らぎ、
冬の霧が晴れるように薄れていく。
教室の空気が、一拍だけ、音を失った。
「……ふふ、くーちゃんったら」
ことはの優しい微笑みが、まるで静かな光のようだった。
胸の奥に広がるのは、小さな救いの温もり。
(……こんな、救いの形もあるのかもしれないな)
「広瀬くん、ありがとう。
正直に話してくれたおかげで、救われた人がいますよ」
ことはの声は春の陽射しのように温かい。
そして、振り返ると、
その青い瞳を射抜くように兵頭たちへ向けた。
ことはは一度だけ深く息を吸い――静かに告げた。
「さて。これで“本当の犯人”が誰なのか、はっきりしましたね?」
凛とした宣告が落ち、教室の空気が張り詰めた。
「君たちは沢井くんのロッカーからカードを盗み、
零司くんに罪をなすりつけた。
そして無関係な生徒を巻き込み、カードを隠させた」
志藤先生が重々しく告げる。
「状況的にほぼ確定だ。……弁明はあるかな?」
「……チッ」
兵頭が舌打ちをし、安田は蒼白。赤井はなおも広瀬を睨みつける。
「お前たち三人は職員室だ! 広瀬も同行してもらうぞ」
松尾先生の怒声が響き渡った。
周囲から一斉に歓声が湧く。
「すげー!」
「やるじゃん白雪!」
「九条、濡れ衣だったんだな!」
視線が俺に向けられる。
今度は、わずかに尊敬の色を帯びて。
俺はことはをちらりと見る。
「……助かった。ありがとな」
「えへへー、推理成功です。私たち、いいコンビかも」
無邪気に笑うことは。
その奥に、揺るがぬ信念が静かに灯っていた。
そして――
くーちゃんが尻尾をぶんぶん振り、「キューン」とひと鳴きする。
その声音は、あまりにも誇らしげで。
――嘘は、あたしが全部見抜いてやるわん。
そう告げているように聞こえた。
その瞬間、胸の奥の結び目が、静かにほどけていった。
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……ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
もし「くーちゃん、可愛い!」とか「ちょっと続きが気になる」と思っていただけたら、★やブクマ、コメントで応援していただけると、とても励みになります。
くーちゃんもきっと、お芋ボーロをもらったみたいにしっぽをぶんぶん振って喜びます🐕✨
👉 [作品ページリンク https://kakuyomu.jp/works/16818792437746923756 ]
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