第2話(完)
「まず、この店の従業員の数は?」
僕たちは誰かが突然部屋に入ってきても大丈夫なように、部屋の隅に寄って小さめな声で話していた。
少女は恥ずかしそうに頬を染めている。
「え、えっと私とオーナーと、料理人の三人です」
「全員で三人? 飲食店にしてはかなり少ないね」
営業時間のおかげで今まで何とかやってこれたのだろうか。そうだとしても、店を回すのはかなり難しそうだ。
「そう、ですね。みんなで毎日、必死に働いていました。
――今の時間ならオーナーと料理人の彼は大きな荷物を
「そうか、ではまずオーナーの部屋で何か見つからないか探してみよう」
「はいっ」
僕の言葉に少女は力強く答えた。
「ここです」
オーナーの部屋は二階の一番奥だった。
扉を開けて中を覗くと、ほとんど家具も置いてない質素な部屋だった。
端に書類が積み重なられていたのでそれを読もうと近づく。
「あ、あの。勝手に読んで大丈夫なんですか?」
少女が心配そうに尋ねる。まだ勝手に調べることに対して躊躇があるのだろう。
「時には思い切った行動も必要だよ。機会を伺ってばかりじゃ何も分からないままだ」
僕がそう言うと、少女も納得したのか意を決してオーナーの部屋の中に入った。
「じゃあ、手分けして調べよう」
僕の声を合図に、僕たちは書類の山に向き合った。
「なかなか、見つかりませんね……」
少女が悩まし気に声をあげる。
探し始めてから数十分たったが、見つかったのは最近の新聞や経営に関する本などだった。
これからどうしようか悩み始めたとき、廊下から言い争うような声が聞こえてくる。しまった、帰ってきてしまったか。少女と目を合わせ、書類をもとの形に戻すように重ねた。
それからどこに隠れようかと部屋に目を巡らせていたところ、少女が手を引き、外に続くベランダに出た。その後、部屋の中からは見えないように壁に隠れる。
それと同時にドアが開く音が聞こえた。
「ですから、こんなことはもうやめた方が良いですって!」
若い男の声が聞こえる。料理人の男だろう。
「分かっている、分かってはいるんだ……でも、そうでもしないと私だけでなく、みんな何も食べられずに死んでいくだけだ」
オーナーが唸るように声を出す。そして少女が食べようとしていたあの肉を一口で口に押し込み、苦しそうに、涙を流しながら飲み込む。そのあと嫌悪からか口に残っていたものを耐えきれなかったように吐き出した。
「ですが、あの子を、アルルを囮にしてまで。そこまで苦しむほどのことなのに……!」
アルル、という言葉を料理人が言ったとき、僕より前にいる少女の肩がピクリとはねた。どうやら彼女の名前らしい。
「アルルをわざわざ外に出して、上品な言葉遣いを覚えさせて。それでアルルを狙った人たちを……これでは何も知らずにオーナーを慕う彼女が可哀そうではありませんか!」
少女の体が震えだす。落ち着くように背中を一定のリズムで優しくたたいた。少女は深呼吸をし、震えを抑える。
「じゃあお前は何ができた? 二年前、店がつぶれそうになって食べるものがほとんどなかったとき、誰も何もしなかったじゃないか! このままだと飢え死にする。それぐらい感覚で分かるだろうに。私が行動していなかったらみんなもうこの世にはいなかった。私は、ただ君たちに生きていてほしいだけなんだ……!」
オーナーの涙は止まらない。次から次へと溢れ、自分では止められなくなっているようだ。
「それに、アルルは。初めは自分で働きに外に出ていて、その帰りで人攫いに遭いそうになったんだ。なら自分の店で雇って危険になる前に助けに行けて、その元凶もいなくなればすべてが丸くなると思って。それにアルルを傷つけようとしたあんな奴ら―」
「オーナー。もう、いいから」
オーナーが全てを言い切る前に少女は隠れていた壁から飛び出し、オーナーの前に立ちふさがった。
「オーナーが私のことを考えてくれて嬉しいです。とても。でも、私は誰かの犠牲の上で成り立つ生活を送りたくない」
「アルル……」
オーナーは驚きで目を見開く。話題にしていた彼女がこの場にいることの驚きか、本人がそれを知っていることか、あるいはこうして自分の意志を話してくれたことか。どれかは分からない。
「自首してください、オーナー。今ならきっと間に合います。私も知らないとは言え口にしてしまった身。私も一緒にいますから」
「彼女の言う通りです。ちゃんと自分の罪を認めて、自首してください」
彼女の力添えになるよう、僕も壁から出てオーナーに話しかける。
オーナーは脱力し、諦めた顔をする。
僕たちの言葉が通じたと思った次の瞬間―
「きゃっ」
オーナーが少女の腕をひき、強引に部屋の外へ連れて行こうとする。
「すまないが、自首はしない。どうしても私は家族を失うことが耐え難い。それに巻き込んでしまった。アルルは何も知らなかった。だからもう一度違う場所でやり直せるように私がどうにかしないと」
