第7話
やばっ…。
うちの家まであと少し…。
知らん店とかできてる。あんな大っきなマンションもついおとといまで無かった。
本当にうちはタイムスリップしたんだ。 今更ながら実感。
ゆーじ君に先を歩いて欲しいけど、うちが先をいかんとゆーじ君は道もわからんよね。
ちょっとゆーじ君の服の袖を掴んでみた。本当はしがみつきたい気分。
ああ、なんで自分の街を歩くのにこんな緊張するのか。
どこかでツレが見てたりするんかな?
うちの知らない人生を重ねてきた大人になったツレが。
「…さっちゃん?」
不意に呼ばれた。そんな呼び方する人は…。
「なぁ、さっちゃんじゃないん?」
……。
おかんだ。歳を重ねたけど分かる。おかんや。
うちは言葉が出なかった。でも迷わず、おかんに飛びついて抱きついた。
…おかんは少し痩せたような気がした。
なぜか涙が溢れた。うちにとってはまだおとといくらいに出掛けただけなのに。
「よく…本当によく…」
おかんはそれだけ言ってうちを抱き返してくれた。ああ、おかんの匂いやわあ。良く知っている匂い。おかんはこれしか言葉が出なかったんやろう。でも、うちら親子に言葉はもういらなかった。
ゆーじ君が少し後ずさるように遠ざかるのが見えた。
え…待って。まだうち、ゆーじ君にお礼を言えていない。うちもまだ伝えられていない後悔たくさんあるのよ。
「良かったね。梅ちゃん。その人がお母さんだね」
ゆーじ君は若くして母親を亡くしている。ゆーじ君がうちの母親の幸せを願ったのはそのせいなのかも。ゆーじ君は優しく微笑んでいた。
「おかん、まって。ゆーじ君が行っちゃう」
「さっちゃん、もうどれだけうちが心配したかわかる? もう…何年も何年もな…」
おかんの手を振りほどく事なんてできなかった。知らない間に白髪だらけになったおかんはうちを手放さなかった。
「また、お手紙書くね。名古屋の住所やケータイの番号はその手紙に書くから。」
ゆーじ君は娘と数十年ぶりに再会したおかんに気を使ってこの場所から消えようとしている。
でも、うちはここでゆーじ君と別れたら…急になぜかもう逢えなくなるような気がした。
「梅ちゃん、君にまた逢えて本当に嬉しかった。僕のところに来てくれてありがとう。元気でね。」
あんなに嫌だったおじさんになったゆーじ君がとても愛おしく感じた。
待ってよ。このままいなくなってしまうの?
行かないで…。
うちの言葉は胸まで上がってきたけど、口には届かなかった。
ゆーじ君は背を向けてゆっくりと行きしを戻って行く…。
「さっちゃん、もうどこにもいかないで。さあ、帰りましょう。私たちのお家に。みんな貴方の帰りをずっと待っていたのよ」
ゆーじ君の言うとおりだった。おかんは怒ってなんかいなかった。数十年経っているのにまるで変わらないうちをそのまま受け入れてくれた。
うちは…不幸なんかじゃなかった。
おかんはちゃんとうちの居場所を大切にとっておいてくれたんや。
うちが帰るとお父さんが仰天した(笑)。
でも待ちわびていてくれたんだなって分かる。お姉は結婚したらしい。でもおかんがお姉に電話して、数十年掛かったうちの旅からの帰還を伝えていた(うちにとっては3日だけど(笑))。
なんかこの日は誕生日とクリスマスとお正月が同時に来たようなどんちゃん騒ぎ。お姉も来てくれてみなでたくさん話した。色々な事がここ数十年あったんだと教えてもらった。
家族全員歳を重ねていたけど、変わらず温かかった。
うちはとても嬉しかった。心から笑えた時間。声がかすれるくらいたくさん話した。みんな元気で嬉しかった。
けど、どんちゃん騒ぎが終わって…1人、うちの部屋に帰ったら静かな時が訪れた。ふと窓から夜空を眺める。うちはゆーじ君がいない事を寂しく思うようになっていた事に気づいた。
ずるいよ、好きなだけ「いい人」やってさ、そのまま消えるなんて。うちはどうやったらゆーじ君にこの恩返しができるん?
あとがき
この物語は「誰かを忘れられないまま大人になった人たち」の後悔を供養するために書きました。
「ありがとうを伝えたいと思えた時にはもう会えない」そんな思いを抱いて生きている貴方のための物語です。
ゆーじ君のモデルはもちろん著者のわたし自身です。少しだけの現実ととても大きな妄想でこの物語はできています。
ゆーじ君は最後に「お手紙を書くね」と言って梅ちゃんからそっと離れました。梅ちゃんを家族という安心できる場所に返してから。
著者の私がいうのも何ですが、きっとゆーじ君は梅ちゃんにはもう手紙を書かないでしょう。おじさんになってしまった自分がまだまだ若い梅ちゃんの人生の足枷にはなりたくない。きっとこの物語のゆーじ君はそう考えます。そして梅ちゃんに感謝を伝えられたゆーじ君は、これからはまた未来に向き合って生きて行くのでしょう。もちろんこれからの梅ちゃんの人生が幸せに満ち溢れる事を祈りながら…。過ぎ去った時はもう戻らない。でも会えないはずの昔の彼女に会えたゆーじ君は幸せでした。読者の皆さんにも伝えられなかった「ありがとう」や「ごめんなさい」があるようならそっと心の中でその言葉を伝えてください。
きっと伝わります。
1997年の君と現代を生きる僕 --time goes by-- @UGkunkky
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