オーナーがそう言い、ドアに近づいたとき、大きな音をたててドアが開き、多くの警官が部屋の中に入る。
「なぜ、どうして」
「先ほど、連絡しておきました。実際に逃げようとしていましたし、正しい判断かと」
オーナーが呆然と呟いたので、その答えを伝える。
それきり彼は何も話さなくなってしまった。
そのまま彼は警官に連れていかれる。
「オーナーは身元の分からない私を引き取って、大事に育ててくれました。ありがとうございます。また、一緒に暮らしましょう?」
と最後に少女がオーナーに伝えると、彼は潤んだ目で頷いた。
そして部屋に残された料理人も事情聴取のため連れていかれる。とても、複雑そうな顔をしていた。
あとは僕と少女だけだ。
「一緒に調べてくれて、ありがとうございました。おかげで、本当のことを知れました」
少女はそう言って頭を下げる。
「いや、そんなことは気にしないでいいよ。それより、自分の気持ちを押し殺して誤魔化すのは悪いことだね。悲しいなら、泣いてもいいんだよ」
僕がそう言葉をかけると少女は顔を上げる。その顔はやはり今にも泣きだしそうだったが、目元に力を入れて耐えている。
「いえ、確かにとても悲しいですが、オーナーの話を聞いて、私の弱さもオーナーを苦しめる原因の一つだったと気づきました。それに気づけたので、もう、泣いてはいられないなと」
笑顔を浮かべる。泣き出しそうな顔だが、大人の自覚を持った、美しい女性の笑顔だ。
役人に呼ばれ彼女も部屋を出ようとする。僕はその手を掴み引き寄せた。そして耳元に口を寄せ❘
「約束、忘れないで。『どこかのお店に連れていってあげる』。なに、警察の人たちの質問に答えて、話をすればあっという間に終わるさ」
「……はいっ」
少女は溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「あ、あの。指切り、しませんか?」
少女がそわそわしながらお願いする。
そういったことをやったことがないから憧れでもあるのだろうか。
「ああ、いいよ」
「ゆーびきりげんまん
うそついたら針千本のーます
指きった」
部屋で一人佇んでくると一人のそばかすが特徴の男がこちらに歩いてくる。
「おう、今回もお疲れ」
呼びかけられた男は先ほど指切りをした人物とは思えない軽薄な笑みを浮かべた。
「ああ、お前か」
「お前かって、親友になんてこと言うんだよっ」
そばかす男はにんまりと笑って〝親友〟との会話を楽しんでいる。
「憶測とはいえ、非人道的行為がされていると疑われていた店に単身潜入をさせる奴は親友とは言えないと思うがな」
「それについては悪かったって! 上司が丸投げしてきて困ったからさー。それに、どうにかなったからいいじゃん」
「お前なあ、俺が多少有能で、演技力もあって、状況把握能力が高いからってなあ。今回の件についてはかなり難しかったんだぞ?」
男はやれやれとでも言いたげな顔だ。
「うわあ、あからさまだな。というか、それだよ! なんか女の子と話すときとか雰囲気変わってたし、一人称も『僕』だったし! 一瞬盗聴器違う人につけたかと思ったじゃないか」
「いつもの俺で行ったら警戒されるだろうし、良い印象は抱かないだろ。ちょっと素が出たところもあるがな。それで? 会話が聞こえたってことは内容もしっかり録音できているよな?」
「ああ、ちゃんとお前の気持ち悪い発言も録ってあるぞ。ほんと、聞いていたときは悪寒が走ったよ」
そばかす男は寒そうに腕をさする。もちろん今は八月の夏なので寒くなんかない。
「で、どう思った?」
「みんな馬鹿で助かったよ」
そばかす男の質問に即答した。そばかす男が引いた顔をするが構わず男は話し続ける。
「普通食事のお礼を言うために店の裏まで来ないし、店内でオーナーを待たないし。おまけに、においが鉄っぽいからっていう理由だけで考えを一つに絞るのも不自然だし。ちゃんと考えれば不自然な行動はいくつもあったはずなのに、あの少女なんも気づかなかったんだぜ! おかげで不審に思われず騙すことができたよ!」
「うわあ、お前、よくそんなこと考えながら指切りとかできたな」
もはやあのアルルちゃんが可哀そうだわ。そばかす男が呟く。
「警部殿ー」
遠くから警官の呼ぶ声が聞こえる。
俺と自称〝俺の親友〟はそちらに向かう。
「はあ、お前なんかおごれよ。今日任務のせいで何も食べられてねえ」
「えっ、レストラン行っといて何も食べてないの?」
「お前、分かっていて言ってるだろ。あんな何からできているか分からない気味悪いもん食うわけねえよ」
「はいはい。そういえばさ、アルルちゃんと店に食いに行く約束してたじゃん。あれっていつ行くわけ? あの子たち全員軽くても終身刑だろ?」
その質問が馬鹿馬鹿しくて思わず鼻で笑う。
「そんな約束、守るわけねーだろ」
ある夏の日の出来事 @381
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